ファッション

「デジタルの寵児」がトラベルブランド「モルン」をスタート “モノ”にこだわった理由に迫る

 

 ライフスタイル分野におけるサブスクリプション事業の企画などを手掛けるフランキーは今冬、トラベルブランド「モルン(MOLN)」をスタートする。それに先立ち、第1弾アイテムであるスーツケースのデザインイメージをティザーサイトで公開し、バーチャルトラベルコンテンツ“I Miss Traveling”を同時公開。空港ロビーや航空機での離着陸、世界のさまざまな都市を音で楽しめる体験の提供を開始した。フランキーの赤坂優代表は、2012年に国内最大級の恋愛・婚活マッチングサービス「ペアーズ(PAIRS)」をリリースし、婚活アプリブームの発端を作った“デジタルの寵児”だ。そんな赤坂代表がなぜ“モノ”にこだわり、しかもコロナ禍で逆風が吹いているトラベルジャンルなのか。ここでは、スーツケースのデザインを手掛けたデザインスタジオエスの柴⽥⽂江代表、ロゴやウェブサイトのデザインを手掛けた岡本健デザイン事務所の岡本健代表とともに話を聞いた。

「WWDJAPAN」(以下、WWD):コロナ禍でデジタルがもてはやされている中、なぜ“モノ”のブランドで、しかもトラベル関連なのか?

⾚坂優代表(以下、赤坂):インターネット界隈にいたからこそ、“モノ”がすごく恋しいというのがあります。もともと好きだったけれど、“モノ”を作る仕事には縁がなく、インターネットやスマートフォン向けのサービスを作ってきました。でもやはり“モノ”を作ってみたいという、合理性やロジックではない、「やってみたい」という気持ちを優先させた感じです。前の会社を売却し終えて、18年にアパレルブランドを、20年にバイオエタノール暖炉の会社を買収してモノ作りに触れ、その後に愛犬向けアイテムのサブスクリプションサービスのブランド、完全会員制の料理とワインのサブスクリプションサービスのブランドを立ち上げました。愛犬向けアイテムのブランドが、初めて自分がゼロから立ち上げた“モノ”の会社なのですが、実は着手したのは「モルン」の方が早く、以前からずっと作りたかったのがスーツケースなんです。

WWD:コロナの影響で旅行関連の業種は苦境に立たされているが、それでも立ち上げた理由は?

赤坂:まず着手し始めたのが20年1月くらいで、国内ではコロナの深刻さがあまり理解されていない時期でした。緊急事態宣言が出る頃になっても「これを機にライフスタイルの変化が進むことはあっても、いつかまた絶対に日常が戻って来る」と漠然と思っていたので、一時的に世の中全体として旅行ができなくなったことは気にしていませんでした。今の気持ちは、その時とはちょっと変化していて、「旅行に行けなくなった分、『行きたい』という意欲は抑圧されていたので、必ず跳ね返ってくる」と思っています。また安心して旅行に行ける世の中になることを願いつつ、そこは期待している部分でもありますね。

WWD:そもそもトラベルグッズを作ろうと思ったのはなぜ?

赤坂:シンプルに旅行が好きだからです。それに加えて、既存のスーツケースを含む旅行関連アイテムの市場に関して、「本当にこのままでいいのだろうか」と感じていたことも大きかったです。小売店のスーツケース売り場などによく行くのですが、あまりにもメーカーから生活者までの距離感が遠い印象で、メーカーがユーザーである生活者と向き合えていないというか、どちらかというと「“販売員がセールストークをしやすいかどうか”といった視点での製品作りをしているのではないかな」と感じてきました。また、購入者の目線でも「こういうスーツケースが欲しい」などと具体的に想起するイメージがありませんでした。店頭で「できるだけ軽いものがいいな」「動かしてみて静かなものを買おう」といった軸のみでの購入検討となる傾向にあり、ブランドが持つ世界観やそこで醸成されるカルチャーへの共感が購入動機となるケースが少ない状態だと思いました。そこで、自分たちでブランディングして、直接販売できる環境を作れば、今までと違うトラベルブランド作りができるかなと考えたんです。

ニューノーマル時代のトラベルブランド

WWD:その企画を実行するに当たって、2人をパートナーにしたのはどういったことから?

赤坂:僕はモノ作りが初めてなので、スーツケースを作りたいけれど、どうすればいいのか分からなかったんです。そこで協力いただきたいパートナーを探す過程で、「この人の作品がすごく好き」と感じたのが(柴⽥)⽂江さんで、時間をもらって「スーツケースを作りたいんです」と説明に伺いました。面識がないのにいきなりアポイントメントの電話をかけたので、「一体何者?」と感じられたと思います(笑)。そこから、文江さんとプロダクトのグラフィックやロゴのデザインを進めていく中で、(岡本)健さんを紹介していただきました。

WWD:柴田さんは、最初にお話を受けた時どう思った?

