2027年春夏シーズンのパリは、ケリング(KERING)傘下のブランドに注目が集まっている。「サンローラン(SAINT LAURENT)」と「バレンシアガ(BALENCIAGA)」でクリエイティブのトップが退任するのでは?というウワサが飛び交っているからだ。
「バレンシアガ」のクリエイティブ・ディレクターを務めるピエールパオロ・ピッチョーリ(Pierpaolo Piccioli)については、7月に発表したオートクチュール・コレクションが賛否両論だったほか、デムナ(Demna)からの方向転換により既存顧客が離反したと言われており、申し分のないキャリアとクリエイションにも関わらず、在任わずか1年で退任のウワサが噴出している。その真偽は現段階(10月2日時点)では不明だが、27年春夏コレクションも珠玉の出来栄えだった。
クチュールが賛否両論でも
「文化としてのクチュール」に傾倒
確かにデムナによるストリート路線とは異なる。若い世代の中には、距離を置く人もいるだろう。だが創業デザイナーのクリストバル・バレンシアガ(Cristobal Balenciaga)に通じる素材選びと、体から絶妙な距離を取ることで結果独特になるシルエット、そして概念としてのクチュールの発展などの点においては、それらを破壊的かつ革新的に表現してきたデムナよりも、メゾン元来の姿を取り戻そうと意欲的だし進歩的だ。「レボリューション(革命)」ではなく「エボリューション(進化)」路線だから、バズが求められたり、刹那に消費され尽くしてしまったり時代には向いていないのだろうか?だとしたら、それはとても悲しいし、ラグジュアリー業界はブランドにとって一番大事な歴史を失ってしまいかねない。
賛否両論だったとはいえ、前職「ヴァレンティノ(VALENTINO)」でもクチュールを手掛けていたピエールパオロは、今回のプレタポルテでも「文化としてのクチュール」というアプローチを採用した。「文化としてのクチュール」とは、素材選びと、卓越したパターン&カッティング、そして元来「クチュール」が意味する縫製など、人の手によって服をアップデートするという行為を意味する。目指すのは、「毎日着られるクチュール」だ。
「日々の生活の土台となる」
ホワイトシャツでスタート
そこでハリのある生地を探し、ピエールパオロが探索し続ける「体と適切な距離を保ち、まるで空中に浮いているかのような服」を目指して、全ての日常着をアップデートした。ファーストルックは、ピエールパオロが「日々の生活に欠かせない、スタイルの土台となる」と話すホワイトシャツ。そこにコルセットから広がるペプラムのようなボディを加え、クチュール的エッセンスをデイウエアの中に組み込んだ。白いシャツの裾から1/3の部分に別の生地を重ねて密なステッチを施すことで、ウエストを絞り、緩やかに広がって波打つペプラムを作り出した。合わせたパンツは、シガレットパンツのようなホワイトデニム。創業デザイナーはあまり取り入れてこなかったバイアスカットにすることで、ジーンズに柔らかさをもたしつつ、アップデートを図る。
以降続くのは、透け感のある生地で作るフレアパンツ、生地をたっぷり使うからサイドが優雅に揺れるカーゴパンツ、存在感抜群の風よけがちょっとしたドラマを提供するブルゾンなど、優雅だが毎日使えそうでもあるデイウエア。スタンドカラーも襟やヨークにステッチを施すことで立ち上げ、顔周りに独特のボリュームをプラスする。一方で身頃では縫製を最小限にすることで生地の一部が身体から離れ、結果独特のボリュームを生み出すからなおさら浮遊しているように見える洋服のカジュアルスタイルは、「ハサミの魔術師」と呼ばれ、生前数々の名シルエットを生み出し、一方で装飾という観点においてはミニマルだった創業デザイナーの再来を感じさせる。
「魔術師」と言えば、独特の色出しと合わせもピエールパオロの真骨頂だ。マンゴーのようなオレンジ、ラピスラズリなブルー、そこにフューシャとペールピンク、シャツブルーなどを加えながら、ブラウンやベージュなどのベースカラーと巧みに組み合わせる。
デムナを起用した頃のような
リスク覚悟の大胆な人選のウワサも
これほど「バレンシアガ」らしく、(もちろん値段は高いが)毎日着られて、一方でファッションを次世代に繋ぐ意欲に溢れ、もちろん美しい洋服を生み出せるデザイナーが他にいるのだろうか?正直、私は思い浮かばない。現段階においては彼こそがベストの人選に思えて仕方ないのだが、本当にデザイナーは変わってしまうのだろうか?ウワサでは、デムナを起用した昔のように、予想外の人選でリスク覚悟の勝負に出ると言われている。もちろん、その意味や価値も分かっているつもりだ。でも、ピエールパオロによるクリエイションの美しさと存在意義を目の当たりにすると、今はまだ。彼に「バレンシアガ」をリードして欲しいと切に思ってしまう。