ファッション

日本初のファッションローガイドブックが誕生 業界人の“転ばぬ先の杖”作りに込めた思いとは

 経済産業省は3月、日本初のファッションローガイドブックを公開した。“ファッションロー”とは、ファッション産業や業界にかかわる法律問題を取り扱う法分野を指す。特定の法律ではなくファッション業界で発生するあらゆる法的課題を網羅し、知的財産や労働問題といった昔からあるテーマから、サステナビリティや文化の盗用といった近年浮上してきた新たな論点まで幅広く含まれる。
 
 法律が絡む話は難解で敬遠されがちなトピックだが、ビジネス上、誰しもが避けては通れない道だ。業界関係者にとって特に重要な論点を抽出し、“転ばぬ先の杖”になるようにと作成されたのがこのガイドブックだ。このガイドブックに込めた思いを、本ガイドブックの作成を担当した「ファッション未来研究会 ~ファッションローWG(ワーキング・グループ)~」の座長である軍地彩弓 編集者兼ファッション・クリエイティブ・ディレクター、副座長の海老澤美幸弁護士、経済産業省商務・サービスグループファッション政策室の小林春華氏に聞いた。

法律は「クリエイティビティーを
阻害するもの」ではなく
「攻めるためのツール」

WWD:2022年5月に公表された経済産業省「ファッションの未来に関する報告書」の中で、ファッションローの重要性に言及したことをきっかけに本ガイドブックの策定が行われた。経産省として、なぜファッションローに焦点を当てようと思ったのか。

小林春華 経済産業省商務・サービスグループファッション政策室(以下、小林):昨今、グローバル化やデジタル技術の発展などによってファッションを取り巻く環境が劇的に変化し、消費の仕方も多様化しています。それに伴い、ファッションの作り手も留意すべき点が複雑化し、関係する法律の数も増え、その影響も大きくなっています。こうした背景から、個別の法律を解説するのではなく、“ファッション産業”という横軸でとらえたガイドブックを作成したいと考えました。

軍地彩弓 編集者兼ファッション・クリエイティブ・ディレクター(以下、軍地):編集者としてさまざまなデザイナーと話をする中で、「ブランド名を海外で商標登録しようと思ったら、別の誰かがすでに登録していてできなかった」という話をよく聞きます。日本のファッション産業の勝ち筋を考えるとグローバル化は避けられない時代になっているのに、出鼻をくじかれていることが多い。若いデザイナーが法律や制度を知らないがゆえにチャンスを失ってしまうといった事態を防ぐためにも、彼らの“転ばぬ先の杖”として活用してもらえるようなものが必要だと感じていました。

海老澤美幸 三村小松山縣法律事務所弁護士兼ファッションエディター(以下、海老澤):「弁護士に相談する」というアクションは、業界人にとって非常に高いハードルのようです。これをすぐに解消することはできなくても、何らかの道しるべがあれば、自分の置かれている現状を正しく理解したり、やるべきことのヒントがつかめたりするのではないでしょうか。そうした道しるべになってほしいという思いを込めて今回のガイドブック作りに取り組みました。

WWD:法律という存在を「クリエイティビティーを阻害するもの」と考えている業界人は多いが?

海老澤:私は阻害するものではないと考えています。セーフとアウトの境界がどこにあるのかを知ることで、自分の表現したいもの、作りたいものが問題ないかを知ることができますし、もし仮にやりたいことに問題があった場合でも、事前にそれが分かれば対処したり、工夫して乗り越えたりすることができるはずです。

軍地:「法規制を気にしていたらファッションなんてできないよ」という声もよく聞きますが、逆に法律を理解していることが強みになるんだということと、法律は防御だけではなく攻めにもなるんだということを伝えたい。誰しもが加害者にも被害者にもなり得るため、両方の立場やリスクを理解することは大切です。

小林:ガイドブックは、「これはダメ」という書き方ではなく、「これを実現するためにもこういう点に気を付けましょう」といった、ポジティブなアクションになるよう心がけました。

チェックリストや役立つリンク集が
盛りだくさん
ガイドブックの使い勝手は?

