霞がかるほどにそびえ立つ摩天楼。歴史ある金融機関のオフィス街。洗練されたカフェや雑貨店。
「ニューヨーク」と聞いて多くの人が思い浮かべるそんなイメージは、心臓部「マンハッタン」の景色だ。近年は、そこから少し東にある「ブルックリン」もおしゃれなエリアとして認知が広がっているから、耳馴染みがある人も多いはずだ。
では、マンハッタンの北に位置する「ブロンクス」はどうだろうか。
地図上ではニューヨークの中心部にありながら、これまでファッションの文脈ではあまり光が当たってこなかった街。ニューヨーク・ファッション・ウイークの公式ショーは、そのほとんどがマンハッタン(まれにブルックリン)で行われるから、ファッション・エディターや業界関係者たちにとっては未踏の地。現地のニューヨーカーですら、ブロンクスには行ったことがないという人は珍しくない。
それもそのはず、ブロンクスは歴史的に移民が多く、治安が悪いとされる地域だからだ。中でも南部の「サウスブロンクス」はギャングの抗争や薬物売買が絶えない“危険地帯”として語られてきた。ヒップホップの発祥の地であることからカルチャー文脈では存在感があるものの、根強いネガティブなイメージはいまだに拭いきれていない(事実として、ウワサ通りな面もあるようだ)。
しかし近年、マンハッタンの地価高騰を背景に、サウスブロンクスにも都市開発の波がじわじわと押し寄せている。マンハッタン的なシティーカルチャーと、土着のブロンクスカルチャーが徐々に混ざり合い始め、その境界ではユニークなセレクトショップやクラブ、飲食店などが次々オープン。新たなカルチャーが生まれる兆しがある。
今回のファッション・ウイーク取材ではショーの合間を縫い、変わりゆくサウスブロンクスで「キケン」と隣り合わせのストリート・スナップを敢行した。
マンハッタンから地下鉄に揺られておよそ1時間。改札を抜けると、「本当にニューヨークか?」と目を疑うほどの別世界が広がっていた。
ホームレスが物乞いをしていたり、道端で時間が止まったように動かない人がいたり。おそらく、薬物の過剰摂取による中毒症状だろう。大通りは露天商がずらりと並び、ハイブランドの模倣品が堂々と、山積みで売られている。
日本にいると想像がつかないが、米国の所得格差は相当なものだ。ニューヨークは、そのコントラストがさらに鮮明に浮かび上がる街。平均年収が1000万円をゆうに超えるとされるマンハッタンの煌びやかな世界も、実のところニューヨークの“ほんの一部”にすぎない。
今回の、サウスブロンクスでの撮影にあたりコーディネーターとなってくれたのは、現地で生まれ育ったエドさん。今はニューヨークのマスメディアに勤める彼も、かつては荒くれた少年時代を過ごしていたという。「小学校の頃なんて、毎日のように派手にケンカしていたよ。先生にも歯向かって、手を出したりしたね。今は更生したけど」と笑う。
「今もここら辺は、道を一本間違えるとスティッキー(やっかい)な場所が多い。麻薬を売りつけられるかもしれないし、銃声が聞こえて、命の危険を感じることだってあるかもよ」。車の中でも、じわりと汗ばむ緊張感がある。「だから、君たち(記者とカメラマン)だけで歩くのは、間違いなくおすすめできないね」。
マンハッタンから押し寄せる資本の力によって、ブロンクスの街並みと空気が変わり始めていることを肌で感じているエドさん。「でもサウスブロンクスはマンハッタンじゃないんだ。僕らはここで生まれ、暮らしていることにちゃんと誇りを持っている。それは、街にいる人たちスタイルを見てもらえれば、分かってもらえると思う」。