ファッション

蜷川実花が過去最大規模の“体験型”展覧会 「瞬きの中の永遠」で見えた過去と現在、未来

蜷川実花/写真家、映画監督 プロフィール

(にながわ・みか)写真を中心として、映画、映像、空間インスタレーションも多く手掛ける。木村伊兵衛写真賞ほか、数々の賞を受賞。2010年、Rizzoli N.Y.から写真集を出版。「ヘルタースケルター」(12年)、「Diner ダイナー」(19年)はじめ長編映画を5作、Netflixオリジナルドラマ「FOLLOWERS」を監督。22年、最新写真集「花、瞬く光」を刊行。クリエイティブチーム「EiM:Eternity in a Moment」の一員としても活動している PHOTO:MICHIKA MOCHIZUKI

虎ノ門ヒルズ ステーションタワーの“トウキョウ ノード(TOKYO NODE)”で展覧会「蜷川実花展 Eternity in a Moment 瞬きの中の永遠」が幕を開けた。24年2月25日まで。「蜷川実花が挑む過去最大の展覧会」と銘打つとおり、圧巻のスケールの立体展示やアートの世界観に没入できる大規模な映像インスタレーションが見どころだ。作品は全て同展のために新たに制作され、データサイエンティストの宮田裕章、セットデザイナーのEnzoらで結成したクリエイティブチーム“エイム(EiM)”として臨んだ。地上200m超、高層ビル45階の高さに位置する総面積1500㎡のギャラリーを最大限に生かし、東京の風景もデザインに取り入れた体験型展覧会になっている。

開幕前日の内覧会には、1800人以上のプレス・メディア関係者が来場。思わず写真を撮りたくなる鮮やかな色彩の展示はSNSで連日多くの投稿が溢れ、国内の人気デザイナーと制作したアパレルやオリジナルグッズ、施設内の飲食店とのコラボレーションメニューなども話題を呼んでいる。コロナ禍を経て、クリエーションに対する姿勢や心境に変化があったという蜷川実花氏に、本展の制作秘話や共創によって見えた新しい景色について聞いた。

日常で何気なく目にするリアルな瞬間を立体芸術に昇華

WWD:立体作品から映像インスタレーションまで、14の作品群を全て体験すると一つの映画を観終えたような余韻が残った。来場客がZ世代からミドル世代まで幅広いのも興味深い。

蜷川実花(以下、蜷川):SNSでいただく感想が、みんな見事にバラバラなのがとても面白いです。見る人によって作品の受け取り方が異なり、それぞれに届くものが違うのはとても嬉しいですね。

今回の映像インスタレーションはCGを一切使わず、被写体は全て日常の延長線上にあるものです。手持ちのiPhoneで撮影した写真も多い。そんな何気ない瞬間が皆さんの心象風景につながったのではないかと思います。当たり前に広がる景色の見方を少し変えるだけで、気づかなかった美しさがある。それらの一瞬が重なり合って未来につながるという思いを展覧会のタイトルにも込めました。

WWD:これまでの象徴的な作風である花や蝶が舞う“極彩色”の世界だけでなく、時間の経過で移ろう陽の光や雨粒の反射といった光の表現も多彩だった。“光彩色”の空間に重点を置いた理由は?

蜷川:いろんな光が差し込むことによって、それぞれの想いや祈る気持ちが多様に表現できました。作品は多様性のメッセージを含んでいて、観る人が参加することで初めて完成します。光や音、表現の受け取り方が異なる皆さんで体験することに価値を置いています。

展示はまず、枯れた花々の空間展示「残照」から始まります。ひまわりは、咲いている姿が明るくて綺麗とよく言われますよね。太陽を目指して同じ方向を向いて咲きますが、実は枯れ方は個体によって全然違うんですよ。そこにスポットを当てることで、枯れ方に多様性があり、決してネガティブなことではないことを伝えたくて。また、この作品の真裏には、満開の花々で埋め尽くした桃源郷のような空間があるんです。物事には必ず表と裏の側面があり、それは表裏一体なのだというメッセージも込めています。

生きていると大変なことだらけだけど、その中でどう光を見つけていくかを、これまでもずっと考えながら写真を撮ってきました。今回の展覧会では、より印象的に表現できたように思います。

WWD:都会のネオンや車のヘッドライトなど、都市の情景を随所に取り入れた理由は?

