ファッション

南伊豆に移住したデザイナー夫婦による「ファイブノット」 “生き方”で魅了するブランド運営

PROFILE: 鬼澤瑛菜(右)、西野岳人/「ファイブノット」デザイナー

鬼澤瑛菜(右)、西野岳人/「ファイブノット」デザイナー
PROFILE: (きざわ・えな=右)文化服装学院を卒業後、バロックジャパンリミテッド、オンワード樫山などで商品企画を経験。その後独立してフリーランスデザイナーとなり、外部企業のデザイン業務などを手掛ける。2013年秋冬に、パートナーの西野と共に「ファイブノット」をスタート (にしの・たけと)イギリス留学後、文化服装学院に入学。卒業後にオンワード樫山でキャリアをスタート。「ドーリーガール・バイ・アナスイ」でヘッドデザイナーを経験。独立後、パートナーの鬼澤とブランドをスタート PHOTO:HANAMI ISOGIMI

今春、青森の八甲田山でスキーをしていたら、同じバックカントリーツアーに「私たち、ファッションデザイナーなんです」と話すスノーボーダーのご夫婦がいました。聞けば、ウィメンズブランド「ファイブノット(5-KNOT)」を手掛けているそう。東京のファッションシーンを熱心に追いかけている方なら、「何度かランウエイショーもしているブランドだ!」とピンとくるはず。実は私も何度かショーを見ていますが、しっかり話すのはこのときが初めて。こんなふうに旅先で会うなんて縁を感じます。その後もインスタグラムをチェックしていたら、今秋ブランド設立10周年のイベントを行うとのこと。いい機会なので訪ねてみると、南伊豆に住んで旅を楽しみつつ服を作っているという2人のライフスタイルを凝縮した場になっていました。「すごく今っぽいブランドのあり方だな」と感じたのでご紹介します。

本題に入る前にまずはブランドのあらましから。「ファイブノット」は鬼澤瑛菜さん、西野岳人さん夫婦が、オンワード樫山の商品企画担当などを経て13年に立ち上げたウィメンズブランド。15年にTOKYO新人デザイナーファッション大賞プロ部門でグランプリを獲得し、17-18年秋冬に「アマゾン ファッション ウィーク東京」でショーデビュー、翌18年春夏シーズンのファッション・ウイークでは、期待の若手ブランドに贈られる「DHLデザイナーアワード」も受賞しています。ブランドを立ち上げる前から他社のデザイン業務も請け負っており、それは今も継続しているといいます。

17-18年秋冬以降、「ファイブノット」は半年に1回ショーを行ってきました。「WWDJAPAN.com」にも各シーズンのショー画像をアップしているのでご覧ください。ただし、コロナもあって20年以降はショーを実施していません。ブランドのビジネス手法もコロナのタイミングで見直し、セレクトショップへの卸ビジネスから、自社ECと地方個店などでのポップアップで販売していく直販手法に切り替えたそうです。コロナで商売が強制的にストップしたことで、あの時期は多くのブランドがビジネスのあり方を再考しました。余剰在庫を極力減らし、働き方としても過度な無理をしないサステナブルなあり方を「ファイブノット」として追求した答えが、卸から直販への転換だったんだと思います。

湘南、西湘暮らしをへて南伊豆へ

さて、ここからが今記事の本題です。鬼澤さんと西野さんが南伊豆に移住したのは22年のこと。それ以前は3年半ほど神奈川の西湘エリアに、さらにその前は11年ほど湘南の辻堂に住んでおり、サーフィンを楽しむライフスタイルを送っていました。「西湘もかなり気に入っていた」そうですが、自然がさらに多く、サーフスポットとしても魅力的な南伊豆の環境に心をつかまれて移住を決めたといいます。

元々西湘に住んでいたとはいえ、伊豆となるとなかなか敷居が高いなというのが話を聞いたときの私の率直な感想。下田駅から東京都心までは電車で2時間半〜3時間ほどかかり、旅行でも日帰りは遠いなと感じます。仕事をする上で不便はないのかと聞くと、「素材メーカーや外部企業とのデザインの打ち合わせなど、東京での仕事はギュッと凝縮しているので、逆に生活にメリハリが効く」という答え。また、下田駅は伊豆急行の終点であり、「電車は必ず座れるから、移動中に仕事もできる。それほど大変ではない」と二人。コロナで世の中がリモートワークに慣れたことで、二人のような働き方はかつてより認知を得るようになりましたね。

