PROFILE: アメリー・フイン/エラノヴァグループ社長、「ドルセー」最高経営責任者

約200年の歴史を持つフランスのフレグランスメゾン「ドルセー(D’ORSAY)」が、日本市場で着実に成長を続けている。2020年の再上陸以降、売上高は毎年増加し、フランスやイタリアと並ぶ主要市場の一つとなった。アメリー・フイン(Amelie Huynh)最高経営責任者(CEO)は、日本市場を深く理解するパートナーとの協業や、ブランドの歴史と世界観を伝える店舗体験の重要性を語る。
世界ではニッチフレグランス市場が拡大し、新規ブランドの参入や若年層の需要も増えている。そうした環境下で、同ブランドはどのように独自性を維持し、成長を目指すのか。フインCEOに、日本市場の現状やグローバル戦略、ブランドの今後について聞いた。
日本はフランス、イタリアと並ぶ主要市場に
WWD:グローバル展開の進捗は?
アメリー・フインCEO(以下、フイン):現在は35カ国で展開しており、フランス、日本、イタリアが売り上げ上位3カ国だ。米国へは約2年前に参入し、着実に成長している。
旗艦店は、パリ、東京・青山、インドネシア・ジャカルタの3店舗を構えており、2月にオープンしたジャカルタ店も好調なスタートを切っている。新しい市場に参入する際は、市場規模や香りの嗜好だけでなく、信頼できるパートナーと出会えるかどうかを重視している。私たちにとって最も大切なのは、人との信頼関係だ。
WWD:20年の日本再上陸からもうすぐ6年がたつ。日本事業はどのように成長してきたか?
フイン:売上高は毎年右肩上がりで成長している。急激にヒットするブランドは数多くあるが、同じくらい早く勢いを失うこともある。その点、私たちは非常に安定した成長を続けている。市場を深く理解するパートナーの存在も大きい。日本市場はとても特殊で、消費者は商品について深く知ろうとし、購入する際には納得できる理由を求める傾向がある。
WWD:日本市場での主な顧客層は?
フイン:顧客層は幅広く、10〜60代以上までいる。コアとなるのは20代後半〜30代半ばで、男女比はおおむね半々だ。
20年当初、この価格帯のフレグランスを購入するのは、主に熱心なフレグランス愛好家だった。しかし、その後フレグランス市場が拡大し、若年層にも急速に広がった。おすすめの香りを紹介するTikTok動画なども、若い世代がフレグランスに関心を持つきっかけになっている。
WWD:売れ筋の特徴は?
フイン:国によって香りの楽しみ方や購入傾向は異なる。日本では、比較的親密な距離感で楽しむ“オードパルファン”が人気だ。周囲の人に香りを強く印象付けるよりも、自分自身のために香りをまとうという意識があるように感じる。一方、米国ではフローラルをはじめ、甘さのある、より存在感の強い香りが好まれる。賦香率の高い“エクストレ ドゥ パルファン”が選ばれることも多い。香りを、周囲に向けた自己表現として捉える側面がある。
WWD:日本ならではだと感じる消費者の特徴はあるか?
フイン:日本では、商品を選ぶために時間をかけて情報を集める人が多い。例えばTikTokでブランドを知った後、長尺の動画や詳しいレビューを見て理解を深める。そうした消費者の姿勢は、私たちにとっても、ブランドの魅力を伝える機会になる。「ドルセー」には約200年の歴史があり、多彩な側面がある。それぞれの香りにストーリーがあるからこそ、その背景まで知ってもらうことが大切だ。
原料へのこだわりと、広がる香りの楽しみ方
WWD:ニッチフレグランス市場が拡大し、さまざまなブランドが登場する中で、どのように差別化を図っているのか?
フイン:市場は急速に成長しており、ファッションブランドも次々に参入している。私たちにとっての課題は、どのように新しい顧客と出会い、長期的な関係を築くかということだ。そのために、ブランドとしての信頼性を確立することを重視している。店舗での体験はもちろん、アーティスティックで文化的なクリエイティビティーも欠かせない。
WWD:消費者のフレグランスとの向き合い方に変化は見られるか?
フイン:若い世代は、香水の専門知識を身に付けたいという意欲が非常に強い。原料の産地や、ほかの香りとの違いを知ろうとするのは、素晴らしいことだと思う。だからこそ、ブランドとしても教育的な側面を大切にしている。
米国や中国では「パフュームクラブ」と呼ばれるコミュニティーも生まれている。人々が香水を持ち寄り、香りについて語り合う場だ。デジタル上でのコミュニケーションが一般的になっている時代に、香水が人と人をつなぎ、交流を生み出していることは興味深い。香水は単に身にまとうものではなくなっているのだと思う。
WWD:香りの楽しみ方にはどのような変化が見られるか?
