第98回アカデミー賞で長編ドキュメンタリー映画賞に輝いた「プーチンの愛国教室」が、10月3日から全国公開される。
舞台は、ロシア・ウラル山脈の麓にある地方都市カラバシュの学校。母校でイベント企画と撮影を担当する教員パヴェル・タランキン(通称パーシャ)は、子どもたちから慕われながら、その何気ない日常や成長をカメラに収めていた。しかし、2022年2月にロシアがウクライナへの侵攻を開始すると、国家の方針により学校は戦争を正当化する授業や軍事訓練を行い、子どもたちを“未来の兵士”へと育てる「愛国教育」の場へ変貌していく。その変化に危機感を抱いたパーシャは、学校から撮影を命じられたプロパガンダ映像のコピーを密かに保存し、教師や生徒たちが変わっていく姿を約2年間にわたって記録。国外にいるアメリカ人映画作家デヴィッド・ボレンスタインへ映像を送り続け、共同で本作を完成させた。
自由だった日常はいかにして監視と沈黙に覆われ、人々は戦争へ動員されていくのか。ボレンスタイン監督に、ロシアのプロパガンダが人々にもたらす諦念、愛国心と歴史修正主義、善意ある共同体にも国家の思想が入り込む怖さ、そして普通の市民に残された抵抗の可能性について聞いた。
ロシアの教育とプロパガンダ
——この映画を観て、私自身がロシアに対して抱いていた先入観に気づかされました。侵攻以前の学校は、私が漠然とイメージしていたロシアの教育よりもはるかに自由で、生徒と教師の関係も本当に親密に見えました。
デヴィッド・ボレンスタイン(以下、ボレンスタイン):私自身もロシアに対する先入観に向き合わなければなりませんでした。2022年の時点でも、パーシャの学校のように自由な場所があるとは知らなかったのです。しかし、送られてくる映像を通して、その環境が急速に変わっていく様子をリアルタイムで目の当たりにし、これほど短期間で状況が変わり得ることに衝撃を受けました。
ただ、その変化の受け止め方は世代によって異なります。ソ連時代に育った年配のロシア人がこの映画を観ると、「何がそんなに大変なの? 私がソ連で育った頃もこんな感じだった」と言うんです。しかし、パーシャと同世代で、1990年代から2000年代に学校へ通った人々にとって、映画で起きていることは大きな変化です。
ソ連崩壊後のロシアには、自由が花開き、グローバルな文化が学校にまで届いた時代がありました。パーシャの学校や教室が体現していたのは、その時代の価値観です。一方、現在の軍国主義的、愛国主義的なキャンペーンが象徴するのは、ソ連時代への回帰です。その意図は非常に明白です。映画でも描いているように、プーチンが「第一運動(Movement of the First)」(※1)という子ども・青少年組織をつくる構想を国民に向けて発表したのは、ソ連のピオネール(※2)創設記念日でした。つまり、明らかにソ連時代を呼び戻そうとしているのです。
※1:第一運動:2022年に設立された、ロシア全土で活動する国家主導の子ども・青少年団体。「伝統的なロシアの精神的・道徳的価値観」に基づく育成を掲げている。
※2:ピオネール:1922年に創設された、ソ連共産党の指導下にあった子ども・青少年組織。赤いネッカチーフを象徴とし、5月19日はその創設記念日とされていた。
——映画を観ていると、大人たちは必ずしも政府の言うことを信じているわけではないように見えます。それでも、国家の語る物語を淡々と繰り返し、求められた方針に従っていく。そうした人々の姿から、プロパガンダが人間に及ぼす影響について、どのようなことが見えてきましたか。
ボレンスタイン:私はこれまでプロパガンダを扱った映画を何本か作り、大学院の修士論文でも研究しました。それほど関心の深いテーマなんです。アメリカ、中国、ロシアのプロパガンダを研究し、それを題材にした映画にも携わってきましたが、強く感じるのは、そのあり方が国や地域によって大きく異なることです。プロパガンダは常に、その土地の文化や置かれた状況と結びついています。
ロシアのプロパガンダについて印象的だったのは、他の国々とは違い、人々に心から信じ込ませることを目的としていないように見える点です。実際、それを本気で信じている人にはほとんど出会いません。むしろ、ロシアを支配するイデオロギーを象徴しているのは、映画の中で「私たちは苦しむ運命にあり、これからもずっと苦しみ続ける」と繰り返すパーシャの母親です。彼女は「若い男の子たちは昔から戦争へ行ってきたし、これからもそうでしょう」とも言います。
編集のために、カラバシュの人々が話す映像を何百時間も見ましたが、「プーチンは素晴らしい」「この戦争は素晴らしい」と言う人はほとんどいません。彼らが口にするのは、「ひどいことだ。でも、どうせこれからも変わらない」という言葉です。つまり、人々に信じ込ませるのではなく、何をしても変わらないと諦めさせる。それこそが、ロシアのプロパガンダが意図する結果なのでしょう。
そのやり方は非常に粗雑です。中国のプロパガンダのように、洗練された論理によって、ある結論へ導こうとするものではありません。明らかにでたらめで、意味不明な言葉を、暴力的で粗野なやり方で何度も繰り返させる。そうしているうちに、人は顔を上げようとすらしなくなる。うつむいたまま、「自分の役割は耐えることだ。人生は不条理で残酷だ。決してよくならない」と考えるようになるのです。
ただの悪役にしない
——とりわけ印象に残る人物が歴史教師のアブドゥルマノフですよね。ラヴレンチー・ベリヤ(※3)などソ連時代の危険人物を敬愛する愛国主義者で政府寄りの思想を持つ一方、生徒たちを心から大切に思っているような一面も描かれ、単なる「悪い教師」とも思えません。そう考えると、プロパガンダは必ずしも誰かを操ろうとする明確な悪意によって広がるものではないのでしょうか?
