フォーカス

「エルメス」出身の日本人デザイナーによる新ブランド「アルルナータ」 伝統工芸を織り込む“特別な日常着”

 装いを通して日本の伝統工芸の新たな価値を発信するブランドが誕生した。デザイナーの寺西俊輔(40)が立ち上げた「アルルナータ(ARLNATA)」だ。彼は京都大学建築学科を卒業後、「ヨウジヤマモト(YOHJI YAMAMOTO)」で生産管理やパタンナーを経てミラノへと渡った。代々受け継ぐ高いテーラーリング技術を背景に構築的なラインを作り出してきた「キャロル クリスチャン ポエル(CAROL CHRISTIAN POELL)」でチーフパタンナーを務め、「アニオナ(AGNONA)」でステファノ・ピラーティ(Stefano Pirati)専属の3Dデザイナー(立体的な形でデザインを描き、パタンナーとデザイナーを兼任するような職種)として経験を積んだ後、「エルメス(HERMES)」から声がかかった。パリへと移り、ウィメンズのプレタポルテの3Dデザイナーとして働いた後、2018年末に帰国して「アルルナータ」を始動した。

ひと目で心奪われた伝統美

 世界でもトップクラスの高級メゾンで経験を積んだ彼が行き着いたのは、日本の着物の世界だった。きっかけは、パリで開催されるファッション素材見本市「プルミエール・ヴィジョン(PREMIERE VISION、以下PV)」で出合った、紬織物の牛首紬(うしくびつむぎ)だという。「ひと目見て、並外れた色彩の美しさにほれ込んだ。『PV』に多くの出展者がいる中で、牛首紬のブースは色のセンスが抜群で目を引いた」と寺西デザイナーは振り返る。牛首紬は12世紀ごろに石川県の白山市で誕生した絹織物で、2匹の蚕によって生まれる希少な玉繭から紡がれる。彼は反物に特別親しみがあったわけではないが、一目ぼれした牛首紬について詳しく調べ始め、実際に石川の白山工房を訪れた。オリジナルの反物を作る段階で色見本を送り、後日工房から送られてきたサンプルは、一般の人が見ればほとんど色の違いを認識できないほど絶妙な色合いの4種類だったという。「牛首紬を作る職人は、類を見ない繊細な色彩感覚を持つ人々だと、サンプルを見た時に確信した。海外で『日本人は色使いがへた』と言われるが、決してそんなことはない。長きにわたり反物を作ってきた職人には、膨大なアーカイブとともに色彩感覚が養われ続けているから」と寺西デザイナー。

「伝統技術を未来に伝えたい」

 筆者は7月末に催された「アルルナータ」の2回目となる受注会へと足を運んだ。展示されたコレクションは、60万円~のエクスクルーシブなラインと、5~30万円のプレタポルテのラインに分かれている。寺西デザイナーは牛首紬だけでなく、鹿児島県奄美大島の伝統工芸品で、精緻な柄に泥染された絣糸を手織りする大島紬、真綿から手で糸を紡ぎ出して独特の柔らかさを引き出す、国の重要無形文化財に指定されている茨城県の結城紬といった、日本三大紬と称される反物を職人とともにオリジナルで制作したという。牛首紬で仕立てたコートは、実際に着用すると驚くほど軽い。エクスクルーシブの製品は特に“職人との共同作品”という思いから、タグにブランド名と工芸品名や産地、シリアルナンバーが刻まれる。「けっして気軽に購入できる価格帯ではないが、職人の手間暇や貴重性を考慮すると適正である。まずは多くの人に触れてもらい、『牛首紬って何だろう?』『大島ってどこ?』など興味を持ってもらうことが、最初のステップだと考えている」。襟裏や袖口に異なる生地を使ってデザインに特徴をつけたり、アームホールが真っ直ぐに見えるように裁断したりすることで着物のような直線的なシルエットを描くロングベストなど、寺西デザイナーが培ってきたパターンやデザインの技術もディテールに生かされている。

 プレタポルテのラインにも上質な伝統工芸の技が光る。手絣染めした糸を使う、丹後で伝承される工芸品の手絣リボン織りや、貝殻を糸として布地に織り込む螺鈿織り、しぼ取り板で手もみ作業により作り出される近江ちぢみ麻など数百年間伝承されてきた技法が日常着の中に織り上げられている。筆者が訪れたとき会場は盛況で、オーダーをする人やその場で購入する人も見られた。「“特別な日常着”として主に30~50代をターゲットにしている。どれも大量生産できる品ではないが、伝統技術を未来へ伝承し、認知されるようにしていくためにも売り上げを伸ばしていきたい」と寺西デザイナー。「伝統技術を現代のライフスタイルに合わせることで新たな価値を発信し、作り手・職人・消費者など『アルルナータ』に関わる全ての人々とともにブランドを育てていく」。

ELIE INOUE:パリ在住ジャーナリスト。大学卒業後、ニューヨークに渡りファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。2016年からパリに拠点を移し、各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビュー、ファッションやライフスタイルの取材、執筆を手掛ける