フイン:以前は、個性を表現するために、よりパワフルな香りを求める傾向が強かった。一方最近では、異なる香りを重ねるレイヤリングが広がっている。米国やヨーロッパ、中東ではすでに一般的になりつつあり、日本でも少しずつ浸透していると感じる。
WWD:フレグランスの開発で重視していることは?
フイン:「ドルセー」では、使用する原料を非常に大切にしている。調香師が自由に創作できるよう、開発予算にも十分に投資する。例えば“ローズブレイズ”は、数多くの選択肢の中から2種のバラを採用した。バラは品種によって香りが大きく異なる。望む香りを実現するためには、原料の選択を妥協しない。もちろん、予算をかけたフレグランスが必ずしも優れているということではない。ただ、「ドルセー」では調香師が持つクリエイティビティーを最大限に引き出すために、投資を惜しまないということだ。フレグランスの価格が上がり、消費者にとって購入が大きな投資になっている今、ブランドは消費者に対して誠実でなければならない。
WWD:昨年、日本でも“エクストレ ドゥ パルファン”を発売した。日本での反応は?
フイン:“エクストレ ドゥ パルファン”は賦香率が高いだけでなく、より奥行きのある香りと持続性を備えたラインだ。より深みのある原料を用い、私たちにとっては一段と高級な位置付けになる。日本では軽やかな香りが好まれる傾向があるため、発売当初の反応は比較的緩やかだったが、徐々に受け入れられている。現在は“ローズブレイズ”が同ラインの中で最も人気があり、今年「マリ・クレール(MARIE CLAIRE)」誌編集部のインターナショナル・フレグランス・アワードで、フランスの女性向けベストフレグランス部門を受賞した。
ブランドとして大切にしているのは、独自性を追求しながらも、一貫性を保つことだ。“エクストレ ドゥ パルファン”は既存のラインアップとは少し異なる方向性を持つが、「ドルセー」らしさから大きく離れることはない。ブランドのアイデンティティーに一貫性があることは、消費者の安心感や信頼につながる。
“ラブアフターレイン K.M.”が描く
はかない愛の記憶
WWD:7月に発売した“ラブアフターレイン K.M.”は、どのような着想から生まれたのか?
フイン:「ドルセー」のオードパルファンは、ラブレターをテーマに、商品名にイニシャルを入れている。“ラブアフターレイン K.M.”で表現したかったのは、嵐が過ぎ去った後の静けさと、その中で一瞬だけ訪れる、非常にはかない時間だ。
雨が止み、光が差し込む。これから何が起こるのか、期待と不安が入り混じる。そこには、かつて存在した大きな愛を思い出すような、甘いノスタルジーもある。その愛はもう戻らないかもしれないし、再び訪れるかもしれない。その瞬間が美しいのは、永遠には続かないと分かっているからでもある。私たちが伝えたかったのは、個々の香料の特徴以上に、そうした感情だった。
WWD:香りを作る工程についても教えてほしい。
フイン:まず私がコンセプトをまとめ、イメージに合った調香師を選ぶ。今回は、大手香料会社IFFに所属するファニー・バル(Fanny Bal)を起用した。香りのイメージとして、グリーン、ブルー、白を指定した。また、ブランドのシグネチャーであるアイリスを使ってほしいとも伝えた。それを基に、彼女が素晴らしい香りを生み出してくれた。
WWD:香りの構成は?
フイン:従来のシプレを現代的に解釈し、より明るく軽やかな印象を目指した。パチュリの代わりにアキガラウッドを使うことで、香りの深みと余韻を保ちながら、より明るい印象に仕上げた。私たちはこれを「ネオ・シプレ」と呼んでいる。
トップノートは、ペアアコードのみずみずしくグリーンな香りが特徴だ。香りの中心となるアイリスには、シャープで光を感じさせるアイリスアルデヒドと、温かくパウダリーなアイリスバターの2種を採用し、奥行きを与えた。そこにスズランのフレッシュなフローラルノートを重ねた。フランスではスズランは幸運のお守りでもあり、香りに笑顔を思わせるような明るさを添えている。
ムスキーで温かみのあるアンブレットがトップとベースをつなぎ、ベースのモスアコードやウッディノートが魅惑的な印象を生み出す。トンカビーンも丸みと柔らかさを加え、中毒のような感覚をもたらしている。
WWD:香りの開発にはどのくらいの時間をかけ、どのような工夫をしたのか?