ボレンスタイン:先ほど、カラバシュの人々はプロパガンダを本気で信じているわけではないと話しましたが、アブドゥルマノフは例外かもしれませんね。彼は本当に信じているように見えますから。私たちがカラバシュで最初に撮影したのが、パーシャとアブドゥルマノフが教室にいる場面でした。「ロシアへの制裁で困るのは欧州側だ。じきにエネルギー不足でフランス人は馬に乗ることになる」と彼が話す、あの印象的な授業です。その映像を観て、私たちはこの学校で起きている「特別で興味深い何か」を捉えたと確信しました。パーシャも私も、それを世界に見せたいと思ったんです。
しかし、そこからが難題でした。アブドゥルマノフという強烈な人物を今後どのように撮っていくのか。私はパーシャに、「彼を人間として見せる何かを撮らないと。ただひどい授業をするだけの悪役にしてしまえば、現実よりはるかにつまらない人物になる」と言い続けました。パーシャは学校でもともと彼と親しかった一方、その言動には強く反発していました。だから、「彼はひどい人間だ。良いところなんて何もない」と言うんです。それでも私は「何かあるはずだから見つけないと」と、ずっとパーシャとやり合っていました。
そして、それが見つかったのは最後の撮影、パーシャが国を離れる前日に行われた卒業式でした。教え子たちが学校を去っていくことに、アブドゥルマノフが心を動かされ、涙を流したんです。彼が生徒たちを本当に大切に思っていることが伝わってきました。その瞬間を観て「やっと見つけた」と思いました。
プロパガンダや、いま起きている恐ろしい出来事の本当の怖さは、それがしばしば、人々が互いを思いやって暮らす、現実のコミュニティーの中に入り込んでいくことです。彼がその年の「一番好きな先生賞」に選ばれ喜ぶ場面も、映画のなかで最も力強い瞬間の一つだと思います。あれは演出ではなく、本当に起きたことです。パーシャは学校行事の担当者だったため選考の対象外でしたが、アブドゥルマノフは実際に選ばれました。そこには、非常に複雑で興味深い現実が表れていると思います。
※3:ラヴレンチー・ベリヤ:スターリン政権下で秘密警察NKVDを率い、政治弾圧や諸民族の強制移住などを指揮したソ連の政治家。
——パーシャがロシアを離れたあと、アブドゥルマノフに誕生日を祝うメッセージを送り、彼もすぐに感謝の気持ちを返信してきたそうですね。大きな政治的分断を挟んで正反対の立場に立つことになった2人の間に、それでも人間的なつながりが残っていたことは少しばかりですが希望にも感じます。
ボレンスタイン:パーシャがメッセージを送ったとき、私は彼と一緒にいたんです。私たちはお酒を飲んでいて、パーシャが「今日はアブドゥルマノフの誕生日だ」と気づいたんです。私は「メッセージを送らなきゃ。ほら、送って」と言って、彼が送信したあと、2人で「返事が来るかな」と待っていました。すると、アブドゥルマノフからとても好意的な返事が届いたんです。あれはとても興味深い瞬間でしたね。
アブドゥルマノフは、ロシアのメディアにこの映画をどう思うか話しています。彼は、自分が映画に登場していることをとても誇りに思っていると言っていて、自分の描かれ方に不満を抱いておらず、自分が話したことのすべてを今も支持している。パーシャに歪められたとも感じていません。映画のなかの自分を見て、「そう、これが私だ」と思っているのです。
そしてアブドゥルマノフは今も、パーシャをかつての隣人であり同僚として見ているのだと思います。もちろんパーシャの政治的な立場には反対し、ともすれば彼をテロリストだとさえ考えているかもしれません。それでも、パーシャが自分を欺いたり、裏切ったりしたとは思っていないのでしょう。だから、パーシャ個人に腹を立てているわけではないのだと思います。
教師パーシャの変化
——政治状況が悪化するにつれて、作中の人々は互いを警戒し、自由に発言しなくなっていきます。社会が徐々に監視社会へと変わっていく過程を、映像としてどのように示そうと考えたのでしょうか。
ボレンスタイン:いくつかの層があると思います。まず、この映画は非常にメタ的で、制作を取り巻く状況そのものを隠していません。注意深く観れば、政治的な締めつけによって撮影が困難になるにつれて、映画の映像表現自体も変わっていくことが分かるでしょう。