WWD:ファッションローは、模倣品問題など知的財産権に関するテーマが注目されがちだが、本ガイドラインの検討会では10人の専門家が知財だけでなく、契約のような万人に関係するものからサステナビリティやデジタルファッションといった最新のトピックまで、実に幅広いテーマを取り上げた。

小林:教科書的な話にとどまらず、実例を交えて議論されたため、リアリティーがあり、業界では多くの問題が起きているんだと実感しました。同時に、法律を理解し戦略的に活用することで、競争力をつけて海外とも渡り合っているブランドの事例もあり、こうしたブランドを増やす方法を考えていきたいと思いました。

海老澤:専門家がクライアントから相談を受けた際にアドバイスするレベルの、生きた情報や知見が詰まった内容に仕上がったので、活用してもらえたらうれしいです。また、全てのテーマにチェックリストを付けてポイントだけをさっと確認できるようにしたり、どの部分から読んでも理解できる構成を心がけたりするなど、内容だけでなく読みやすさや活用のしやすさにもこだわりました。

軍地:平時から法規制を意識してビジネスを行っているブランドはその重要性を理解していますが、何から取り組めば良いか分からないブランドの方が多いのが実情です。公的機関が相談窓口などの支援を行っていても、なんと検索すればそれにたどり着けるかが分からない。今回のガイドブックには、サポートしてくれる機関のリンク集も付いています。また、文化の盗用やグリーンウォッシングで問題になった事例なども一覧化しており、自分でネットで調べようと思うとかなりの労力がかかる情報もまとまっていて非常に有益です。

「人材育成」は未来の
ファッション業界のために必要なこと

WWD:ガイドブック作成にあたってさまざまな工夫が施されているが、それでも法律を簡単かつ正確に伝えることは非常に難しい。

軍地:法律用語は独特で難解です。私自身、検討会では議論を聞きながら、分からない用語を検索し、脳内で“翻訳”しながら参加していました。私が感じた、「翻訳しなければ理解できない難しさ」というのが、まさにファッション業界と法律の間にある溝なんですよね。検討会を経てファッションローの重要性を再認識したからこそ、このガイドブックは業界関係者に届いてほしいと思いますし、届けた人が読んで理解できるような内容に調整することが、今回の私の仕事だと思っています。

海老澤:このガイドブックを読んでもらうことで、「これはまずいな」という“勘所”を身につけてもらえたらいいなと思っています。興味を持って読み進めてもらえるよう、基礎知識をまとめたを「ベーシック」やトピックを取り上げた「コラム」を入れるなど、構成も工夫しました。

WWD:ファッションローガイドブックは、経産省のウェブサイトで公開されたが、今後、発展的な取り組みは考えている? 

小林:今回のプロジェクトで、“ファッションロー”という領域があるということと、法律が絡む問題が複雑化していることを示すことができたので、次のステップとして、ファッションローの未来を担う人材の育成について考えていきたいです。業界を目指す学生も、作ることには興味があっても、こういった法律分野に関する認識はまだ十分ではない方も多いと思います。知らないことでダメージを受ける若者が減ると良いなと思うので、教育機関などとも連携してサポートしていきたいと考えています。

海老澤:私も教育に力を入れることには大賛成で、このガイドブックを教科書にしてセミナーや講義などができたらいいなと考えています。

軍地:私も業界の未来を考えるのであれば人材育成はマストだと思っています。また、これを機に業界全体で後進のための道の整備に取り組んでいくべきだと考えています。20年後・30年後のファッションビジネスを考えて、今、道を整え、ファッション業界の意識を変えることが必要です。法律面でサポートを行うことは、未来のファッション産業にとって非常に重要なことだととらえています。

「海外進出」「リメイク」
「サステナビリティ」といった
気になるテーマを動画で紹介

 経済産業省は、ファッションローガイドブックを業界に届けることに本腰を入れている。その一環として、ガイドブックを普及させるための動画も製作し、ガイドブックと合わせて経済産業省のウェブサイトなどで公開した。動画の中で、ファッションビジネスを行っていく際にトラブルが起きやすいポイントを3つの事例形式で紹介する。
 
 1つ目のケース「商標編」では、若手デザイナーが海外進出しようとしたところ、同じブランド名が先に商標登録がされてしまっていた事例だ。2つ目のケース「リメイク編」では、とある方法でリメイク品を製作販売してトラブルに発展してしまった例を紹介している。また、3つ目のケース「プロモーション編」では、「サステナブル」をコンセプトにしたブランドが遭遇したトラブルを取り上げる。

INTERVIEW & TEXT:YU HIRAKAWA
PHOTOS:SHUHEI SHINE
問い合わせ先
経済産業省 商務・サービスグループ ファッション政策室 ファッション政策担当