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土地を再生しながらダウンの代替素材を作る “バイオパフ”とは何か

 英国発ソルティコー(SaltyCo)は、土地を修復しながら育つ植物を原料にプラネット・ポジティブ(地球にとっていい影響)な素材供給を目指すスタートアップ企業だ。初めての製品“バイオパフ(BioPuff)”はグースダウンや石油由来の合成充填材に代わる種子繊維を原料にした素材で、2022年のH&M創業者によるイノベーションアワード、グローバル・チェンジ・アワードを受賞した。すでにサステナビリティ先進企業数社と開発を進めている。

 2021年12月にはネッタポルテで“バイオパフ”を用いたカプセルコレクションを発売。ジャケットや帽子などを販売した。ジュリアン・エリス・ブラウン(Julian Ellis-Brown)最高経営責任者(CEO)とネリー・タヘリ(Nelly Taheri)最高執行責任者(COO)にオンラインで話を聞いた。

WWD:環境負荷が高い素材が数多くある中で、なぜダウンだったのか?

ジュリアン・エリス・ブラウンCEO(以下、ジュリアン):ダウンの代替品を探すというよりも、土地の修復に役立つ植物や再生農法を見つけることに注力していました。土地を再生しながら、役に立つ製品を生み出すことができるかーー研究の結果、グースダウンの代わりになる素材を見つけました。

WWD:“バイオパフ”はどのような植物からできているか。

ジュリアン:種子繊維を原料としています。その植物は乾燥地帯で自生している場合もあれば、極端に湿った環境でも見つかります。植物自体は、湿地に生息する丈夫で弾力性のある作物「ヘロフィテス」と呼ばれる大きな種族に由来します。この種の植物は、厳しい気象条件、代替水源、あらゆる質の土壌で生育することができます。将来的に気候変動が進み、世界中で気象の影響が大きくなっても気候や環境の変化にも耐えられます。

WWD:具体的にどのような条件下で育つのか。

ジュリアン:再湿潤化した泥炭地で育てています。これまで泥炭地は農地化され、CO2の大量放出につながっていましたが、私たちは革新的な農法を用いて、CO2を地中に閉じ込められるように土地を修復し、再び湿らせて在来植物を栽培しています。現在、英国で再生が必要な農作地は約30万ヘクタールありますが、その10%を私たちの農法に切り替えると全世界のグースダウンの供給量の約15%をカバーできます。

WWD:英国以外の土地でも適応可能か?

ネリー・タヘリCOO(以下、ネリー):もちろんです。私たちが用いている植物や土地の種類は、アジアや南米、ヨーロッパなど世界中のいろんな地域にあります。ダメージを受け、再生が必要な土地はあらゆるとこに存在します。また、この植物はさまざまな地域で自生していて、植物自体はとても簡単に育つものだからこそ、地元の農家に容易に取り入れてもらえますし、リスクも少ない。このような点からも私たちは今後エリアを拡大していきたいと考えています。

WWD:“バイオパフ”はポリエステル綿ではなく、ダウンに似た構造とのことだが、機能面でダウンに劣る点はあるか?

ジュリアン:グースダウンは、たくさんの繊維が集まりその繊維にさらに小さな繊維があり、それによって保温性が生まれ、エアーポケットができてふわふわした膨らみにもつながっています。それこそがダウンが愛される主な理由になっています。私たちが開発した素材は、このダウンの構造に似た、繊維の集まりによる構造をしています。それによって保温性に非常に優れ、ふわふわとした膨らみも生まれます。しかしグースダウンにも、“バイオパフ”のような植物由来の代替品にも共通する課題は洗濯の問題ですが、私たちは過去6~12カ月にわたり、洗濯ができるようになるかを研究しています。私たちの素材の改善すべき点は洗濯だと考えており、今後も注力していきたいと考えています。

WWD:どのような工程を経て植物からダウンのような繊維になるのか。

ジュリアン:原料の植物は乾燥工程を経て製造工場に運ばれます。その後、独自の繊維抽出機を用いて植物から繊維を抽出し、一連の機械での工程を経て作られます。小さなエアーポケットに熱を閉じ込めて保温するクラスター構造が特徴です。

WWD:“バイオパフ”は環境を再生することだけではなく、動物の権利も守られ化石燃料を用いることもない。が、コスト面ではどうか。

ジュリアン:現時点での価格帯は生産規模の理由から、1キロあたり約75~80ポンド(約1万2150~1万2960円)です。私たちはグースダウンの価格と並ぶ程度にまで下げることを目標にしており、すでにできると確信しています。 石油由来素材の製造方法が単純であることや、生産量も多いことから、ポリエステルと同等の価格まで下げることは難しいかもしれませんが、できるだけ早く価格を下げられるとうに、そしてこの新素材による好影響を世界中に広められるように取り組みたい。

 サステナビリティは非常に手間がかかるため、非常にコストがかかると思われがちですが、研究開発の過程で経済的にも有効なモデルである可能性があることもわかってきました。私たちの生産工程は、グースダウンの生産に比べて40分の1の土地でできるので、私たちはより経済的にも環境的にもサステナブルなものを作ることができます。

WWD:今後の生産量拡大への計画は?