当初、私たちはパーシャを監督として迎えたわけではありません。彼は出演者募集に応募してきたので、最初は一人の登場人物として撮影していました。映画の最初の3分の1ほどでは、主に私たちの撮影隊による映像が使われ、パーシャはカメラの前にいる被写体です。しかし、時間が経つにつれて、パーシャは次第に撮る側へと移り、より多くの映像を撮影するようになります。中盤から終盤にかけて使われているのは、主にパーシャが撮った映像です。政治的な締めつけがますます厳しくなり、撮影隊をカラバシュへ連れていくことが困難になったからです。そのため、映画は高価なカメラによる美しい映像を備えた、比較的オーソドックスなドキュメンタリーとして始まり、物語が進むにつれて、よりゲリラ的な撮影へと変わっていきます。映画のスタイルそのものが、撮影環境の変化を映し出しているのです。
プロパガンダと学校の軍事化が人々を萎縮させていく様子は、他の方法でも表現しました。何より、それは子どもたちの顔に表れています。編集時には、2、3年にわたって撮影された子どもたちの反応だけを集めた映像を作りました。そこには、彼らの表情やわずかな身ぶりが、年月とともに変わっていく様子が記録されていました。その変化を伝えるために、そうした映像をできる限り生かしています。
——パーシャはもともと映画監督でも活動家でもなく、学校行事を撮影していた職員でした。カメラでプロパガンダを記録し続けたことは、彼の行動や考え方にどのような影響を与えたと思いますか?
ボレンスタイン:興味深いことがありました。この企画の初期には、私の撮影隊が現地へ行き、パーシャも撮影を手伝っていました。撮影隊は高価なカメラを使い、経験豊富な撮影監督もいました。一方、パーシャはそれまで撮影のプロではありませんでした。それでも編集室では、プロフェッショナルに撮られた映像より、パーシャの映像を選ぶことがよくありました。映像の美しさではなく、彼とカメラとの関係に惹かれたからです。パーシャの映像からは、カメラの背後にいる彼の存在が強く感じられました。彼がカメラを手にしたのは、報酬を得るためではありません。ジャーナリズムのためですらなかったと、私は思います。むしろ彼にとって、撮影は一種のセラピーだったのだと思います。
パーシャは毎日学校へ行き、プロパガンダを教えていました。そのことに強い罪悪感を抱き、逃げ場のない状況に追い詰められていた。だからこそカメラを持っている1、2時間だけは、別の自分になることができたのです。彼の映像が特別なのは、そうした深い感情がカメラの背後から伝わってくるからです。ときに映像が荒れていても、撮影隊による整った映像より、はるかに力がありました。
彼は深夜にカメラを持って町へ出て、誰もいない通りを2時間歩き続けるだけの映像を送ってくることもありました。なぜそんなことをしたのか。それが彼にとってセラピーだったからです。夜になると気分が落ち込み、翌朝また学校へ行き、プロパガンダを教えなければならないことを恐れていた。だからカメラを手に取り、何もない町を撮り続けることで、その現実から逃れていたのです。
——本作は深刻な問題を扱いながらも、パーシャの存在によって、映画にはどこか親しみやすく温かな感触があります。作品のトーンを形づくる上で、彼のユーモアをどのように生かそうと考えたのでしょうか。
ボレンスタイン:パーシャと私が出会えたのは、本当に幸運でした。おっしゃるとおり、この映画には彼の人柄や語り口が色濃く反映されています。同時に、深刻な題材を軽やかで意外性のあるトーンから描くことは、私がこれまでの作品でも追求してきたものです。その方が面白いと思うからです。
企画に取り組むとき、私はまず、観客がその題材にどのような印象を抱くかを考えます。今回は、学校内部から声を上げた告発者をめぐる、重苦しくなり得る物語です。だからこそ、どうすれば既存のイメージとは異なる映画にできるかを考えました。最初から、この題材を映画「スクール・オブ・ロック」のような、パンク精神とユーモアのある映画として描きたいと思っていたのです。映画の構成も、観客の予想を裏切るように組み立てています。
