ファッション

世界に誇る日本の絞り染め”有松絞り”の魅力 ファッションデザイナー高谷健太と巡る“ときめき、ニッポン。”第7回

 昨年、山梨県西桂町にある機織り企業、武藤を訪問した際に、面白い出来事があった。約束の時間に同社の代表をたずねると、同じ時間に客人がもう一人訪れたのだ。明らかにダブルブッキングである。「あれ?」という空気が漂った後、代表がにこりと笑って「せっかくの機会なので、お二人を会わせたかったんです」と言った。これが、有松絞りの若手作家、藤井祥二さんとの出会いだった。

 藤井さんが手掛ける“有松絞り”とは、愛知県名古屋市の有松・鳴海地域で作られる絞り染めの織物のこと。江戸時代の初め、徳川家康が江戸に幕府を開いて間もない頃に東海道のこの地域に竹田庄九郎らが新しい町を開き、街道を行き交う旅人のために絞り染めの手ぬぐいを作って売り出したことが、有松絞りの始まりとされている。100種以上の絞りや染色の技法から生み出される複雑で繊細な文様は、世界に誇る日本の伝統産業のひとつだ。

 この有松絞りには、寛斎も僕も思い入れがある。2004年、日本武道館の床全面に水を張った「KANSAI SUPER SHOW(寛斎スーパーショー) アボルダージュ」において、有松絞りを施した浴衣姿の女性陣の舞いによって、幽玄で情緒溢れる情景を演出したのだ。ダークブルーの照明と、深い藍の中に艶やかに白地が散った浴衣のコントラストがとても美しかった。

 このシーンに使った浴衣は、有松絞りの研究に一生を捧げた、故・竹田耕三さんに製作してもらったもの。竹田さんは、先述の竹田庄九郎の流れをくむ竹田嘉兵衛商店の旧家に生まれ、有松絞りの可能性を幅広い分野で広げた人物だ。

 そんなことを思い出しながら、藤井さんの作品を見るために有松に赴くと、「竹田嘉兵衛商店の日本間をお借りしているので、是非そこで作品を見て欲しい」と提案を受けた。実に不思議な巡り合わせだ。同商店の日本間は、藤井さんの作品によって、完璧な芸術空間になっていた。昼下がりの日の光をまとった羽衣のようなストールに、竹田嘉兵衛商店の美しい庭園が浮かび上がる。絞り染めが施された生地は、すべて武藤で織られた超極薄のシルクやカシミヤ、麻だ。有松絞りとともに歩んだ同商店の歴史と、先人たちの知恵が、今日の職人の中に息づいていること。そしてその伝統技術が、今なお進化し続けていることを深く感じた。同時に、藤井さんの強いこだわりと美意識、心血を注いだ作品への愛がひしひしと伝わってきた。

 今回は、そんな若き染色家、藤井さんへのインタビューをお届けする。

高谷:藤井さんとお会いするたびに、有松絞りはもちろん、日本の伝統産業の未来に対する考えを聞いてワクワクしています。そもそも、藤井さんはどういった経緯で染色家になったのでしょうか?

藤井祥二カゴノトリ代表(以下、藤井):もともと学生時代に名古屋の大学でプロダクトデザインを学んでいて、地場産業を学ぶ授業で、鳴海の会社と絞り染めの風呂敷を作る機会があったんです。絞りや染めの基礎や歴史を学ぶ中で、「将来は伝統産業やそこで働く人々にフィーチャーをしたものづくりをしたい」と思うようになりました。そこで、まずは実際に全国の現場を見て回る必要があると思い、大学を1年間休学して日本全国の伝統産業を巡る旅を始めました。各地の工房に赴いて、時には半年ほどキャンプ場にテントを張って生活することもありましたね。最終的にどこに根を張って仕事をしようかと考えたときに、何の所縁もない若者を温かく迎え入れてくれた有松という産地の懐の広さに引かれて、ここで仕事を続けています。

高谷:有松との出会いは、藤井さんの運命だったようですね。

藤井:はい。有松絞りの仕事をゼロから始めた当初は、住む家も、作業する場所もなくてとても苦労しましたが、学生時代から交流のあった有松の人々が応援してくれました。その一人が、竹田耕三さんでした。

高谷:そうだったのですか。藤井さんの人柄とバイタリティーが、有松の方々にとっても大きな刺激になったんでしょう。

藤井:そうだとうれしいです。作家を目指した理由は、単純にものづくりに興味があったからではありません。社会との柔軟な関わり方を模索して、作家という道を選んだのです。

高谷:というと?

藤井:社会で生きていくためには、大学や専門学校を出て会社に就職することが一般的ですが、そういった現状に対して違和感がありました。社会ともっと柔軟に関わる方法はないかを考えたとき、有松のような“産地”がその答えになるのではないかと思うようになったんです。

高谷:なるほど。作品はもちろん、 人生の選択肢として“作家としての生き方”を世の中に発信しているのですね。そんな藤井さんが考える、有松絞りの魅力とは?

藤井:布を通して光の陰影を感じられるところでしょうか。どれだけ作品を作っても、毎回新しい発見があります。ほかには、人々の暮らしの中で自然に生まれた民芸品とは異なり、“東海道を行き交う人々のお土産”として生み出されたという点も面白い。売れるためには、時流にあわせて人々の心に刺さるもの作り続けなくていけないから、柔軟な発想で技術が多様化してきたんだと思います。

高谷:絞り染めは、アフリカをはじめインドや東南アジア、紀元前の古代アンデス文明でも行われていたようで、その歴史に比べると、有松絞りの歴史は400年ほどなのに、世界に類を見ない100種以上の技法が編み出されている。それには、“お土産”としてのルーツが大いに関係していそうですね。一方で、技法ひとつひとつが芸術性の高さも備えているし、一人の職人が一生をかけてひとつの技術を極めて受け継いでいく“一人一芸”の考えも素晴らしい。この商売と伝統の2面性が、有松染めの魅力かもしれません。

 そんな藤井さんは、有松絞りをはじめとした伝統産業の未来についてどんなことを考えていますか?

藤井:伝統産業には、技術やものの価値だけでなく、目に見えない価値があります。職人がものづくりにどう向き合うか、どうやって商売を成り立たせるかはもちろん、その地域に根付いた歴史や文化、教育的な価値も含めて、もっと多面的に考えて、いろんな立場の人々が関わるようにしなくてはいけないと思います。

高谷:今、挑戦していることはなんですか?

藤井:10月に開催する個展に向けて、“紙と布のあいだ”をテーマに素材や繊維について研究を重ねています。最近は「参九染太郎(さんきゅうそめたろう)」という事業名で、持ち込まれた古着を絞り染めの技術で好きな色に染め替えるプロジェクトも始めました。 “伝統”という重厚なイメージは置いておいて、気軽に絞り染めを楽しんでもらうために考えたもので、価格は1着あたり3900円。参加者の中には「絞り染めを勉強したい」という人もいるので、こうした取り組みを通して作り手としての第一歩を踏み出してもらえたらうれしいですね。7月30日にスタートする国際芸術祭「あいち2022(有松地区)」では、有松の次世代メンバーを中心に「有松ゆかたまつり」という催しを企画します。会場に、寛斎さんと竹田耕三さんがコラボした有松絞りの浴衣を展示できることも、とても楽しみにしています。


 昨今の有松では、藤井さんや竹田嘉兵衛商店の竹田昌弘さんなど次なる世代の方々が、職人と絞り屋という見えない分断の溝を埋めるべく、積極的に連携事業を重ねている。伝統と革新が互いに刺激し合うことで、今、町そのものが熱気を帯びているのだ。

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