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0から1を生み出す新規事業が糧に 資生堂史上2人目の女性代表取締役に就任する鈴木ゆかり常務が語る

 資生堂の鈴木ゆかり常務は、2021年1月1日付で同社史上2人目となる女性の代表取締役に就任する。これまで新ブランドの立ち上げや海外でのスパ事業など数多くの新規事業に携わり成功に導いた後、プレステージブランドでその手腕を発揮。グローバルブランド「クレ・ド・ポー ボーテ(CLE DE PEAU BEAUTE、以下CPB)」躍進の立役者でもある。近年は社会貢献活動にも力を入れ、女性の教育に貢献した女性を支援するグローバルチャリティープログラム「パワー・オブ・ラディアンス プログラム」をスタートさせ、さらにユニセフとパートナーシップを組み2019年から3年間で合計870万ドル(約9億2220万円)を寄付することも発表した。「社会的価値と経済的価値が両輪であることは当然のこと」と語る鈴木常務にこれまでの歩みと今後の取り組みについて聞いた。

WWDジャパン(以下、WWD):学生時代から化粧品業界に興味があったのか。

鈴木ゆかり:資生堂 常務、チーフブランドオフィサー クレ・ド・ポー ボーテ、イプサ、ザ・ギンザ、BAUM(以下、鈴木):大学で社会心理学の研究室に所属していたのですが、その恩師が資生堂と共同研究していました。化粧の心理的な効用についての共同研究だったのですが、その研究の切り口に関心をもったのがきっかけですね。1985年に資生堂にビューティサイエンス研究所が設立され、そこで化粧の心理的な部分の研究室が設けられると恩師に聞き、同年に資生堂に入社しました。当時、横浜にも研究所がありましたが、そこは基礎研究と処方開発中心でした。一方、ビューティサイエンス研究所は化粧品の心理的効果や使い心地を研究する場所でした。例えば当時、エステティックマッサージが美顔効果をもたらたすのは認識されていましたが、リラクゼーション効果があると科学的に証明できていませんでした。資生堂はそれを証明した第一人者でもあるんですよ。

WWD:ビューティサイエンス研究所では具体的にどのような業務に就いたのか。

鈴木:化粧やエステティックがもたらす心理的効用をチームで研究していました。初期の頃、同志社大学と京都府立医科大学との共同研究に参画しました。うつ病患者の方の心理的変化についての研究だったのですが、その際にうつ病患者が自分のメイク姿を見てにっこり微笑んだのを目の当たりにしました。うつ病患者は感情の起伏が少ないのですが情動を生み出したのです。化粧は平和な産業で人を幸せにする産業でもあると確信を持てたきっかけになりました。化粧は人のためにするのではなく、自分のため心のためである--それが原体験になっています。その後、6年ほど現在のビューティークリエーションセンターの前身となる、ファッションやメイク、色彩のトレンド予測をしていました。

資生堂の冠をもたないブランド開発

WWD:その後、新規事業に数多く携わることに。

鈴木:マーケティングの分野に進みたかったので、ニューヨークに渡りPRエージェンシーで1年間研修を受けました。帰国後、マーケティング戦略室に配属されて新規事業立ち上げに携わることになりました。当時、資生堂の冠を持たない新たなブランドの開発を進めていました。最初は「イプサ(IPSA)」で次いで「ディシラ(DICILA)」(19年11月に終了)「エテュセ(ETTUSAIS)」「アユーラ(AYURA)」(15年にアインファーマシーズに売却)の順です。私は「アユーラ」の立ち上げプロジェクトに参画。1995年にデビューさせたのですが、ホリスティックな考え方を提案したのが先進的でした。現代の女性が抱える今までなかったような肌の揺らぎに着目して製品を提案し、受け入れられたことは今でも糧になっています。私自身はコミュニケーション部門を担当していました。当時インターネット元年と言われ、“パソコン通信”でお客さま作りをしたり、店頭でメイクアップシュミレーションの機械を置いたりして今思えばこちらも先進的でしたね。お客さまとのタッチポイントを直接吸い上げてブランド作りに活かすというマーケティングを実践できたことも成功体験になっています。

WWD:海外での新規事業に関わった。

鈴木:次にバリ島にスパ施設「キラーナスパ」を立ち上げる新規事業に携わりました。資生堂とバリ・ウブドの王家スカワティ家がジョイントベンチャーを立ち上げて、そのメンバーとして参画しました(現在はスカワティ家が経営)。スパ施設というと路面にサロンがあるイメージですが、そこはリゾートスパで1万8000平方メートルのジャングルを切り開いてヴィラを建築し、トリートメントサービスを実施するものでした。ノウハウもない中、手探りで進め非常に大変でしたね。トリートメントメニューや化粧品も開発しました。化粧品会社に入ってこのようなことに携われると思ってなかったので貴重な経験でした。