蜷川:昔から都会の街の明かりに惹かれます。東京生まれだからこそ、都会のネオンやビルが並ぶ景色が自分にとって“自然なもの”でもあるんです。人の手が入っていない自然も美しいけれど、人が暮らす風景も美しい。高層ビルの頂上で点滅している赤いランプは、街が呼吸しているように見えます。大きな生命体のような。これも、写真で表現したいものの一つです。

本展の作品は、昼と夜で見え方が変わるんですよ。夜もおすすめです。15mの天井全面を使ったドーム型の巨大スクリーンの展示「Flashing Before Our Eyes」の会場ではカーテンが開いて、リアルな東京の風景と作品が融合する瞬間が体験できます。

“エイム”との共創は「バンドを組んだようなイメージ」

蜷川:今回の展覧会の一番の特徴は、自分のキャリアが全て詰まっていることです。写真家として写真を撮ってきて、監督として映画も制作して、それら全ての経験値が必要な展覧会でした。以前から写真をただ額装するだけのスタイルはあまりとらず、写真にくるまれたような世界に浸れるインスタレーションにこだわっていたので、このような規模で最新のテクノロジーを使った見せ方ができたことに、私が一番興奮しています。

WWD:クリエイティブチーム“エイム(EiM)”との共創はどのようなプロセスで制作を進めた?

蜷川:彼らとの活動は、「バンドを組んだようなもの」と説明していますね。もともと、前進となる共作の映像作品が1つあって、その後いくつか映像作品を一緒に作っていたところ、本展が決まりました。昨年の話です。例えると、バンドとしてはまだ1曲しか作ってないのに武道館など大舞台のコンサートが決まったような感じでしょうか(笑)。

WWD:データサイエンティスト・慶應義塾大学教授の宮田裕章氏とのタッグも新鮮だった。

蜷川:宮田さんと私は、専門領域は違うけれど、新しいものへの好奇心や前進意欲の高さが共通しているんです。以前、展覧会の解説文を宮田さんに書いてもらったことがありました。自分が撮った写真に言葉をつけてもらったことで、潜在的な思いが言語化されて立ち上がったような感覚がありました。その芯が通ることで、新しいクリエーションができそうだと思ったんです。そんな意欲的な私たちの思いを汲んで、クリエーションのアイデアを形にしていってくれたのが、桑名(功 森ビル 新領域事業部 TOKYO NODE運営室 本展クリエイティブ・ディレクター)さんや杉山(央  本展プロデューサー)さんです。

本展では映画制作のチームもたくさん関わっています。映画の美術を担当しているセットデザイナーのEnzoくんは、私の考えていることや良しとすることを全て理解してくれるコアメンバー。花のセットは、彼が中心に作ってくれています。音楽や映像の編集、照明のチームも映画製作で一緒のスタッフ。こういった面からも、展覧会というよりはゆるやかな映画を1本観るような、ストーリーを巡る体験に近い構成になったと思います。

メンバーはそれぞれ別の領域でキャリアがあり、個人でも活躍している。でも、あえてチームを組むことで、できることが掛け算で増えていきました。結果として、「(本展は)自分だけではできなかったこと」と全員が思える、幸福なクリエーションのパターンになった。モノづくりの姿勢として、チームで作る面白さを知れたのは、自分の中では大きな変化でした。

作品作りの主語が変化。一人で真摯に向き合う「I」から、共創と共有の「WE」へ

蜷川:コロナ禍のパンデミックを経験して、世界が音を立てて変わる瞬間を私たちはこの2〜3年感じてきたじゃないですか。併せて自分の心境も変化して、作品作りの主語が「I」から「WE」に変わっていきました。今も世界では色々なことが起こっていて、身近な美しさによりフォーカスしたい、日常において視点を変えるだけで世界が変わって見えることを伝えたいと思うようになったのも、時代に応じた変化だと感じます。

