ファッション

「ただ扉を開けるだけ」ではない ラグジュアリーブランドの店舗を支える“ドアマン”の仕事

都会のラグジュアリーブランドの店舗の前で、静かにドアを開け、笑顔で来店客を迎える人。華やかなブティックの一部のように見えるドアマンだが、その仕事は、単に扉を開け閉めすることではない。

来店客が店に足を踏み入れる瞬間から、ブランド体験は始まっている。緊張をほぐす立ち居振る舞いや笑顔、絶妙なタイミングでの案内、店舗スタッフとの連携——。その全てが、ブランドの印象を左右する。

では、普段あまり知られていないドアマンの仕事とは、一体どのようなものなのか。ラグジュアリーブティックの「顔」としてブランドの世界観を体現している彼らは、ホスピタリティーを専門とするプロ集団であり、その中にはモデルや役者、お笑い芸人、現役の大学生の姿もあるという。

彼らはどのような意識で「ブランドの顔」として立っているのか、ドアマンの事業を展開するトランジットクルーに話を聞いた。

ケータリングから始まった“超柔軟”なおもてなし

トランジットクルーのホスピタリティーチームが現在、主に手掛けるのは、ラグジュアリーブティックの店頭で来店客の出迎えや見送り、ドアの開閉、案内などを行う「ドアマン」や、ブティック内やイベントやパーティーなどでドリンクやフードを提供する「ティーサービス」などだ。

同社がこれらの事業を手掛けるようになったきっかけは、ファッションブランドのイベントにおけるケータリングサービスだったという。ホスピタリティー部門のディレクターを務める長谷川洋介氏は、「旧名称トランジットジェネラルオフィスの時代に、イベントの飲食サービスからスタートしました。その中で、お取り引きのあるブランドさまから『ブティック(店頭)でのドアマンもお願いできないか』という相談をいただいたのが始まりです」と振り返る。

こうしたサービスが唯一無二だったことから、さまざまなラグジュアリーブランドからオファーが殺到。ブランドの多様なニーズに答え続けるうちに、ケータリングだけでなく、ドアマンやティーサービスへと領域が拡大した。現在では、数々のラグジュアリーブランドのブティックやイベントで、同社のスタッフが活躍している。

成長を支えてきたのは、クライアントの要望に“超柔軟”に答える姿勢だ。「難しそうなリクエストでも否定せず、まずはクライアントさまの要望を最後まで聞くようにしています。我々の強みはクライアントさまが求めるものの本質が何かを汲み取り、寄り添い、どこまでも柔軟なこと。色々な表現方法でその要望に応えられるように努力しています」と長谷川氏は話す。既存のサービスプランの枠にとらわれず、ブランドごとの多様なニーズに向き合ってきたことが、信頼関係の構築につながっているという。

ドアマン|扉の開閉にとどまらないおもてなし

では、実際に現場で働くスタッフは、どのような意識で仕事に臨んでいるのだろうか。

主にドアマンを担当する横塚悠成さんは、20代の現役大学生。勤務中は休憩時間を除いて、ほぼ立ちっぱなしの一日になるという。「正直、最初は足が痛くて辛かったのですが、もう慣れました。今振り返ると、筋肉痛になる日もありましたね(笑)」と笑顔を見せる。

体力的な辛さがある一方で、仕事を続ける原動力になっているのは、ラグジュアリーブランドの世界に触れられることだった。「学生でもラグジュアリーブランドで働く方法はないのか?と、調べたときに辿り着いたのがこのドアマンのお仕事でした。憧れの世界に少しでも触れられていることが幸せなので、胸を張って頑張れます」とコメントする。

とはいえ、私たち一来店客からすると、ただドアの開け閉めをしているだけでは?と思う人もいるだろう。

では、ドアマンの仕事の本質はどこにあるのか。横塚さんが大切にしているのは、来店客一人ひとりの様子を見極め、その場にふさわしい対応をすることだそう。「主役はあくまでもお店にいらっしゃるお客さまです。ラグジュアリーブティックということもあり、緊張しながら足を踏み入れるお客さまも多いので、いかにリラックスして心地よく過ごしていただけるかが大事です。気を付けているのは、ドアの開け閉めやご案内のタイミングの見極め。『お客さまにとって心地よいホスピタリティーとは何か』を、試行錯誤しながら探ることにやりがいを感じます」。