フイン:企画から発売まで2年以上を要した。通常はおよそ18カ月で開発することが多く、今回は特に時間がかかった。香料メーカー・ジボダン(GIVAUDAN)独自の香料を多く使用することで、ほかでは簡単に再現できない構成になっている。
WWD:日本の消費者には、この香りをどのように楽しんでほしいか?
フイン:自分自身の経験や感情を重ね合わせてほしい。単に良い香りだと感じるだけでなく、その背景にあるストーリーや、香りが表現しようとした感情にも興味を持ってもらえたらうれしい。香りを通じて、自分の過去や大切な記憶を思い出すこともある。そうした個人的な体験が生まれることに、フレグランスの魅力があると思う。
販路拡大は急がず、
パートナーとの信頼関係を優先
WWD:販路拡大の進捗は?
フイン:卸売りのネットワークは大きく成長した。取引先の数が増えたことも重要だが、それ以上に、パートナーとの関係の質が高まっていることに手応えを感じている。私たちが重視しているのは、単に大手企業と取り引きすることではなく、信頼できる相手と長期的な関係を築くことだ。
例えば、ポーランドでは国内に7店舗を持つ、2人の女性が経営するガリル(GALILU)という会社と協業している。イタリアでも、兄弟で経営する企業と取り引きしている。いずれも大手グループではなく、経営者との距離が近い。「ドルセー」自体も、私と兄が経営に携わる家族経営の会社で運営している。だからこそ、同じように人とのつながりを大切にするパートナーとの仕事に価値を感じている。
WWD:直営店、EC、卸売りは、それぞれどのような役割を担っているのか?
フイン:現在ビジネスをけん引しているのは卸売りで、世界で約300のリテーラーと取り引きしている。ECも急速に成長しており、米国でもECを立ち上げ、好調に推移している。一方、直営店はブランドの世界観を体験してもらうために欠かせない。19年にリブランディングを行った際、最初のステップとしてパリに旗艦店をオープンしたのも、体験を何より重要だと考えているからだ。
WWD:今後の出店や新市場への進出について、どのような方針か?
フイン:今後も新しい市場への進出や出店を進めていく。ただし、速く拡大することが目的ではない。現在、4カ国で旗艦店のオープンに向けた話が進んでいるが、新しい市場ではブランドに合うパートナーを慎重に選ぶ必要があり、時間をかけてその国での存在感を確立していきたいと考えている。
2030年の創業200周年へ
世代を超えて愛されるブランドに
WWD:15年のブランド買収から約11年がたった。リブランディングを振り返り、どのような成果や課題があったか?
フイン:当初と比べると大きく成長したが、学ぶことも多かった。特に苦労したのは、日本の高い品質基準に対応することだ。品質基準を引き上げるために、製造パートナーを変更したこともある。その経験を通じて、適切なパートナーと仕事をすることの重要性を学んだ。現在は品質管理の面でも、非常に良い結果を得られている。
ブランドを成長させるには、商品だけでなく、顧客に提供する体験や、ブランドの世界観をどう伝えるかも重要だ。ヘリテージを軸としながら、市場ごとにコミュニケーションの重点を変えている。日本ではエッジィで現代的な側面を打ち出す一方、台湾やインドネシアではロマンティックな側面により焦点を当てている。
WWD:今後5年で、「ドルセー」をどのようなブランドへ成長させたいか?
フイン:今後5年間は、成長を続けながら、これまで大切にしてきたブランドの価値をどう守るかが重要になる。ニッチフレグランスとしての立ち位置を保ちつつ、顧客にどのような体験を提供するか。また、新しい国に店舗を開く際には、これまで培ってきた接客や体験の質をどう再現するかも大切だ。
WWD:ニッチフレグランス市場の今後をどう見据え、ブランドを成長させていくか?
フイン:ニッチフレグランス市場は今、大きな勢いがある。ただ、この勢いがいつまで続くかは分からない。市場にはサイクルがあり、業界全体の勢いが弱まる時期にも成長できるブランドでありたい。そのために大切なのが、ヘリテージだ。「ドルセー」は、1830年にアルフレッド・ドルセー(Alfred d’Orsay)伯爵が最初のフレグランスを作ったことに始まる。ブランドの中心には、愛や感情がある。
30年にはブランド創業200周年を迎える。すでに展示会の準備も進めており、これまでの200年でブランドがどのように発展してきたのかを伝えたい。長い歴史を持つブランドだからこそ、先を見据えることが重要だ。アーカイブやヘリテージを大切にしながら、世代を超えて愛されるブランドを目指している。