以前は尖った表現に固執した時期もありました。映画「ヘルタースケルター」の頃などは、湧き上がる怒りが作品の原動力でしたね。まず自分の嗅覚や感性だけで撮り始めて、そこから一人で誠実に作品と向き合い作ることによって、結果的にまわりに良い影響があったらいいなと思っていました。でも今は、いろんな人に見てもらいたい、見て感じてもらえることが嬉しい、という思いもクリエーションの優先順位として高くなりました。

WWD:「フェティコ(FETICO)」「キディル(KIDILL)」「エムエーエスユー(MASU)」「テンダーパーソン(TENDER PERSON)」ら日本デザイナーとコラボしたのはなぜ?

蜷川:個人的に好きなブランドだったんです。もともと知り合いだったわけではなく、お話しするのが初めてのブランドばかりで、「フェティコ」はインスタグラムに私が直接DMしたんですよ。いきなり飛び込みでのお願いでしたが、お声がけした全ブランドが快諾してくださって嬉しかったですね。今第一線で活躍しているデザイナーさんも支持してくれているのだと、背中を押してもらえました。トモさん(小泉智貴「トモ コイズミ」デザイナー)は、「実花さんの私物の洋服で一点モノを作ります」と言ってくれて。昔作った洋服を土台に、ドレスを仕立ててくれました。

今回のコラボにおいては、日本のブランドを応援したいという思いが根底にありました。国内には今、面白いブランドがたくさんあるじゃないですか。人目につく機会が多い立場なら、積極的に日本ブランドの洋服を着て、いろんな人に紹介していきたいなと思っています。

キャリアの集大成であり、新たな可能性を感じたスタート地点

WWD:本展は“五感”も大きなキーワードだった。多岐にわたるコンテンツ作りで気を付けていたことは?

蜷川:ジャンルを超えたコラボレーションや音楽など、いろいろなことを手掛けましたが、「何を大切にしているか」という核さえぶれなければ、どんな表現も今ならできると分かったことが大きな収穫でした。技術に頼ることが増えても基本は変わらず、ぶれない感性が中心にあれば表現の可能性が広がる。生成AIが登場し、今後もさらに技術革新は加速するはずです。自分が表現したい核をどれだけ持てて、深掘りしながら突き進めるかが重要になっていくと感じました。

WWD:Z世代らの来場やSNSへのポストが相次いでいる。次世代クリエイターを目指す学生たちにアドバイスするなら?

蜷川:SNSが当たり前になった今、いろんな声が良くも悪くもたくさん届く時代になりました。何を発表するにも、見せる前から足がすくんでしまう場面が多いと思うんです。でも、若い今しかできない、怖いもの知らずなモノづくりや表現は、絶対やったほうがいい。稚拙でも、やりたい時に足を止めることは本当にもったいないです。

若い時はもう必死でした。自分のことで精一杯でただ走り続けていたように思います。でも、ここ数年で、下の世代にバトンを引き継ぎたいと思うようになりました。ただ背中を追いかけてもらうのではなく、直接バトンを渡して手助けできることはないかなと。表現方法が広がっているからこそ、自由にモノづくりができたりチャンスに恵まれる機会を作ったり、背中を押せることはないかなと考えています。

WWD:キャリアの集大成を見せた本展で、一区切りがついた?

蜷川:「やり切った!」という思いはなくて、もうすでに次にできることは何かを考えています。制作過程で新しくやりたいこともたくさん見えて、集大成でありながら新たなスタート地点に立てた、そんな気持ちです。私、達成感を感じたことが今まで一度もないんですよ。多分、一生ないでしょうね。止まることなく作り続けることが私にとってのウェルビーイングなんだと思います(笑)。

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