ファッション

ゆっくり織って、じっくり売る 遠州の老舗機屋が生み出す“究極のシャツ”

「遠州織物」の産地として知られる静岡県掛川市のカネタ織物は、創業70年余りを数える老舗の機屋(はたや)だ。昔ながらのシャトル織機を用い、他社にはまねできない超高密度の綿織物を生み出す同社は、国内の有力デザイナーズブランドを顧客に抱える。同社が手掛けるファクトリーブランド「カネタ(QANETA)」が、今年も東京・渋谷スクランブルスクエア9階で販売会を開催した。

同所でポップアップを開くのは2024年から数えて3回目。会期中は、カネタ織物4代目の太田充俊さんが掛川から上京して店頭に立ち、来店客へ自社製の生地の特長と、それを使って仕立てたシャツの魅力を丁寧に伝えた。

「2週間、今回も滞在したのですが、やっぱり東京はホテル代が高いですね」。太田さんはそう苦笑いしながらも、「ありがたいことに、初年度から予想を大きく上回る反響をいただいています」と安堵の表情を見せる。

「ネジを半回し」で合わせる職人技 旧式シャトル織機でしか織れない理由

カネタ織物は1955年、コーデュロイの生産工場として創業し、64年に会社を設立した。静岡県西部(遠州地域)は、浜松を中心とする綿織物の一大産地だ。同社では現在も、綿を中心に300品番以上の天然繊維生地を取り扱う。

工場に並ぶのは、現在は製造されていない旧式のシャトル織機。静岡県内最多となる22台を、職人が手入れを重ねながら動かし続けている。自慢は、圧倒的な打ち込み本数を誇る超高密度の綿織物だ。2000年に産地組合の生地展へ参加したことを機にアパレル企業への直接販売を始め、今や国内トップクラスのブランドに採用されるまでになった。

「うちの生地はよそでは織れない」――太田さんがそう断言する理由の一つに、シャトル織機の構造がある。シャトル(杼)が左右を行き来して緯(よこ)糸を通す旧式織機は、スピードこそ最新鋭機に劣るものの、経(たて)糸にかかる張力が少ないため、繊細な糸に余計な負荷をかけずに織ることができる。

そしてもう一つの要が、緻密な調整ノウハウだ。シャトル織機は無数のパーツがネジ留めされており、細やかな微調整が利く。しかし調整を誤れば生地は裂け、糸切れを起こして機械は止まる。「平易な織物なら大まかな設定でも織れてしまいますが、シビアな生地になればなるほど、ネジを半回しするレベルや、針の穴に糸を通すような極限の調整が求められます。1カ所いじれば全体のバランスを取り直さなければならず、ギリギリ織れるか織れないかの見極めが本当に難しい」と太田さん。「エアジェットやレピアなど高性能な最新織機はたくさんありますが、それらの機械では絶対に織れない生地を作る。技術的にも設備的にも、量産型の国内工場や海外工場ではまずまねできないものづくりを心がけています」。

鍵を握るのは糸の「密度」

そんな同社が立ち上げた「カネタ」は、低価格路線に寄りやすい従来のファクトリーブランドとは一線を画し、徹底して「最高峰」を突き詰める。ブランド名の頭文字「q」には「究極」の意味を込めたという。立ち上げ以来、卸売りはほとんどせず、ポップアップを中心に太田さん自身が店頭に立って直接届けてきた。

シャツの価格は1着3万円台から、上は10万円を超えるものまで並ぶ。ブランド立ち上げ時からの定番は、80番手の極細糸を超高密度に織り上げた、紙のようにハリのあるブロード生地の一着だ。「タイプライター」は、超長綿のスーピマを80番手の単糸に引き、1インチ当たり350本という高密度で平織りにした生地を使う。生成りは織り上げた後に糊を抜くだけの、ほぼ無加工の仕上げ。晒(さら)しで抜けるはずの綿の油分が残るため、和紙のような張りと滑らかさを備えている。白は晒したうえで柔らかく仕上げ、より滑らかな肌触りだ。価格はそれぞれ3万1800円。奄美の泥と車輪梅(テーチ木)を使い、職人が1着ずつ手作業で施した泥染め(5万8500円)や、職人による天然灰汁発酵建ての藍染め(6万8400円)もそろえる。

