PROFILE: (左)安田淳一/映画監督 兼 映像作家 (右)吉村栄義/アルテジェネシス 代表取締役社長COO

10年前の出会いが全ての起点
WWD:2人が知り合ったきっかけは?
吉村栄義社長(以下、吉村):ある奉仕団体の紹介で知り合いました。もう10年近く前ですね。当時、私は社長をしていたニューヨーク・ニューヨークで、いろいろな発信をしていきたいと考えており、「よかったらショートムービーを作ってみませんか」とお声掛けしたのが最初です。
安田淳一監督(以下、安田):「面白そうだから1回やらせてください」とお返事して、気が付いたら8本作っていました(笑)。1〜2年かけて撮らせてもらいましたね。大変だったけど楽しかったです。
WWD:当時の安田さんの状況は?
安田:イベント屋の仕事や飲食業も始めていました。もちろん映画・映像の仕事もしていたけれど、そういった仕事はなかなかあるわけではないですよね。それまでに、インディーズ映画「拳銃と目玉焼き」と「ごはん」を作っていましたが、なかなかペイ(興行収入で制作費をまかなうこと)できませんでした。「どうしたらペイするような作品になるかな」とぼんやり考えていた時期に、吉村さんから声を掛けてもらったんです。
美容師への憧れを育てたショートムービー
WWD:美容室オーナーが映画監督にショートムービーを依頼する、というのはユニーク。8本の中には54万回以上再生された作品もある。
吉村:うちの会社の宣伝ではなくて、見た人に「美容師になりたい」と思ってもらえる映像を作ることが目的でした。髪の毛を切ったおかげで何かが変わるなど、“美容師は人の生活を変えることができる”というところを打ち出してほしいという思いがありました。
安田:この仕事はすごくやりやすかったです。嘘をつかなくていいので。吉村さんの会社のグループが毎年1月にニューイヤーパーティーをされていて、そこで500人くらいの美容師さんが集まって、いろいろな部門で表彰されるんです。その表彰台に上る人たちが、すごく誇りを持って楽しそうで。気持ちよく、美容室という仕事の憧れや魅力を伝えるストーリーにできる、という思いが生まれました。
吉村:うちのスタイリストを、1作に1人ずつ美容師役で登場させているんです。素人を使わなければいけないので、こだわるとだんだん撮影が長引いてしまって。夜中の2時まで、なんてこともありましたよね。
安田:登場してくれた美容師さんは、スタープレイヤーみたいな人ばかりだったと思うんですけど、みんな人柄が良くて。「はい、頑張ります!」と言ってくれるから、私も調子に乗って「じゃあもっともっと」とやってしまって(笑)。本業が終わった後に撮影することが多かったのに、疲れとかは見せずに、献身的にやってくれました。
WWD:8本撮る中で、美容師という仕事への印象は変わった?
安田:変わりましたね。第4話で「美容師というのは、美を求めて旅する冒険者だ」というコンセプトで撮ったことがあって。映像を通して美しいもの・かっこいいものを追い求める私たちの仕事と、その人に一番合ったきれいな状態を探し続ける美容師さんとは、心持ちとしては多分一緒やろうなと思いながら撮っていましたね。
10年前に美容師の魅力を伝えることから始まった2人の映像制作は、現在にもつながっている。25年には、アルテジェネシスが展開するヘア&スキンケアブランド「エニック(ENNIC)」と星野リゾートによる共同企画でも、安田監督がショートムービーを制作。星のや竹富島を舞台に、“旅×美容”をテーマとした作品を発表した。(「エニック」と星野リゾートによる共同企画のショートムービーはこの記事の最後を参照)
「カメラを止めるな」から学んだこと
WWD:ショートムービー8本を終えてから数年後、安田監督は長編映画「侍タイムスリッパー」の制作に向かった。
安田:「侍タイムスリッパー」は、居酒屋で友だちにストーリーを話したら「おもしろいやん、協力するわ」となって、動き出した作品なんです。吉村さんにも話したら「絶対撮ったほうがええ」と言ってもらえて、背中を押してもらいました。
WWD:吉村さんはその話を聞いてスポンサーになる決断をした。
吉村:そうです。居酒屋でストーリーを聞いて、めちゃくちゃ面白いと思いました。話がうまいんですよ、安田監督は。熱く語るからね。でも正直、その映画がこんなことになるとは思っていなかったです。池袋の映画館で上映して終わる、そんなもんやと思っていました(笑)。
WWD:最初の上映は池袋から?
安田:そうです。池袋のシネマハウスで始まって。私も正直、そこで終わると思っていました(笑)。ただ、「カメ止め」みたいな現象(上映館が単舘から始まり、全国に広かる現象)は映画の歴史の中で1回しか起こらないと言われるけど、「1回起きたことはもう1回できるんちゃうかな」と思って。実際にやってみたら、ほんまにうまいこといってしまったという感じです。
WWD:どんな思いで撮り始めた?
安田:ほかの監督さんたちは、賞狙いや映画祭向けに作るという人も多いんですが、私はそういう意識は全くなくて。「制作費を回収したい」という思いが強かったです。1本目の「拳銃と目玉焼き」は赤字で、2本目はトントンでした。ですので「3本目でヒットさせたい」「回収しないとやばい」という気持ちでしたね。
WWD:映画「カメラを止めるな」を参考にしたと聞くが。
安田:「カメラを止めるな」は前半30何分を回しっぱなしにして、後半でその違和感を回収して笑いにつなげるという、脚本の発明に近い構造でした。でもそれをそのままやったらパクリになってしまう。だから単純に考えて、劇場の中でお客さんがゲラゲラ笑って、最後に感動して拍手するという現象を起こせれば……。オーソドックスな脚本の構造でも、クオリティーを上げて勝負できると思いました。
観客が250回通うほどの温もりの正体
WWD:公開後、「侍タイムスリッパー」は“終わった後に観客が拍手する”という異例の現象を生み出した。「侍タイムスリッパー」が観客の心を捉えた部分は?
