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エルメス主催の馬術競技大会が3年ぶりに開催 現地で感じた馬具工房というルーツへの誇り

 エルメス(HERMES)が主催する馬術の障害飛越競技大会「ソー・エルメス(SAUT HERMES)」が3月18〜20日、パリで開かれました。新型コロナウイルスのパンデミックの影響を受けて、2020年と21年は中止になったため、開催は3年ぶり。世界的なライダーたちが参加する国際大会とあって心待ちにしていた乗馬関係者やファンも多く、大いに盛り上がりました。今回は、その現地リポートをお届けします!

「ソー・エルメス」って何?

 「ソー・エルメス」がスタートしたのは、2010年。フランス馬術連盟(FFE)と国際馬術連盟(FEI)が認定する最高レベルであるCSI 5の競技が行われる大会として、毎年3月中旬に開催されています。この成績がワールドカップの出場権を左右するということもあり、参加するのは東京五輪のメダリストやFEIのランキング上位の選手など強者ぞろい。今回は、フランスやベルギー、イギリス、スイス、ドイツ、オランダ、スウェーデンなどヨーロッパ諸国を中心に、イスラエルやオーストラリア、アルゼンチン、モロッコなど約20カ国から計55選手、そして25歳以下の若手20選手が出場しました。

 今回の会場となったのは、グラン・パレ・エフェメール。おなじみの会場だったグラン・パレの改修工事(現在はその真っ最中)のため、その代わりとして建てられた展示ホールです。現在はさまざまなイベントに使われていて、24年夏季オリンピック・パラリンピックでも競技会場の一つになります。ちなみに、「エフェメール」というのは「仮の」や「束の間の」という意味。ただ、著名建築家ジャン・ミッシェル・ウィルモット(Jean-Michel Wilmotte)が手掛けた1万平方メートルの同施設に代替地の雰囲気はなく、場所もエッフェル塔があるシャン・ド・マルス公園の南端というパリらしい絶好のロケーションにあります。

 会場内は、中央に競技が行われる巨大なフィールドがあり、それを囲む三面に客席、そして残りの一面には、ウォームアップエリアから選手と馬が登場する通路や実況席、生演奏を行うバンドのステージが設けられています。また、サドル(鞍)や馬具の製作工程や展示を見られるブースをはじめ、限定アイテムや乗馬関連グッズなどがそろうショップ、プロに記念撮影をしてもらえるフォトブース、馬にまつわる本を扱うブックショップ、カフェスタンドなどもあり、競技時間以外も楽しめるようになっています。来場者も幅広く、乗馬関係者をはじめ、長年の馬術競技ファンと思われる老夫婦や「エルメス」の顧客であろうマダムから、若者のグループ、小さな子どもを連れたファミリーまで。にぎわう会場からは、フランスで馬術が親しまれていることが伺えます。

3年をかけて開発した新作サドル披露

 現地取材は、新作サドルのプレゼンテーションからスタートしました。今回披露されたのは、3年をかけて開発したという“セル・ルージュ”(フランス語で「赤いサドル」という意味)。「エルメス」は鞍職人と技術エキスパート、そして“パートナーライダー”と呼ぶ現役選手の3者が1つのチームとなってサドルを製作していて、今回も東京五輪の障害馬術団体戦で銅メダルを獲得したベルギーのジェローム・ゲリー(Jerome Guery)選手と共に取り組みました。一人の職人が30時間以上をかけて作り上げるというサドルは、長年受け継がれるノウハウ、技術とデザインの革新性、選手のリアルなフィードバックに裏付けられたもの。 “セル・ルージュ”は、ベースとなる鞍骨に木を用いたり、これまでは2つのパーツを重ねていた小あおり(スカート)とあおり(フラップ)を一体化させたりすることで、しなやかでピュアなラインと軽やかさを表現しているそうです。

 馬具といっても特筆すべきは、その仕上げの美しさ。職人のチャーリー・パルミエリ(Charly Palmieri)さんも「サドルの裏側までもジュエリーのように美しく作り上げることを目指している」と話していて、「エルメス」のものづくりの美学とエレガンスを感じます。「ルージュ」という名前は、使用するレザーに由来。製造工程で、メゾンを象徴する落ち着いた赤色“ルージュ H”のレザーにオイルを塗ることにより、赤みがかったダークブラウンのような深みのある色が生まれます。

躍動感あふれる障害飛越に感激!

