パルファン・クリスチャン・ディオール(PARFUMS CHRISTIAN DIOR)は、パリのオッシュ通り33番地にある本社の改装工事を7月に終え、このほどメディアに公開した。改装では香水や化粧品の創作、従業員教育、歴史的資料の保存という3つの機能を初めて一拠点に集約。リテールに特化した教育アカデミー、フランシス・クルジャン(Francis Kurkdjian)=「ディオール(DIOR)」パフューム クリエイション ディレクターが率いるフレグランススタジオ、約8000点の資料を収蔵するアーカイブ施設などを設けた。同施設はブランドの歴史的な本社からほど近く、1992〜2008年にはフレグランスとビューティ事業の拠点として使用され、その後はフランス法人が本社を構えていた。
パルファン・クリスチャン・ディオールと親会社LVMH モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン(LVMH MOET HENNESSY LOUIS VUITTON)のビューティ部門で会長兼最高経営責任者(CEO)を務めるヴェロニク・クルトワ(Veronique Courtois)は、「この場所は何よりも、創造と教育にささげられた殿堂だ。ここでアイデアが生まれ、日々卓越性が磨かれ、職人技が受け継がれていく」とコメントした。
創業者の美意識を映す空間
改装工事は2024年3月から26年7月まで行い、30職種にわたる1000人が携わった。設計事務所ウィルモット&アソシエ(WILMOTTE & ASSOCIES)が改装を統括し、内装は「ディオール」のチームと共同で手掛けた。スペイン人建築家リカルド・ボフィル(Ricardo Bofill)が1992年に設計したガラスのファサードも改修した。
内装には、ディオール グレーやベージュ、グレージュ、淡いピンクなど、メゾンを象徴する色彩を採用。カナージュ模様やラッキースターのモチーフを随所に取り入れ、大理石や無垢材、ガラス、金属などを使用した。創業者クリスチャン・ディオールが自然、とりわけ花を大切にしていたことから、約165平方メートルの緑地には、かつて暮らした邸宅の庭園に着想を得た植物を植えた。1階には、仏グランビルの生家「レ・ランブ(Les Rhumbs)」や「シャトー・ド・ラ・コル・ノワール(Château de La Colle Noire)」の庭園を想起させる水盤も設置した。
80年の歴史を伝えるギャラリー
新拠点では、従業員をブランドのアンバサダーとして育成するため、パルファン・クリスチャン・ディオールの全従業員とパートナー企業のスタッフを対象に、キャリアに応じた研修プログラムや認定制度を提供する。
中2階には、約80年にわたるクリエイションの歴史を100点以上の展示品で紹介する「ディオール ギャラリー・デ・メルヴェイユ(Dior Galerie des Merveilles)」を設けた。馬蹄形の回廊を持つ空間で、展示内容は随時更新する。現在は、クリスタルメーカーの「バカラ(BACCARAT)」と「サンルイ(SAINT-LOUIS)」が製作した「ミス ディオール(MISS DIOR)」のアンフォラ型ボトルや、リアーナ(Rihanna)が「ジャドール(J’ADORE)」のキャンペーンで着用したオートクチュールドレス、「ディオール」のドレスのミニチュアなどを展示する。フレグランスライン“レコルト マジュール”や“ラ コレクシオン プリヴェ”の限定品も並ぶ。
さらに、ピーター・フィリップス(Peter Philips)=「ディオール」クリエイティブ&イメージ ディレクター(メイクアップ)が手掛けたカラーコスメや、歴代のスキンケア製品と現行製品を紹介。ヴィクトワール・ドゥ・カステラーヌ(Victoire de Castellane)、ジャン=ミシェル・オトニエル(Jean-Michel Othoniel)、インディア・マダヴィ(India Mahdavi)らの芸術作品、ルネ・グリュオー(René Gruau)のイラストレーションも展示している。
クリスチャン・ディオールはかつて、「現在、私の名前と結びついているあらゆる活動は、すでにブティックの中に存在していた。ストッキング、手袋、そして香水。それらの名声は、メゾンそのものの名声と歩調を合わせて高まっていった」と語っている。
“ミス ディオール”の処方や希少な香水瓶も収蔵
地下階には、美術館の保存基準に合わせたアーカイブ施設「フォン・プレシュー(Fonds Precieux)」を設けた。香水とビューティに関するオリジナル資料など約8000点を収蔵し、メゾンが保有する全コレクションの約5%に相当する。
施設を管理するフレデリック・ブルドリエ(Frederic Bourdelier)=パルファン・クリスチャン・ディオール ヘリテージ&パトリモニー ディレクターは、香水瓶や試作品、商品の処方、広告資料などを紹介した。最も古い処方は1948年の“ミス ディオール”のもの。47年には、フランスの新聞「フィガロ」の関連刊行物「ラルバム・デュ・フィガロ(L’Album du Figaro)」に掲載された、メゾン初の香水の発売を告知する広告も保管する。
このほか、ルネ・グリュオーの原画やエルヴェ・ヴァン・デル・ストラーテン(Herve van der Straeten)のドローイング、銀塩写真1500点、歴代の広告の校正刷りなどを収蔵する。「“オー ソバージュ”“ジュール”“ファーレンハイト”“ミス ディオール”など、全てがそろっている。各フレグランスに関する非公開のアーカイブも全て保管している」とブルドリエ=ディレクターは語る。
約200点の香水瓶には、2001年発売の“ジャドール”初の限定版の試作品も含まれる。また、1950年ごろに製作された「バカラ」製クリスタルの“ミス ディオール”ボトルは、約6カ月前にフランス東部のオークションで発見され、落札された。顧客に香水を吹きかけるために使用されていたもので、それまでは創業者がブティックに立つ写真でのみ存在が確認されていた。
さらに、55年当時のブティックや、妹カトリーヌ・ディオール(Catherine Dior)がバラ畑に立つ写真、創業者の手紙、「シャトー・ド・ラ・コル・ノワール」の設計図、一族が所有した工場の資料なども保管する。カトリーヌの第2次世界大戦中の活動をたたえる勲章や、47年のデビューを記録した「ライフ(LIFE)」「ハーパーズ バザー(HARPER’S BAZAAR)」などの雑誌もある。小さな封筒には、13年4月に採取された幼少期のクリスチャン・ディオールの髪の毛も収められている。
歴史的資料を香水開発の着想源に
アーカイブ施設は、「ディオール」のデザイナーや展覧会のキュレーター、研究者、歴史家、フランシス・クルジャンらが利用できる。残りの資料は、パリ近郊の約307平方メートルの施設に保管している。
ブルドリエ=ディレクターは、「ここには、創造性やインスピレーションの観点から最も興味深い資料を選んで集めた。フランシスも、あらゆるフレグランスに関する手紙や契約書、書簡がそろっていることを喜んでいる」と説明する。資料には、調香師エドモン・ルドニツカ(Edmond Roudnitska)と妻テレーズ・ルドニツカ(Therese Roudnitska)が設立した香水創作会社アール・エ・パルファン(Art et Parfum)からの書簡も含まれる。
目指すのは、歴史的資料を保存するだけでなく、日常的な創作活動に生かすことだ。「これがあれば、問い合わせの99%に対応できる。創造のためにすぐに役立つ。これこそが全ての中心なのだ」とブルドリエ=ディレクターは語った。