ファッション

空間創造とモード誌編集のプロが考える “人”が作る、次世代の空間のあり方とは?

来年創業80周年を迎える内装デザイン企業・船場。ファッションの世界から越境した小田切潤社長は、次世代の業界を「第3世代=空間の解放」と定義する。世界中のランウエイとブティックを見つめてきた「ヌメロ・トウキョウ」の田中杏子統括編集長と語り合う、“人”によって完成する次世代の空間、そして長く愛される場の条件とは。

創業80年の船場と、
記憶に刻まれる空間

WWD:改めて、船場とはどのような企業なのか?

小田切潤・船場社長(以下、小田切):1947年に陳列ケースの店として創業し、来年で80周年を迎えます。以来、商業施設や百貨店から飲食・物販の店舗、オフィス、ホテル、福岡空港国際線、南池袋公園のような公共空間まで、時代に合った“商いと集いの空間”を作り続けてきました。いまは国内外で年間約4000件を手がけています。2025年度は上場以来過去最高益で、足元の業績もおおむね期初計画通りに推移しており、今期は下期偏重で非常に多くの引き合いが来ています。商業施設のエンタメ需要に加えてオフィスやホテルなどの需要が旺盛で、1~2年先までの案件受注が非常に増えています。空間は、商品を美しく見せる「第1世代」を経て、世界観で感動や体験を提供する「第2世代」の最中です。次の「第3世代」の価値を手探りしていて、田中さんとの対話の中でヒントを得られたらと思っています。

WWD:田中さんは世界中のショーやブティックなどラグジュアリーな空間を数多く見てきた。今も脳裏に刻まれているものはあるか。

田中杏子「ヌメロ・トウキョウ」統括編集長(以下、田中):かつて表参道のラグジュアリーブランドの店舗最上階に会員制サロンがありましたが、そこに“選ばれて行く”高揚感は今も鮮明に覚えています。最近であれば、「ソーホーハウス東京」もすばらしい。会員制コミュニティーのための空間で、エクスクルーシブな雰囲気が隅々まで計算されている。家具から照明まで美意識が貫かれ、足を踏み入れた瞬間にときめいてしまいました。

小田切:エクスクルーシブな空間だけに漂う、あのワクワク感と緊張感ですよね。ただ、いまはSNSの時代でそれを保つのが難しい。どれだけいい隠れ家を作っても情報が一気に拡散して大衆化し、核だった感度の高い人たちが離れていく。

空間を仕上げるのは、
そこに集まる“人”

田中:ファッションも同じで、以前はバイヤーやプレスなどインサイダーだけのものだったコレクションが、いまはSNSで即座に世界へ配信されるなど、「ファッションはみんなのためのもの」というムードが業界を覆っている。それもある意味では正しい流れなのかもしれません。ただファッションも空間も、誰でも入れるように開け放つと、かえって引力や面白さが失われることもある。「誰にでも開かれてはいない」緊張感があるからこそ、訪れる側に「この場に見合った自分でいたい」という空気が生まれ、場の価値が廃れない。少しばかり儀式めいた空間は、今もあっていいと思っていますね。どれだけお金と時間をかけても、そこをすてきな場所にするかを決めるのは、内装だけではなく最後に集まる“人”なんです。魅力的な人が集う場所には「次はもっとおしゃれして行こう」という気持ちが生まれ、その連鎖がコミュニティーを生み、服を着る喜びにもつながります。

小田切:実際、当社では採用に課題を持つ企業のオフィス設計で、「どんな人に来てほしいか」から逆算して空間を組んだ例があります。一次面接はオープンな部屋、最終面接は壁に見える隠し扉の先の個室でーーと。空間は、人の行動や感情をデザインしているんです。

田中:集まる人やコミュニティーまでデザインする。面白い考え方ですね。石上純也さん設計の神奈川工科大学「KAIT広場」も印象的です。大きな屋根の下に用途の決まらない空間が広がるだけの、言ってしまえば“無駄”な場所。でも、目的を押し付けない余白があるからこそ、学生たちが自然と集まり、思い思いの出来事が生まれます。

「無駄」と「余白」、そして時間の蓄積

小田切:その「無駄」や「余白」も、これからの内装設計で重要なキーワードでしょう。誰もが通る場所にふっといいアートがあったり、ランチのあとに休める小部屋があったり。従来なら「無駄」と呼ぶものこそが、すてきな人を引き寄せ、会社の価値になる時代です。オフィスの空間づくりの際に、その企業がもともと持っていた什器や廃材を利活用して新しい空間の意匠に落とし込むこともあります。新品や既存の建材のほうが簡単ですが、そうすることで会社の記憶が受け継がれていく。当社が手がける物件では建設廃棄物の分別を徹底し、内装工事における1次リサイクル率が平均94%に達しましたが、ゴミを減らしながら実現する「記憶の継承」には数字で測れない価値がある。戦後、商業空間は「1円でも安く」というスクラップ&ビルドの論理で作られた建物が増えてしまいましたが、いま必要なのは、空間を文化として育てるロングレンジ(長期的)の視点です。

田中:群馬・前橋の「白井屋ホテル」が好例ではないでしょうか。藤本壮介さんが既存ビルを大胆にくり抜いた空間で、新旧が混沌とする唯一無二の空気感がある。時代や記憶をレイヤー(積層)した建物には、人を誘引する力があります。

小田切:日本の一般的なアパレルは、店舗の内装費を3年ほどの事業計画で組みます。コストを回収してまた内装を変えるから、空間に価値が堆積しない。一方ラグジュアリーブランドなどは同じ広さに何倍も投資し、長い時間をかけて店を育てる。空間を消費財と捉えるか、資産と捉えるか。明確な意思の差が表れています。

田中:日本のブランドに足りないものの一つが、蓄積したものを継承し、時間を味方につけて“経年美化”させる姿勢だと思っています。ただ、京都の西陣織のように、技術と美意識を何世代にもわたって継承し、世界で評価される価値をじっくりと醸成してきた例もあります。

「空間設計のプロ」以外も巻き込む時代

WWD:「制約」と「無駄」、そして「時間の蓄積」。空間の価値を形作る要素が見えてきたが、これからの空間設計はどう変わっていくのか。

小田切:われわれはこれからを「第3世代=空間の解放」と定義しています。私たちはオフィスなら、ついテーブルと椅子を置いて、「座ってください」と作ってしまう。でも、それがかえって人の振る舞いや空間の用途を縛ってしまうこともある。従来のステレオタイプ(固定観念)を外して考えることが肝要です。「そもそもこの空間は何のためにあるのか」から問い直す。それが解放への第一歩です。

田中:なるほど。そうなると、私のような設計の外にいる人間や、空間を使うエンドユーザーを巻き込むことにも意義があるのではないでしょうか?

小田切:増えると思います。AIが進めば設計作業の例えば7割はAIがこなす時代が来る。設計が民主化され、専門家でなくても空間づくりに参加できるようになる。ではプロの存在意義は何か。AIの出す70点を、人の感情や社会の文脈と照らして100点へ引き上げる「思考の深さ」と「編集力」です。

田中:私もさまざまな空間に触れてきましたが、つくづく思うのは、空間とはデザインだけで成立しないということ。匂い、音楽、照明、そこにいる人。そのすべてによって形作るものだということです。

小田切:まさにその通りですね。誰が使い、どんな空気が生まれ、どう記憶に刻まれ長く残るのか。そこから逆算してデザインする。最後の仕上げをするのは、デザイナーでもAIでもなく、その空間を使う“人”なんです。それが「空間の解放」の先にある、次世代の空間のあり方だと思っています。

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