例えば冒頭では、暗闇の中でパーシャが穴を掘っています。この種の物語を観る観客は、彼が誰かから逃げながら、撮影した映像を隠しているのではないかと想像するでしょう。重々しい音楽も流れ、「これは深刻な映画なのだ」と思わせます。ところが、私たちのカメラからパーシャのカメラへ切り替わり、彼のユーモラスで人懐こいナレーションが入ると、雰囲気は一変します。観客はそこで、「これは自分が予想していた映画とは違う」と気づくのです。
さらに終盤では、冒頭の場面が、映像を隠すこととも、誰かから逃げることとも無関係だったと明かされます。パーシャは卒業式で使う若木を掘り起こしていただけでした。このように、映画全体が観客の予想を裏切る発想を軸に組み立てられています。脚本や編集でも、観客がこの題材をどう受け止めるかを想像し、その予想を少しずつ覆すことを意識しました。制作の初期段階から、その点は深く考えていました。
愛国とアイデンティティー
——自分の文化や歴史、共同体を大切に思うことは、世界中の教育においてごく自然なことです。しかし、ときにそれが国家によるプロパガンダによって利用されてしまう。監督は健全な愛国心教育とプロパガンダの境界をどのように考えますか?
ボレンスタイン:とても鋭い指摘ですね。それは、リベラリズムとナショナリズムの間に本質的に存在する緊張関係だと思います。私たちは国家に属し、国家によって形づくられる一方、リベラルな社会では、誰もが自分のあり方を選び、独自のアイデンティティーを持つ自由があるとされます。これは西洋に限らず、日本を含め、自由民主主義体制を採る現代社会に内在する矛盾です。では国家への帰属意識を育むことが、個人が自分自身のアイデンティティーを持つ権利への侵害に変わる境界はどこにあるのか。非常に複雑で、私には答えきれない問題かもしれません。その境界は、それぞれの国や事例、置かれた状況によっても大きく異なるでしょう。
共同体の人々と共通のアイデンティティーを持つこと自体は、悪いことではありません。しかし、教えられる国家意識が民主主義的な価値観と衝突し始めたなら、私はそれに反対します。もちろんリベラリズムも、他のあらゆる価値観を超越した中立的なものではなく、それ自体が一つの価値体系です。大切なのは、教えられる国家意識が、民主主義や他者への敬意を備えているかどうかです。異なる意見に寛容で、異論を内包できるのか。私にとっての境界線はそこにあります。
リベラルで進歩的な価値観を内包する愛国心には大いに賛成です。いま暮らしているデンマークは、まさにその好例です。アメリカ人の私がデンマークへ来て驚いたのは、非常に愛国的な国だということでした。至るところに国旗が掲げられていて、「ここは本当にヨーロッパなのか?」と思うほどです。もちろんデンマークでは、多くのヨーロッパ諸国ほど、過去のナショナリズムに対する後ろめたさを抱えていません。大きな戦争を仕掛けた歴史がほぼなく、その問題と向き合わずに済んでいるからでしょう。そしてここでは、国旗や市民としての誇りが、文化的な寛容さや高い水準の言論の自由を備えた社会に暮らしている、という意識と強く結びついています。
このように、ナショナリズムとリベラルな価値観を両立させることは十分に可能です。問題は、ナショナリズムがどの程度なら許されるのかではなく、そこにどのような価値観が組み込まれているかなのだと思います。
——映画の中で「国を愛するということは、国旗を掲げることでも、国歌を歌うことでも、プロパガンダに乗ることでもない。”愛国”を推すのは”問題がある”と言ってるのと同じだ」という言葉が出てきます。日本でも「愛国」という言葉が、国旗を振りながら他国への敵意を示すことや、排外主義を推し進めることと結びつけられることが多いので、とても共感する言葉でした。
また、愛国教育と結びつきやすいものの一つに、歴史修正主義があります。歴史修正主義と聞くと、露骨な嘘や歴史的事実の否定を想像しがちですが、意図的にある出来事を教えないことや、自国が受けた被害だけを強調して加害の歴史を無視すること、複雑な歴史を誇らしい国家の物語へと単純化することも含まれます。そのように、歴史教育がプロパガンダへと変わり始める境界はどこにあると考えますか?
