ファッション
連載 ランジェリー業界のゲームチェンジャー

ランジェリー業界のゲームチェンジャー vol.6 外務省勤務から下着デザイナーへ転身した「ナオランジェリー」の栗原菜緒

 下着業界はファッション業界に比べるとメディア露出が少なく、またサイズの展開が多いため、在庫管理が複雑、生産工程で使用する資材が多い、生産ロットが大きいなどの理由から新規参入が難しいといわれてきた。大手の下着メーカーやアパレルメーカーによる市場の寡占によってなかなか新陳代謝が進まない印象だったが、ここ数年でD2Cブランドが増加している。また、異業職種からのデザイナー転身やSNSを通じたコミュニティーの活性化など、下着業界では30代の女性を中心に新たなムーブメントが起こっている。下着業界に新風を吹き込むゲームチェンジャーらにインタビューし、業界の今、そして今後の行方を探る。

 第6回に登場するのは、栗原菜緒「ナオランジェリー(NAO LINGERIE)デザイナー。外務省勤務からランジェリーデザイナーを目指し、物作りの経験がほぼゼロからブランドを立ち上げたという異色の経歴の持ち主だ。個人デザイナーのブランドとしては珍しく日本橋高島屋にコーナーが常設されるなど、その経歴や活躍は人気テレビ番組の『ガイアの夜明け』や『セブンルール』などでも取り上げられ話題になった。下着を作って売るだけでなく社会活動にも熱心に取り組み、下着を通じて“女性の尊厳と自尊心を守る”というブランドコンセプトを実践している。

――服飾専門学校や美大卒のデザイナーが多い中、異色の経歴だが?

栗原菜緒「ナオランジェリー」デザイナー(以下、栗原):高校生のときから外交官を目指していたので大学在学中に外務省でアルバイトを始めて、卒業後もアルバイトをしばらく続けました。『日本の素晴らしさを世界に広めたい』という夢があったのですが、実際に勤務すると、官僚の仕事と私の夢の実現は異なることが分かりました。それに気付いたときには、大学の同級生らは有名企業に勤めて活躍していて焦りました。『私も好きなことを仕事にしたい、好きな仕事で夢を実現しよう』と思い、ランジェリーデザイナーとしてブランドを立ち上げようと決心しました。その後、補整下着専門店に勤めたのが下着に関わる初めての仕事で、1セット十数万円の補正下着を販売する中で、自分の理想のランジェリー像が具体的にイメージできるようになりました。コンサルティング会社に就職してからは多くの新規事業に携わり、ブランディングやマーケティングを約2年間経験したことが起業にも役立ち、28歳でランジェリーデザインを学ぶためにミラノに留学し、帰国後29歳で会社を設立して「ナオランジェリー」をスタートさせました。

――ランジェリーに興味を持った理由は?

栗原:中学生の頃からランジェリーが好きで、洋服よりも下着姿の自分の方が好きだし、きれいだと思ったんです。私の中学時代はヤマンバギャル全盛期。私も流行にのりたかったけれど、学校も家庭も厳しくてかないませんでした。肌を焼いてガングロには近づいたけれど、その中途半端な感じがすごく嫌で……。ただ、時代の流れや他人の視線に左右されるファッションの流行にはのれないけれど、限られたお小遣いの中で買ったお気に入りのランジェリーを身に着けると、人の目に触れなくても自分が表現できると感じました。また、家長(男性)を大切に扱う旧家に生まれ、女性である私は軽んじられていると思いながら育ったことも理由の一つです。そのような環境下でもきれいな下着を身に着けると自分が大切な存在で、自分が存在する意味があると感じられました。そんな経験から、ブランドコンセプトを“女性の尊厳、自尊心を守る”としました。

――ランジェリーブランドを設立するにあたっての一番の苦労は?

栗原:工場探しと資金の調達です。工場は十数社連絡をとって、会ってもらえたのは4社。下着業界には何のつてもありませんでしたから、ネットで検索と連絡の繰り返しでした。ワイヤー入りのブラジャー1枚の縫製工賃は5000円、ロットも1型400枚からと言われ途方に暮れる中、工賃も抑えて100枚から縫ってくださる工場が見つかりスタートできました。その工場は、ちょうどお父さまから息子さんへ代替わりするときで、「若い人を応援しよう、工場も変わっていこう」という思いがあり、オーダーを受けてくださいました。資金は貯金と銀行からの融資、あとは銀座のクラブで週5日働いてためました。ただ、そのお金も1年でなくなりましたから、銀座のクラブでのアルバイトはブランド設立後にまた復活。一時は伊勢丹新宿本店のポップアップストアで一日接客した後、夜は銀座のクラブで接客をすることもありました(笑)。投資してもらうという選択もあったと思いますが、私は自分のブランドをコントロールされるのが嫌でそれを選びませんでした。

児童養護施設にファーストブラを
寄付するなど、自らの体を
大切にする啓蒙活動も

――デビューコレクションは何型?

栗原:全てワイヤー入りのブラで6型、そのうち1型は2色展開で、700枚の在庫を抱えてスタートしました。コーディネートショーツはタンガ(Tバック)だけ。自分がタンガしかはかないから、それでいいかと思ったんです。今振り返るともちろん無謀だったと思いますし、何も知らなかったからできたとつくづく思います。こんなに大変だとは思いませんでしたが、もう後戻りできない状況でした(笑)。現在、経営は“安定”とまでは言えませんが、ブランドデビューしてから6年たって売り上げは年々順調に伸び、毎シーズン新型と新色を継続的に発表できるようになりました。

――ランジェリーデザイナーとして一番の喜びは?

栗原:“女性の尊厳を守る”というブランドのコンセプトがお客さまに伝わっていると感じることです。デザイナーである私自身が銀座本店や百貨店、地方のホテルでの出張販売などで直接接客することもあり、お客さまとの関係が近くて濃いんですね。「ナオランジェリー」を着けて「初めて自分の体が愛おしく感じられた」「女性としてステップアップできた」「パートナーとの関係が改善された」とお手紙をいただくこともあります。ランジェリーを通して、これからもお客さまの人生に寄り添っていければうれしいです。

――今後の夢は?

栗原:今年から来年にかけて海外進出に挑戦する予定で、海外の展示会出展も計画しています。また、社会活動もさらに積極的にやっていきます。現在、児童養護施設のファーストブラを着用する年齢の女の子たちに弊社のノンワイヤーコットンブラを寄付しています。それくらいの年齢の女の子にとって、自分の体を大切に思うこと、生まれ持った体を好きになることは、その後の人生にとても重要です。今後は商品を寄付するだけでなく、そんな話もできるようになりたいと思っています。

――下着業界に期待することは?

栗原:大きいメーカーも小さなブランドも、それぞれオリジナリティーを持ち、互いを尊重し合い、切磋琢磨できる業界になればいいと思います。ランジェリーは心と密接に関係するので、女性に自信を与え、活躍を後押しできる存在。下着業界全体で女性のエンパワーメントを底上げできればうれしいです。

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