WWD:0を1に作り上げるのは労力がいるが、どういう姿勢で取り組んでいたのか。

鈴木:2007年には通販事業の責任者として従事しました。当時は、コールセンターの通販からECの通販に変わる時期、ECが伸びだしてパソコンからモバイルに人の行動が変わる黎明期でもありました。そうした変化をまざまざと感じることができたのは今の糧になっています。このように何かを作り出すこと、新しいことに挑戦することは非常に楽しかったですね。自由度も高いですし。その反面、助けはありません。資生堂という信頼のあるバックグランドがないところで価値を作るのは大変でした。資生堂にできないことを実現する、既存顧客とは違うお客さまに出会うことをミッションとしていたので、お客さまが誰なのかということは常に考えていました。

WWD:「イプサ」でブランド価値の重要性をより実感した。

鈴木:11年にマーケティング部長としてイプサに出向しました。化粧品業界が低迷していた時期に、「イプサ」もブレイクスルーが必要でした。イプサは独立会社で、社員のブランド愛が強かったんです。ブランドの熱狂的な愛は欠かせない要素でした。ブランド価値を明確にお客さまに浸透できるかが重要でした。ブランド独自の肌測定器「イプサライザー」を活用するなど、もともと持っている力をうまく発揮できるようになると骨のある組織であればうまく回ります。それも成功体験の一つです。14年には社長に就任したのですが翌年に異動が決まりました。正直なところもう少し務めたかったですね(笑)。

組織に変革に伴い1年ごとにタイトルが変化

WWD:14年に魚谷雅彦資生堂社長が就任して以降、目まぐるしくタイトルが変わる。

鈴木:14年以降、会社全体の組織が大きく変革しています。15年に日本事業のプレステージブランド事業本部のマーケティング部長に就任しました。ブランド「シセイドウ(SHISEIDO)」と「ベネフィーク(BENEFIQUE)」を管掌。16年に専門店事業本部マーケティング部マーケティングディレクターに就任。専門店という事業体が独立し「ベネフィーク」を担当しました。17年はグローバルプレステージブランド事業本部で「CPB」のブランドユニット ブランドディレクターに就きました。当時は日本の売り上げ比率が高かったのですが、20年に1000億円ブランドになるという目標を掲げていました。17年に3年前倒しで1000億円を達成。14年からインバウンドの需要が増えて、中国やアジアでの知名度が高くなって一気に海外での成長が加速しました。グローバル化にアクセルが踏まれましたね。

WWD:数多くの成功体験を得ているが女性で働く難しさは。

鈴木:ラッキーなことに感じたことがありません。マーケティングの分野は比較的女性が多く、常に女性の人数が多い組織でやってきたこともあるのかもしれません。ただ、女性だからというバリアを自分でも作らないようにしてきました。

WWD:チームを率いるために心がけていることは。

鈴木:組織の成熟度や大きさ、スタッフの性格によるので一つの答えはないです。多くを語らずも力が発揮できる組織ならその力を伸ばせる環境作りをすればいいし、ガイダンスが必要な部分は後押しや引っ張ることが必要です。どうしたら組織が伸びるかを見つけて、それに対しての処方箋を考えることを心がけています。スタッフはそれぞれよい部分と苦手とする部分を持っています。不得意なところを補いあって全体として力を発揮できることが組織ですから。今は女性の活躍にフォーカスがあたりがちですが、男性の力も必要不可欠です。さらにいえば性別にかかわらず能力を発揮できるのが本来の形だと思っています。

社会的価値と経済的価値は両輪

WWD:「CPB」は社会的価値を高める活動として少女に教育の機会を与える力を入れている。

鈴木:「CPB」は富裕層のお客さまも多い。これらのお客さまは社会的貢献の意識が高まっています。アパレルでもラグジュアリーブランドはフィランソロフィー(企業による社会貢献活動)を行なっていますよね。「CPB」もそれを重視していて、19年に「パワー・オブ・ラディアンス・プログラム」を始めました。資生堂は経済的価値と社会的価値を強く発信していますが、「CPB」も同様です。この2つはブランドを存続させるための両輪となっています。ユニセフとのパートナーシップも築け、教育が十分に受けられない国の少女たちの手助けする活動も行っています。副次的な効果としてお客さまや美容部員、本社スタッフなどが自分が関わっているブランドが社会的価値を上げる活動をしていることが誇らしいと思ってもらえている。これは売り上げ規模が1000億円のブランドになれたから社会に恩返しができるようになりました。そういった循環が今後もますます大切になっていくと思っています。

WWD:来年1月から代表取締役としての役割が加わる。

鈴木:現在はコロナ禍で会社としても厳しい状況です。いつ収束するかも予測できない不透明な中ですが、ピンチをチャンスに変え、元の成長性を取り戻すのが近い目標です。才能のある優秀な社員が多くいるので彼らの力を発揮するためにどうするかを考える。組織の力を最大化するのがあるべき姿だと思っています。こうした組織の強化に取り組んでいきます。コロナ禍によって社会的価値が大切であること、関心も高まりました。我々の次の道を示していると思っています。お客さまの新しいニーズに対応して、期待を超えていきます。