ドアマンは、ブランドの販売スタッフと連携しながら、店舗全体の雰囲気や安心感を支える存在でもある。来店客との距離感や声をかけるタイミング、立ち居振る舞いの一つひとつが、ブランドの印象につながっていく。

求められるのは、ただ丁寧に接することだけではない。ブランドの世界観や店舗の雰囲気を理解し、その場にふさわしい振る舞いを身に付けることも重要だ。日々の経験と細やかな気配りによって磨かれる、専門性の高い仕事といえる。

ティーサービス|一杯のドリンクに宿る美しい所作

一方、イベントの現場で飲食サービスを提供するのがティーサービスだ。担当する奥隅誼晃さんは、友人からの紹介をきっかけに同社で働き始めた。

主な業務は、ゲストへのドリンクやフードの提供、テーブルに置かれたグラスの片付けなど。飲食店のホールスタッフにも通じる仕事だが、ラグジュアリーブランドではサービスの質だけでなく、どこから見られても美しいたたずまいを保つことが求められる。

仕事のやりがいについて尋ねると、奥隅さんはゲストからの反応だけでなく、自身がブティックでの体験価値を支えていることに意義を感じていると話す。「『ありがとう』と言われたときは、やっぱりうれしいですね。でも、単なる達成感を得られるだけではなくて、僕がブティック体験やイベントでの満足度の一部になれていることが、やりがいにつながっています」。ドリンクを差し出す指先の動きや立ち姿、ゲストへの接し方など、一つひとつの所作にも意識を向けているそうだ。

ラグジュアリーブランドの世界観を彩る空間や演出、提供されるフード。その魅力を損なうことなく、ゲストが心地よく過ごせる環境を整えることも、ティーサービスの重要な役割となる。

地方にまで拡大する「人の手」の温もり

効率化やデジタル化が進み、買い物やコミュニケーションの多くがオンラインで完結する時代。そうした中で、あえて人が時間と手間をかけて接客することには、どのような価値があるのだろうか。

長谷川氏は、人を介したコミュニケーションだからこそ生まれる感情のやり取りに、その意義があると考えている。「オンライン上で情報やモノがあふれている時代だからこそ、人の手を通じたコミュニケーションや、そこで生まれる感情のやり取りが持つ価値はどんどん大きくなっていると感じています。お客さまが帰り際に『ありがとう』と声をかけてくださったり、クライアントの方々と良い関係を築けたりした瞬間は、何物にも代えがたいやりがいですね」。

東京と大阪を中心に展開してきた事業は、ブランドからの要望に応える形で、エリアの拡大も進めている。2026年6月からは名古屋での取り組みもスタートした。

「元々、名古屋でもラグジュアリーブランドからのご相談はありました。少しずつ準備を進めてきましたが、課題はやはり人手不足。これを解決するために教育内容を見直したり、採用広告内で業務内容を分かりやすく魅力的に伝えるための動画を制作したりと、常に工夫するようにしています」(長谷川氏)。

まだ先の未来だが、今後は北海道や福岡など、地方都市のラグジュアリーブティックを支えることも視野に入れる。ただし、事業の拡大にあたっては、サービスの質を維持しながら人材を確保し、育成していくことが欠かせない。ブランドから寄せられる新たな要望にどう応え、サービスの可能性を広げていくかも、今後の課題となる。

最後に長谷川氏は、「やっぱり『人』の温かさからしか生まれないものって絶対あると思うんです。オンラインで交流できる世の中になっていますが、今こそ対人の大切さを見直すべき」と、人が提供するホスピタリティーの価値を改めて強調した。

店頭で扉を開く。お客さまにドリンクを手渡す。一つひとつの動作は、誰でもできる仕事かもしれない。

だが、その積み重ねがブランドの印象や顧客の体験を形づくっていく。デジタルでは代用しきれない、人を介した温かなコミュニケーション。ラグジュアリーの最前線を支えるトランジットクルーの仕事は、リアルな店舗や空間がこれから担うべき役割を考える上でも、一つのヒントになりそうだ。

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