ボレンスタイン:それは明確な境界線があるのではなく、段階的に移り変わっていくものだと思います。いわゆる自由民主主義社会でも、国家にとって都合の悪い歴史を覆い隠すような教育は行われています。私がアメリカで学校に通っていた頃も、アメリカの入植者が先住民に加えた暴力については、ほとんど何も教わりませんでした。歴史をどのように教え、どう向き合うかという問題は、どの社会にもあります。権威主義体制に限った問題ではありません。
一方、特にジョージ・フロイドの死をきっかけに抗議運動が広がった頃のアメリカでは、過度に悲観的になり、自国の歴史を否定的に捉え続けることにも弊害がある、という議論がありました。自分が属する集団に誇りを持ち、それをより良いものにしたいと思う気持ちは、人を行動へと駆り立てる力になります。もし自分の国には何の希望もなく、取り返しがつかないほど人種差別的で不公正だと考えたなら、なぜ改善するために何かしようと思えるでしょうか。いっそ壊してしまいたいと考えるかもしれません。
ですから、これもやはりバランスの問題だと思います。過度に絶望することなく、同時に歴史を率直に見つめなければなりません。そして国民国家という枠組みのなかで生きるのであれば、自分たちの国は、より良くしていく価値のあるものだと信じる必要もあるでしょう。ただその両方を成り立たせるのは、非常に難しいことです。
——アメリカ人である監督は、とりわけここ数年、教育や歴史をめぐって自国で繰り広げられてきた激しい政治的論争も目にしてきたと思います。ロシアの学校を長く見つめたことで、母国アメリカへの見方に変化はありましたか?
ボレンスタイン:変わったと思います。同時に、アメリカで育った経験も、私がロシアを見る視点に影響していました。私はフロリダ州の出身です。フロリダは教育をめぐる数々の対立の中心地であり、アメリカにおける「教育戦争」の震源地と呼ぶこともできるでしょう。
だからこの映画を作るうえでも、これはロシアだけの問題ではなく、世界のさまざまな国に関わる問題なのだと強く意識していました。実際、アメリカでこの映画を上映すると、観客はロシアだけでなく、自国の状況についても考えてくれます。ロシアを遠く離れた特殊な国として眺めるのではなく、そこで起きていることを自分たちの社会と結びつけて考えてもらうことは、私にとって重要でした。
——パーシャのように、抵抗するだけで大きな危険を冒さなければならない状況になった時点で、社会はすでにかなり暗い段階へ達しているように思います。プロパガンダが社会全体を覆ったあとでも、個人が抵抗する余地は残されているのでしょうか。また、そこまで状況が悪化する前に、普通の市民には何ができると思いますか。
ボレンスタイン:普通の人に何ができるのかと考えると、悲観的になるのは簡単です。しかし、パーシャが成し遂げたことを見てください。誰も彼がこれほどのことをするとは思っていなかったのに、彼はロシア全土に大きな議論を巻き起こしました。映画の中でも、彼はBBCと仕事をしていると周囲に堂々と話していますが、誰も信じません。実のところ、本人でさえ、本当に映画が作られているとは信じていなかったんです。
制作途中、私たちはパーシャが出演する部分を本人に見せることができませんでした。ロシアを離れ、初めて完成した映画を観たとき、彼は「これが現実だなんて信じられない。すべて詐欺で、映画なんて作られていない可能性が50%くらいあると思っていた」と言いました。つまり、実際に作品を観るまで、パーシャ自身も映画を作っているという実感を持てなかったのです。
だから、この映画は私にも大きな希望を与えてくれました。カラバシュではお調子者として見られていた彼が、アカデミー賞授賞式へ行き、各地を巡りながら発言を続けている。その姿を見ると、ごく普通の人の声にも力があり、真剣に受け止めてもらえるのだと希望を感じます。この映画そのものが、一人の人間に何ができるかを証明しています。それが、この質問への一番の答えかもしれません。
作品概要
◾️「プーチンの愛国教室」
10月3日 シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
監督:デヴィッド・ボレンスタイン、パヴェル・タランキン
2025年/デンマーク、チェコ/ロシア語/5.1ch/90分/G/
原題:Mr. Nobody Against Putin
日本語字幕:額賀深雪
字幕監修:廣瀬陽子
デンマーク王国大使館後援
協力:チェコセンター東京
配給:トランスフォーマー
©️2025 made in copenhagen Aps, Pink Productions s.r.o.
「プーチンの愛国教室」公式サイト