柴⽥⽂江代表(以下、柴田):若い男性が事務所に来て「スーツケースを作りたい」と言うので、「ああ、この人絶対分かってない」と思いました(笑)。スーツケースを作るのってすごく大変なのに、「お菓子を作るみたいに、すぐその場で作れるようなイメージでいるのかな?」みたいな(笑)。けれどお話を聞いてみると、いろいろとリサーチされていて、ほかの協力者の方々もいて、本気だなとすぐに分かりました。何より「“スーツケース”という既存の価値観に対するチャレンジがしたい」という気持ちにすごく共感しました。固定概念に対して違う選択肢を作るのは“デザイン”が得意なところですが、そう言ってくる経営者はなかなかいません。「こういうのを作って儲かる商売をしたい」など、経済的な狙いから始まることは結構あるのですが、「世の中の価値観をモノ作りを通して変えたい」という依頼は珍しく、参加したいと思いました。

WWD:岡本さんを紹介したのは?

柴田:ある程度「モルン」のイメージができてきて、赤坂さんから「グラフィック周りはどうするのがよいですか?」と相談があったとき、私は岡本さんの仕事が好きで「いつかチャンスがあったら」と思っていたので推薦しました。

岡本健代表(以下、岡本):僕も柴田さんと同じで「スーツケース作りは大変」という印象を持っていましたが、プロダクトを柴田さんがデザインされるということで、生半可なモノは作らないだろうと分かりましたし、何より柴田さんのクリエイティブを間近で見られる貴重な機会が嬉しくて参加に至りました。

WWD:なぜスーツケース作りは大変?

柴田:例えば部品が多岐にわたっていて、それぞれ製造している工場が違うケースが多いので生産管理が大変、などといったハードルがあります。新規で作るとなると、私の経験上ではかなり難易度が高いプロダクトだと感じていました。

赤坂:プロジェクトを進めていくうちに、スーツケースを作った経験がある人がチームにいないと難易度がさらに高まると分かってきて、その道に長けたゼロワンデザインの田中信吉代表にもチームに参加いただきました。中国の製造工場とつないでくださるなど、本当に助かりました。

岡本:新ブランドを立ち上げてゼロからイチを作る際には、開発コストも含め取り掛かりやすいモノから着手しがちですが、今回のようにいきなり難易度の高いプロダクトに取り組む姿勢はとてもワクワクしました。僕が参加したタイミングでは、CGなどである程度プロダクトの設計が仕上がっており、すでに柴田さんが「モルン」の世界観を定着してくれていたので、ロゴなどのデザインにも取り掛かりやすかったです。

表参道にフラッグシップショップをオープン

WWD:デザインはどう決めていった?

赤坂:デザインは正直、お2人にお任せした部分が大きかったです。僕がゴールに設定したのは、旅行に行こうと思った時に、最初にイメージしてもらえるブランドです。そのためには、機能がしっかりしていて、買い求めやすい価格で、なおかつデザイン性の高さが必要。ですので、僕が理想とする機能を伝えて、そこからデザインいただきました。

柴田:赤坂さんへのヒアリングはとても細かく行いました。例えば「PCを持ち運びたい」という要望をもらった時、「ビジネスバッグみたいになってしまい、うまくまとまらない」と伝えたのですが、「そこは譲れない」という話になりました。でもよく考えて、それは新しいなと思ったんです。旅って昔からある非日常で、デジタルではないけれど、私たちの生活の中でもはやデジタルは切り離せず、懐かしさやノスタルジーの気持ちの横にはPCがある。それがフランキーの求めている普遍性や新しさ、懐かしさなのかなと思うようになりました。それで、PCを入れるポケットを設けたのですが、まるでポケットがないように見えるデザインにしました。

WWD:確かにシンプルに見える。

柴田:でもそのシンプルが一番大変なんです。シンプルに見せるために、物理的にいろいろなものを内包しないといけない。それが難しかったですね。その一方で、スーツケースは便利だけれど、“旅”という点からすると味気ない感じもしました。旅には“鞄”を持って行くのがかっこいいし、絵本などでも旅のお供は鞄で描かれるケースが多い。そこで、鞄のしっとりした感じがほしくて、PCのポケット部分は合皮でレザーの質感を演出しました。

WWD:カラーリングのこだわりは?

柴田:地球を旅するイメージで、地球の色にしたいと思いました。赤土のチャコールや、石のライトグレーなどですね。

WWD:ロゴはどういう発想から作った?

岡本:スウェーデン語で“雲”を意味する「moln」というブランド名を体現するべく、まずは雲についてリサーチしたり、思いを巡らせたりしました。そして旅と雲の関係性について考えていたのですが、スーツケースを持って旅する時って、飛行機に乗ることが多いですよね。飛行機で目的地に向かう途中、飛行機は1度雲の上まで上昇し、雲の上でのフライトを楽しんだ後、再び雲の下に降りると目的地の街並みが見えていたり……。旅の道中には必ず雲が介在しているので、その情景をロゴとして形にできないかと思い、「moln」のアルファベットが雲で見え隠れしている様子を表したロゴマークを制作しました。プロダクトには、「moln」の文字が雲の上と雲の下に存在している2種のロゴマークが刻印されています。

WWD:「モルン」の店舗もオープンするそうだが、それも含めた今後の予定は?

赤坂:スーツケースは、実物を見て購入したいという方も多いので、今冬に東京の表参道エリアにフラッグシップショップをオープンする予定です。店舗設計はケース・リアルの二俣公一代表に手掛けていただき、「モルン」らしい空間を表現しています。今後は、アイテム数を増やしていきたいですね。スーツケースだけで旅行に行けるわけではないので、ネックピローやアイマスクといった必要なモノをラインアップして、“旅”といえば一番に思い浮かべてもらえるようなブランドになりたいと思っています。

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