安田:よく言われるのは「誰も悪い人が出てこない」ということです。これは偶然そうなったんですけど。僕たちが子ども時代に見ていた時代劇って、「寅さん」と共通するような、市井の人がお互いに助け合う姿をずっと描き続けていたんですよ。あの温かい世界観を映画にきちんと描きたかった。250回も映画館に見に来てくれた方もいて、聞いてみると「温かい世界と、登場人物に会いたいから何回も来るんです」とおっしゃっていて。
吉村:映画館に見に行ったとき、終わったらみんな自然に拍手するんですよ。日本の映画館ではまず見たことないですよね、そんなこと。
安田:山田洋次監督と初めてお会いしたときに、「安田監督の作品は不思議なんだな。終わったら、みんなが拍手をするんだよ」と。「あの拍手はウィーンフィルのクラシック音楽を聞いて感動して出てくる拍手じゃなくて、よくこの映画を頑張って最後まで作ったなという、労いの気持ちも入った拍手だと僕は思うんだな」と言ってくれはって。褒めてるんか、どっちやねんと思ったけれど(笑)、有り難かったです。
吉村:撮影現場を見に行ったとき、主演の山口馬木也さんが「コーヒーいりますか」って、スタッフ全員に気を配って回ってくれていて。すごくいい人たちがうまく集まってきて、みんなで完成させた感が、なんとなくスクリーンに映ってくるんですよね。だからこそ拍手も起こるんじゃないかな。
BS-TBSの時代劇と映画村の公開撮影復活
WWD:「侍タイムスリッパー」の成功を受け、安田監督はBS-TBSでの時代劇番組「心配無用ノ介 天下御免」*の制作に動き出す。その経緯は?
安田:「心配無用ノ介 天下御免」は、「侍タイムスリッパー」の劇中劇を外伝化した時代劇です。去年の1月に、うずまさ映画村の方々がいらして、「おもしろい企画ないですか」と相談してくれたんです。映画村は、昔は公開撮影を見せることが1番のコンテンツでした。けれど情報漏えいを防ぐためにシャットアウトしてしまったので、お客さんが単に空のセットを見に行くだけになっていた。だから昔みたいに公開撮影をやればいいんじゃないかと。それをBS-TBSさんに話したら、ぜひテレビ番組でやりたい、ということになりました。
WWD:撮影はどうだった?
安田:公開撮影は大成功でした。朝から晩まで何百人ものお客さんが一生懸命見ていて。美術のスタッフさんに対して「あの人や」って声が上がったりして(笑)。普通は撮影現場でキャーなんて言われないですからね。
こだわりを貫く二人のスタンスの共通点
WWD:安田さんの映画監督としての仕事と、吉村さんの美容室オーナーとしての仕事に共通点はある?
吉村:「こだわり過ぎ」と周りから言われるくらい、譲れないところを持っているのは共通していると思います。ビジュアル撮影のときも、私たちの店作りや人材教育のときも、ストイックにやり過ぎてしまうんです。普通の人にはちょっと受け入れられないくらいのこだわりを持ちながら、「でもそこは譲れない」と思っているところは、どちらにも共通しているなと思います。今、時代がどんどん変わってきて、美容師もサラリーマン化してきたりとか、美容師をやる目的自体が変わってきている部分もあります。でもうちは、やはり“技術者としての美容師”を貫き通す姿勢は、変えずにいきたいという気持ちがあります。
安田:おっしゃる通りだと思います。よく「アカデミー賞を取って生活変わった?」と聞かれますが、生活は全く変わっていないです。今年も幼稚園のビデオを撮りに行ったし、お米も普通に作っているし……。僕としては、どれが大事とかはなく、全部一緒なんです。好きなようにやらせてくれるのが一番で、そういったマイペースなこだわりは強いかもしれないです。
WWD:今後やりたいことは?
吉村:美容業界の中でリーダーシップカンパニーの自覚を持ってやっているので、正しいことを正しくやるということを続けていきたいですね。それと、美容師になりたいと思ってくれる人を発掘できるような企業でありたい。うちに来て、美容師の未来が見えなくて辞めていく、なんてことにならないような環境を作ることには、やはり責任があると思っています。
安田:僕は今まで映画でやっていなかったことをやりたいですね。「拳銃と目玉焼き」ではリアリティを保ったままヒーローを生み出すことを、「ごはん」では日本の農と食の美しさを、「侍タイムスリッパー」では観客がゲラゲラ笑って感動するような映画を目指してきました。そして次の目標は、山田洋次監督と一緒に「寅さん」をリブートしたいということ。あの市井の人の温かい世界を、もう一度スクリーンに蘇らせたいです。
吉村:それはぜひ見てみたい。ショートムービー8本から今日まで、本当にいろいろなことがあったけれど、あの頃に安田さんと一緒に動き始めてよかったと思っています。
安田:吉村さんに最初に仕事をもらったあの瞬間から、ずっと頭が上がらないままですよ(笑)。
「エニック」と星野リゾートによる共同企画のショートムービー