ネリー:直近2年程では、パイロットの拡大や研究開発に比重を置いていました。次のステップは、製造拠点となる大きな工場に移転し、スケールアップした製造ラインを作ること。英国内の農業用地への進出も検討しています。より多くの収穫に備え、栽培をすぐに開始できるようなさまざまな土地を探していますし、もちろんチームも拡大していく予定です。

 現在3~5つのブランドと話しを進めていて、ブランドは中規模のコンテンポラリー・ブランドから、現地サプライチェーンを構えるヨーロピアン・ブランド、世界中に生産拠点や店舗を持つマス向けのグローバルブランドやアウトドアブランドなど、多岐に渡りますが、今後2~3年の内に展開できるように進めています。

WWD:拡大するにあたっての課題は?

ジュリアン:本質的な課題は新しいサプライチェーンを構築することです。特にリスクも伴う可能性があると困難になることもあります。農家が土地を所有している場合、その土地がダメージを受けていても、従来の慣行から方法を変えることに抵抗があることも考えられます。だからこそ、私たちは安全で確実な方法を模索し、収益モデルを構築する方法を追求したいと考えています。つまり彼らから素材を購入することで収益を提供するだけでなく、温室効果ガスの排出削減量証明となる炭素クレジットによる収益や、英国政府が行っているエンバイロメンタル ランド マネジメント スキーム(Environmental Land Management Scheme)を通して収益を得られるようにしたい。そうすることで、私たちのアイデアを拡張するにあたってのリスクや困難を軽減したいと考えています。私たちは英国王立鳥類保護協会(RSPB)や野生動物保護団体(Wildlife Trusts)など、より再生可能な農法への移行を先導する自然保護団体とも協同しています。

繊維発見までの開発秘話

WWD:そもそも、その植物がダウンの代替となるということはどのように見出したのか?

ネリー:ダウンの構造や他に代替を検討している素材についての研究を重ねていた頃だったと思います。私たちの目標は、繊維がどのように栽培され、どのように育ち、どこから供給されるかを見出してアプローチすることでした。ダウンであれ石油由来の素材であれ、その他の素材であれ、アパレル産業のサプライチェーンにおける環境負荷の多くがこの工程にあるからです。そこで代替が必要な素材を見出し、そこから逆算して研究対象となるさまざまな植物を特定し、それらを研究所に持ち帰って研究を進めていきました。ですので、いろんな研究を並行して進めていました。

 そもそも、私たちの研究は素材やサプライチェーンについて、それらがもたらす環境への負荷について考えるところから始まりました。天然資源の過剰使用や土地利用、それらに伴う環境への悪影響についてです。初期段階では、不織布・織物の研究も行っていました。そしてその中で保温性(断熱性)のある代替素材に関する市場は全く飽和されておらず、高い需要があるにも関わらず、植物由来の代替素材はあまりなかったので、そこに注力することにしました。多くのブランドはヴィーガンでありながら石油由来でない断熱素材を求めていますが、現状は多くの製品がリサイクル素材か、責任ある調達方法で作られたダウンなどに留まっています。そこに膨大な需要がある中で、私たちが並行して行っていた研究や開発、私たちが求めている製品と合致する部分がありました。今後のクライアントになりうる人たちとは最初の段階から多くの協議を行い、彼らが求めているものは何なのかを理解するために、フィードバックをもらい、コミュニケーションを重ねてきました。

WWD:現在の資金調達額は?

ジュリアン:100万ポンド(約1億6200万円)です。グローバル・チェンジ・アワードで得た助成金は今後私たちのアイデアをスケールアップしていくのにとても役立ちます。その他にも、イノベーションを目指して研究を行う企業を英国政府に代わって支援するイノベートUK(Innovate UK)やインペリアル・カレッジ・ロンドン(Imperial College London)、新しいサステナブルな素材へのムーブメントをリードするフューチャー ファッション ファクトリー(Future Fashion Factory)などとも一緒に取り組んでいます。

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