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千原徹也が「原宿・神宮前」から新プロジェクト 街とクリエイターとの新しい関係

 アートディレクターの千原徹也(れもんらいふ代表)が、原宿・神宮前を拠点にした新しいプロジェクトに取り組む。神宮前交差点で建設中の「神宮前六丁目地区第一種市街地再開発事業」(神六再開発、東急不動産)は、さまざまな分野のクリエイターとの連携を進めており、千原氏もその一人だ。広告から企業ブランディング、映像作品まで幅広いジャンルで活躍する千原氏は、原宿・神宮前で何を仕掛けようとしているのか。

原宿は若い才能を刺激し続ける街

WWD:東急不動産と連携したきっかけは?

千原徹也れもんらいふ代表(以下、千原):4~5年前に東急不動産から話をいただいたのがきっかけだった。神宮前交差点にはかつて原宿セントラルアパートがあり、クリエイターの聖地でもあった。その背景を引き継ぎ、「原宿の文化を残せるようなビルにしたい」と相談を受けた。

WWD:その時は率直にどう思った?

千原:文化を作るには時間がかかる。商業施設やオフィスのように「坪単価いくら」という話ではないので、果たしてそんなことが成立するのか?という感覚だった。一方で、大阪・ミナミの味園ユニバースのように、そこにクリエイターたちが集まって、自発的に何かが生まれるようなビルは面白いなとワクワクした。

 僕は京都出身で、原宿や渋谷に憧れて上京した人間だ。表参道に同潤会アパートがあったり、裏原宿でNIGO®さんが色々な仕掛けをしたり。セントラルアパートの歴史も雑誌を読んで知っていて、川久保玲さんや山本耀司さんがここで打ち合わせをしたのか、糸井重里さんの事務所はここにあったのか、と訪れるたびに想像した。実は2011年にれもんらいふを設立した際、事務所を置いたのは、今まさに再開発されている神宮前六丁目地区にあったマンションの一角だった。原宿がクリエイターの街であってほしいという願いは個人的にも強い。若い人に刺激を与える街であってほしい。僕が携わるならそこを主張したいとも思った。

WWD:千原さんにとって、原宿はどんな街?

千原:僕のカルチャーを作ってくれた街といえる。青春時代を過ごした1990年代は、半年に1度お金を貯めて、京都から深夜バスで上京していた。雑誌「オリーブ」の切り抜き片手に原宿のおすすめの店に行ったり、青山のロケットギャラリーにグルーヴィジョンズ展を観に行ったり、六本木のウェーブでレコードを買ったりするカルチャー少年だった。当時は、音楽も渋谷系が流行っていて、ファッションデザイナーでいうと丸山敬太さんや三原康裕さん、高橋盾さんなどが出始めてきた頃。自分もいつか原宿界隈に住むか、働けるような人間になりたいと考えていた。

WWD:当時の経験は、自身にどのような影響を与えている?

千原:雑誌を見て、話題の店を探すようなことは、東京の人はやらない。僕は東京の人よりも原宿に詳しかったと思う。あのとき培ったものが、僕の血と骨になったという実感がある。

 社会人になって最初に入った地元のデザイン事務所は、名刺の肩書こそグラフィックデザイナーだったけど、やっていることは飲食店のクーポン制作だった。有名な美大やデザイン事務所出身の人たちが東京でクリエイティブやマスを作っていたので、僕なんかが入り込める隙はない。憧れと現実の距離も、渋谷・原宿という街の物理的な距離も遠く、半ばあきらめの趣味レベルで雑多な情報を吸収していた。でも、いざ東京で仕事に就くとそれが強みになった。今アートディレクターとして他の人と違う部分があると言ってもらえるのは、僕の中にある1990年代カルチャーの“わちゃわちゃ感”が生かされているから。切り抜き片手に街を歩き回った経験があればこそだと思う。

WWD:今の原宿はどう映る?

千原:かつてはファッションやカルチャーが好きな人が遊びに来る街というイメージが強かったが、今は「みんなの原宿」になってしまった。街が多様化する半面、個性がどんどん薄まっている。東京は何でも移り変わりが早い。そこが“らしさ”でもあるけれど、「やっぱり、この場所いいよね」となっていくには、リアルの魅力、この場でしか感じられない価値を磨いてくべきだ。東急不動産との協業を通じて、原宿に来る意味や意義を再構築したい。

リアルに集うことが価値になる
偶然性のあるクリエイション

WWD:消費ではなく、文化を作るために大切なことは?

千原:おしゃれな店をオープンしたり、イベントを開いたりといった一時的な話題作りだけでは行き詰まる。この場所からクリエイティブを発信し続ける、意思を持った人がたくさん必要だ。山本宇一さんがプロデュースしたカフェ「モントーク」も、かつてあの場所と彼の周りにクリエイターが集うことで、新たな文化やコラボレーションが生まれた。クリエイターがそこに「居続ける」ことが価値となる。人と人が交わることで偶然性のあるクリエイティブが生まれる。東急不動産との連携で、クリエイターやタレントによるオープンなサロンなどを定期的に開催できれば、お客さんをリアルに引きつける要素の一つになるかもしれない。

WWD:東急不動産との連携を通じて千原さんが目指したいことは?

千原:買い物に訪れた人が、クリエイターが仕事する現場を見ることができる。ミュージシャンとCDジャケットについて打ち合わせするところを一般公開したりするのも面白い。デザイン事務所が仕事場を開放すると何が起きるのか?実験的にやっていきたい。

 僕が若い頃、有名な本屋に行くと、雑誌で見たことのある店主と編集者が店先で話をしていて、憧れを抱きながらも「いつかあの輪に入りたい」という気持ちになった。ここもクリエイティブの裏方の人たちの仕事が垣間見れて、デザインに興味を持ってもらえるような場所になってほしい。

新しいことを生み出そうとしている
人がクリエイター

WWD:千原さんが考える「クリエイター」の定義とは?

千原:面白いことを思いつく人が、仕事を生み出していく時代になった。何かを変えたいとか、新しいことを生み出したいと思う気持ちがあれば、普通のサラリーマンでもクリエイターだと僕は思う。そういう人をたくさん巻き込めれば、原宿はもっと面白くなる。

WWD:千原さんが東急不動産と協業するメリットは?

千原:10年間、れもんらいふでデザインをやってきたが、それだけでは物足りなくなってきた。せっかく、れもんらいふが一つのジャンルとして認知され始めたなら、企業と組むことが僕の資源を生かす次なるフェーズになる。自分たちがやりたいこともできるし、企業がやってこなかったような企画も実現できるので、いいタイミングでこの話をいただけた。

WWD:デジタル化が進む時代に、リアルにこだわる理由とは?

千原:オンラインで事足りるケースが増えているが、実はいろいろなコミュニケーションがぽっかり抜け落ちている状態だということに気付いてもらいたい。オンライン会議は「何かを生み出そう」と思ってからの行動なので、偶然性は生まれにくい。メールだと仰々しいこともリアルだと「一緒にやろう!」のハードルが低くなる。人と人がリアルに介することで生まれるクリエイションがあることを原宿から発信したい。ジャンルや立場という「壁」を全て取り払って、買い物客も働く人も巻き込む新しいクリエイションの形を作りたい。

PHOTO:SHUHEI SHINE
TEXT:ANRI MURAKAMI
問い合わせ先
東急不動産