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「町家を残したい」ワコールが京都の宿泊事業で地域貢献

 ワコール(WACOAL)が手掛ける初の宿泊施設「京の温所(おんどころ)」が4月28日、京都・岡崎にオープンしました。ワコールは世界23カ国で事業を展開する世界的な下着メーカーです。「下着のワコールがなぜ、宿泊事業を?」と思う方もいらっしゃるでしょう。ワコールの拠点は京都にあります。2016年には、京都駅・八条口の新社屋に「ワコールスタディホール京都(以下、スタディホール)」をオープンしました。“体の美、感性の美、社会の美”がテーマの同施設は、講師を招いて多角的に美を学ぶスクールと3000冊の書籍を閲覧できるライブラリー・コワーキングスペースから構成されています。ワコールは同施設を通じて、地元で文化的コンテンツを提供するとともにコミュニティー作りに貢献しています。それに続き、京町家の保全と京都の歴史・文化・伝統の浸透を目的に、町家事業がスタートしました。

「町家を残したい」京都が抱える課題をビジネスに

 16年度京都観光総合調査によると、京町家は約4万軒、うち空き家は5800軒です。過去7年間で消滅した町家は5600軒。所有者の高齢化に伴い老朽化や空き家が増加しているそうです。一方で、16年度の国内外の観光消費額は前年比12%増の約1兆862億円、宿泊客数は同4%増の約1400万人と過去最高を記録しています。そこで、“空き家”“京町家の消滅による景観問題”“上質な宿泊施設の不足”という課題の解決策としてスタートしたのが「京の温所」のプロジェクトです。

オーナーにとっては棚からぼた餅

 このプロジェクトは楠木章弘・ワコール町家営業部部長の提案でスタート。ワコールが賃貸借契約で町家を借り上げ、改装後に「京の温所」として運営し、10~15年後にはオーナーに返却し、後世につないでもらうというものです。楠木部長は、「改修費用は全てワコールが負担し、宿泊施設として運営後にオーナーに返却する。オーナーは住居にしてもいいし、借家にしてもいい」と話します。岡崎の物件の改装にかかった費用は約数千万円で、それに加えてオーナーへの家賃が毎月発生します。その上無料でオーナーに返却とは、オーナーにとってはまさに“棚からぼた餅”。このようなシステムでワコールに利益が出るのかと同部長に聞くと、「宿泊施設として稼働しはじめれば、十分機能するはずだ」と言います。

 岡崎の物件では、プレス向けだけでなく、近所の住民を招いた説明会を開催するなどコミュニティーに溶け込むよういろいろと工夫をしているそうです。現在、町家営業部は5人で、荷物の運搬なども最初は彼らスタッフが交互に行います。楠木部長は「IoTで空調や庭のスプリンクラーを起動したりできるので合理的になっている」とコメント。

雪見障子越しに中庭が見える岡崎の物件

 岡崎は平安神宮や南禅寺などにも徒歩圏内という便利な場所ですが、「京の温所」は大通りから道1本入ったところなので、とても静かです。この物件は築92年の10年以上空き家だったもので、老朽化が激しかったそうです。それを、建築家の滝本耕二さんが歴史的建造物の価値を残しながらモダンに快適にリノベーションしました。京都の町家は“ウナギの寝床”と呼ばれる長細い構造で、夏は暑く、冬は寒いという難点がありますが、岡崎の物件では空調はもちろんのこと、オーブンやIHを備えたキッチン、ドラム式洗濯機などを完備。ストウブ(STAUB)をはじめ、調理器具も充実しており、快適に長期滞在できるようになっています。高野槇をふんだんに使用したすがすがしい木の香りがするお風呂も魅力です。

 キッチンやダイニングは「マルニ(MARUNI)」の家具が置かれ、奥の和室には雪見障子越しに中庭を見ながらくつろげる掘りごたつが配置されています。2階は寝室と和室で、以前の町家の梁をそのまま残した造りになっています。上質なマットレスや寝具を用意した寝室には、ちょっとした読書スペースもあります。スパイラル(SPIRAL)が監修した、センスの良い日用品やアートピースが空間を彩ります。

花を生けたり料理をしたり、もう一つの日常を体験

 「京の温所」のコンセプトは、“滞在する人たちが、それぞれの息に合わせて形づくる、新しいもう一つの日常”で、京都の文化に触れ、それを日常に取り入れてみようというものです。人の少ない朝に近所を散歩したり、一輪挿しに自分で花を飾ったり、キッチンで料理をしたりと、体験や発見を促すような施設になっています。

 7月末には二条城エリアに、11~12月には西陣エリアに「京の温所」がオープンする予定で、建築家の中村好文さんがリニューアルを手掛けます。楠木部長は、「京都の四季折々の魅力を楽しんでもらえれば」とコメント。

 「京の温所」の予約は、ワコールのホームページをはじめ、旅行関係のウェブサイトでできます。岡崎のオープンと同時に、ワコール新京都ビル1階にフロントを設置し、荷物の預かりサービスや、個別の要望に応じた情報やサービスの提供を行うそうです。

 京都を拠点とするワコールの郷土愛を感じる「京の温所」。宿泊事業を通じて町家の保存、そしてコミュニティーの活性化が実現できることを期待したいものです。