南伊豆では畑を借りて農業にも挑戦中だといいます。取材時はイベントのために二人ともしばらく東京に滞在していたので、「野菜がちゃんと育っているかが心配」と子育てのように話していたのが印象的でした。また、もともと“旅とヴィンテージ”をコンセプトにブランドを立ち上げたこともあって、旅も二人にとっては重要なピース。コロナ禍以前は世界各地を旅して、それをインスピレーション源に服作りをしていましたが、コロナが落ち着いてきたことで旅も徐々に再開。八甲田で会ったときも、まさにそうした旅の途中だったそう。レトロなフォルクスワーゲンのバンで、伊豆から青森まで北上してきたと聞いて驚きました。まるでロードムービー、こうした“バンライフ”的暮らしも、コロナでぐっと注目を集めるようになりましたね。

そんな二人が今秋開催したブランド10周年の記念イベントは、東京・三宿の住宅街にある、うっそうと木が茂った中のガラス張りの建物が舞台でした。1階では、これまで旅先で買い集めてきたというガラスの花瓶や陶器類、ビンテージのシルバージュエリーなどを展示販売。モロッコやイギリスなど、それらを買ったという旅先の話を聞いたり、西野さんが撮ったという旅先の写真の展示を見ると、私の頭の中にも旅のイメージが流れこんでくるような気持ちになります。2階は「ファイブノット」の服コーナーになっていて、目立っていたのは真っ白なシーチング生地のワンピースやブラウス類。これらはシーズンを超えて提案しているブランドの定番的なアイテムだといい、好みの型をアーカイブのオリジナルプリント地でオーダーできるという特別企画(ワンピース5万5000円、ブラウス4万1800円)でした。全てフリーサイズですが、丈などはオーダーする人に合わせて微調整可能。「(新しい商品を次々打ち出すよりも)うちらしい商品として育ててきたアイテムを大切にしたい」という考えで行っていた企画です。

「服だけでない表現を見てほしい」

オーダーアイテムの奥のラックに陳列していたのは、古着をリメークした1点物です。「ファイブノット」がポップアップイベントなども行っている香川の古着店「青い羊」と組み、古着のビクトリアンシャツやカフタンドレスに、ザクロなど草花のモチーフを大胆に刺しゅうしていました(各4万5000円前後)。ザクロの刺しゅうはショーデビューした17-18年秋冬に取り入れていたディテール。ほかの刺しゅう柄も同様に、過去シーズンを踏襲しているものだそう。

アーカイブ生地でのオーダー企画も、昔の柄を取り入れた刺しゅうリメークも、どちらもブランド10周年を振り返るのにふさわしい“ベスト版アルバム”のような提案。もちろん、適度に新しい要素も入れていかないとブランドとしてはいつか飽きられてしまいますが、最新トレンドを追いかけることよりも無理なく着続けられる服が求められる昨今は、こういった「定番を程よくパーソナライズする」くらいの感覚が、安心感があって世の中のニーズと合致しやすいのかも。

会場入り口では、南伊豆で自分たちで漬けたというおしゃれな果実酒も多数ラインアップし、来場者にふるまっていました。聞けば、果実酒や地元産品を使ったフードのケータリングも事業化すべく、飲食事業の会社もファッションとは別で興したそう。私は聴き逃してしまいましたが、「ファイブノット」が衣装制作を担当したことのある歌手の小柳ゆきさんによるライブもイベントの中で行われました。「ブランド設立10周年で何かイベントをやると考えたときに、再びランウエイショーを行うという選択肢もあった。でも、自分たちの今のライフスタイルから生まれてくる服だけではないさまざまなものを表現しようと思ったら、ショーよりもこうした形がしっくりくると思った」と二人は話します。

会場では、湘南時代のつながりのサーファーの女性や、鬼澤さんのSNSを見てやって来たというブランドファンの方たちを見かけました。二人の自由なライフスタイルに共感する仲間や、そこに憧れる層によってコミュニティーが少しずつ育っている印象です。「他にはないクリエーションで勝負」「私のデザインした服を見ろ!」というタイプのモノ作りではなく、生き方そのもので共感者やファンを作っていくというブランドのあり方はすごく今の時代っぽい。「ファイブノット」がここからどんなふうにコミュニティーを広げていくのか、楽しみです。

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