ファッション

エンタメから読み解くトレンドナビ Vol.1【ハウス・オブ・グッチ】

 映画やドラマなどのエンタメを通して、ファッションやビューティ、社会問題などを読み解く連載企画「エンタメで読み解くトレンドナビ」。LA在住の映画ジャーナリストである猿渡由紀が、話題作にまつわる裏話や作品に込められたメッセージを独自の視点で深掘りしていく。

 初回は、第94回アカデミー賞でメイクアップ&ヘアスタイリング賞部門にノミネートされた「ハウス・オブ・グッチ(House Of Gucci)」の衣装についてフォーカス。

 第94回アカデミー賞のノミネート作品が発表された。毎回、必ず何か驚きの要素があるものだが、今回も同様。「ドライブ・マイ・カー(Drive My Car)」が作品部門に入ったことではなく、意外だったのは「ハウス・オブ・グッチ」だ。リドリー・スコット(Ridley Scott)監督によるこの話題作は、メイクアップ&ヘアスタイリング賞部門だけしか食い込まなかったのである。実は興行成績もそれほどでもなく、批評家の間でも賛否両論だった。私個人的にも、「お金をかけた昼メロ」というのが正直な印象。しかも、大富豪一家のドロドロを描いた話なら、第71回エミー賞を受賞したドラマ「メディア王 ~華麗なる一族~(原題:Succession)」の方がずっとよくできている。

 それでもパトリツィア役のレディー・ガガ(Lady Gaga)は、ここまでずっと主演女優部門の有力候補の一人に挙げられてきたし、パオロ役のジャレッド・レト(Jared Leto)も助演男優部門にノミネートされるだろうと期待されていた。なのに、演技部門に引っ掛からなかったどころか、手堅いと見られていた衣装部門まで逃してしまったのだ。もしノミネートされていても、衣装部門の受賞はおそらく「クルエラ(Cruella)」で決まりだろう。「ハウス・オブ・グッチ」よりもファッションが派手で斬新だからだ。ただし、それはあくまでストーリーが要求するからである。

 誤解されがちだが、衣装デザイナーは、その時代やキャラクターにふさわしい服装を提案するのが仕事で、ファッションデザイナーとは大きく異なる。だが「クルエラ」では、エマ・ストーン(Emma Stone)が演じた主人公クルエラとエマ・トンプソン(Emma Thompson)による敵役バロネスがどちらもデザイナーという設定であるため、衣裳デザイナーのジェニー・ビーヴァン(Jenny Beavan)は、ふたりの個性を明確に反映するコレクションを作る必要があったのだ。反抗心が強いクルエラがデザインする服は、とりわけ画期的。あの映画を見た時から、「衣装部門の受賞はこの作品で決定だろう」と思っていた。

ガガは「衣装を華やかにしないで」

 一方、「ハウス・オブ・グッチ」の衣装デザイナーを務めたジャンティ・イェーツ(Janty Yates)も、すばらしい腕前を発揮している。グッチ一族の話を25年ほどにわたって描く同作では、キャラクターが時代ごとの「グッチ」のデザインをまとって登場するのが魅力。決してファッションショーのようにはなっておらず、衣装だけが目立つということがないのだ。

 前述したように、衣装デザイナーの仕事はストーリーを支えることであり、ガガの希望もあった。彼女がアメリカ公開前の記者会見で、「パトリツィアをあまり華やかにしないでほしいとイェーツに依頼した」と語っていた。ファッションが表に出すぎてしまうと、役者としての自分の演技を邪魔することになるからだ。女優としてはまだこれが映画2本目である彼女は、ミュージシャンとして活動する自分と差別化し、役者としてのシリアスな演技をしっかり見てもらいたかったのだろう。

 そんな中で、衣装とヘア&メイクのチームは徹底したリサーチを行い、時代に即したスタイルをそれぞれのシーンで作り上げてみせた。もちろん、その裏には並々ならぬ苦労があったのだ。まずは膨大なリサーチ。また、映画の撮影は脚本の流れ通りには行わず、午前は80年代末のシーンを、午後は1970年代末のシーンを撮影するというスケジュールであるため、前もってきちんと準備をする必要がある。ガガいわく、トレーラーの中には時代ごとに多数の写真が貼られ、次のシーンではどんなルックスなのかが即座にわかるようになっていたという。まるで“科学研究所”のようだったそうだ。

当時のヘアケア製品を使うこだわりよう

 観客からは見えないところでも、数々の工夫をこらしているのも同作ならでは。たとえば、ヘアケア製品も、その時代に使われていたものをわざわざ探してきたほどだ。70年代のシーンなら70年代のヘアケア製品を使い、80年代なら80年代のものだけ。また同作では多数のかつらを使用しているが、より忠実に見えるように、ガガはかつらの下にプロステティックが入ったキャップをかぶっている。

 さらに同作のヘアとメイクに関していうなら、特筆すべきはやはりレトの大変身ぶりだろう。パオロが映画に出てきても、しばらくそれがレトだと気づかない人も少なくないだろうが、あの特殊メイクには、なんと毎日6時間も費やしていたのである。このメイクを手掛けたのは、スウェーデン人のヨーラン・ルンドストレーム(Goran Lundstrom)。彼は「ボーダー 二つの世界(原題:Grans)」で第91回アカデミー賞のメイクアップ&ヘアスタイリング賞部門にノミネートされ、今回で2度目となる。先に決まっていた担当者が撮影開始の3週間前に突然降板し、急きょ引き受けたルンドストレームを、レトは「救世主」と呼んでいる。レト自身は過去に「ダラス・バイヤーズクラブ(Dallas Buyers Club)でオスカーを獲得しているが、自分が候補入りを果たさなかった分までルンドストレームの受賞を応援するのではないだろうか。

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