他にも糸の番手違いでシャツを用意し、それぞれ肌触りや落ち感、揺れ感に異なる特徴を持たせた。玄人のシャツラバーこそ楽しめる“違い”がある。160番手は、インドの超長綿スビンを使った単糸の生地で、タッチは非常に柔らかながら、引き裂きや破れへの強さはしっかりと担保している。120番手(3万9600円)は、80番手と160番手の長所を併せ持つバランスの良さが魅力だ。

織りの難易度を左右するのは、こういった糸の番手(細さ)以上に「密度」だという。「120番手ぐらいからは、一般的な機屋では織るのも難しいくらいの細さだと思います。僕らなら織るだけなら問題ないですが、それを『超高密度』で織るとなると話は別です。糸にどんどん負担がかかるため、ここまでの密度にするのには相当難儀しました」。

カシミヤを超える「300番手」の綿

そして「カネタ」の技術力を結集した頂点の一着が、300番手双糸の生地を用いたシャツ「THE 300」(12万2100円)だ。「原価に一切の糸目をつけず、世界最高のシャツ地をつくる」ために原料に選んだのは、エジプト綿の最高峰「GIZA45」。極限まで細い本物の300番手紡績糸を2本撚り合わせた双糸仕立てである。

糸の価格も桁外れだ。「世界で最も流通している20番手のカード糸なら、段ボール1箱で1万5000円ほどですが、この300番手は1箱で150万円。実に100倍です。1kg当たりにすると約6万円。2年ほど前の相場ですが、高級着物用のシルクが約1万5000円、子ヤギの産毛を集めた最高級ベビーカシミヤでも約4万5000円だったので、カシミヤよりも高価な綿糸ということになります」。本来なら端正なドレスシャツに用いられるべき生地だが、あえてリラックス感のあるワイドシルエットに仕立てた。12万円超という高価格ながら、これまでに3着が売れたという。

「遠州織物」の名を後世に残すため

名刺には、役員としての肩書ではなく、「生地研究員」と記す太田さん。その探求心と情熱は尽きることなく、今回の販売会の直前には綿以外の新たな試みとして125番手のリネン生地も完成させた。

一方で、本業である機屋の稼働を圧迫しないよう、EC販売は基本的に行わない。現在は東京での販売会に加え、山梨の「ハタオリマチフェスティバル」や地元・浜松の百貨店など、太田さん自身が店頭に立てる場に絞って展開している。「作ったら、売る」を基本的な考え方として、在庫がない分は受注生産で届けるため、完成までに約1年待ちとなることもある。

イギリスやイタリアの名門生地メーカーのような存在に

数多くのブランドから生地を受注し、それを請け負うだけでも目が回るほどに忙しい。なぜあえて、手間も時間もかかる自社ブランドを続けるのか。太田さんは「カネタ」を決して目先の利益を追うための事業とは捉えていない。「一番の目的は、産地を知ってもらうこと。カネタ織物、そして遠州織物を後世に残していきたい。いま産地が直面している最大の危機は、後継者不足と高齢化です」。

地元・掛川周辺の住民でさえ、産地の高い技術を知らないことが多いという。「ご近所の方に『生地を作っています』と言ってもなかなかすごさが伝わりませんが、『こういう服を作っているんですよ』と製品を見せると、何となく伝わる。実際に袖を通してもらって、『こんないい仕事をしているなら、ちょっとやってみたい』と思う方が増えてきてほしい。そしてイギリスやイタリアの名門生地メーカーのように、『カネタの生地』と聞いて誰もが納得し、憧れるような存在を目指したいと思っています」。

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