 選手と馬とつなぐ要となるサドルについて学んだ後は、いよいよ競技スタートです。今回のコースを設計したのは、東京五輪でも馬術のコースを手掛けたサンティアゴ・ヴァレラ・ウラストレス(Santiago Varela Ullastres)。障害物同士の間隔はそれぞれ異なるため、選手はそれを見極め、馬を操る必要があります。障害物のバーやブロックを落としてしまうと減点されるので、結局のところ、一つも落とさずにできる限り速く駆け抜けることが勝利のカギになります。

 障害飛越の競技を生で見るのは初めてだったのですが、その躍動感と迫力たるや!!力強く颯爽と障害物を飛び越えていく姿は美しく、目が離せませんでした。そして、馬術競技は性別や年齢を問わないというところもポイントです。25歳以下の若手に絞った競技以外には、18歳から66歳までのライダーが男女の区別なく出場。それは、馬術では選手自身の身体能力よりも、パートナーである馬との絆の深さや、馬と巧みにコミュニケーションを取って乗りこなす技術が重要だからです。実際、今回の取材でも障害物の前で立ち止まってしまい、残念ながら失権となるシーンを何度も目にしました。そこには“人馬一体”にならないと超えられない壁があり、それがこの競技の面白みであり、奥深さだと感じます。

 ちなみに、会場のカラフルな装飾だけでなく、競技に使われる障害物も「エルメス」仕様。「H」やチェスのナイトの駒、蹄鉄のモチーフから、フォーブル・サントノーレ通りにある「エルメス」本店の外観を模したデザインまでがあり、そんなところにもメゾンの遊び心が垣間見えます。

 1日の終わりには、「ジェスチャー・オブ・ザ・ソウル(GESTURE OF THE SOUL/魂のジェスチャー)」と題した乗馬バレエのパフォーマンスが披露されました。フォーメーションを組んで走ったり、音楽に合わせて踊るようにステップを踏んだりする馬の姿は、障害飛越の競技馬とはまた異なってチャーミング。朝から晩まで本当に馬づくしの1日で、縁がないと思っていた馬や馬術の世界に親近感が湧きました。

 何度も取材してきた「エルメス」のコレクションやショーからも、馬具に関連する要素や馬とのつながりが見て取れます。ただ、「ソー・エルメス」を体験してあらためて強く感じたのは、馬具製作と馬術競技の伝統を次の時代へとつないでいくという揺るぎない姿勢と、1837年に馬具工房として創業したメゾンのルーツを誇りに思い、今でも大切にしていること。だからこそ、「エルメス」の製品の根底には実用の精神があり、多くの人を魅了し続けているのだと思います。

 そんな話を、過去に「ソー・エルメス」を取材したことのある向・編集統括兼サステナビリティ・ディレクターと話していたら、素敵なトリビアを教えてくれたので、最後に紹介します。「管理する」と訳されることの多い「manage(マネージ)」という単語の語源は、「人の手で馬を訓練することや操ること」だそう。ここでポイントなのは、“鞭”ではなく“人の手”だということ。マネジメントは鞭で叩くのではなく、人の手でどうにかうまく扱うのだという解釈を読んで、障害馬術のライダーが生き物である馬を肌で操る姿を思い出し、エルメスのマネジメントの根幹との共通点を感じたというのです。実際、自社で時間をかけて一から職人を育てるなど“人の手による訓練”を大切にしていますし、「なるほど〜!」と唸ったのは僕だけじゃないのではないでしょうか。

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