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新型コロナに苦しむアパレル小売業と政・官とを橋渡し 国際政治学者の三浦瑠麗に聞く【上】

 新型コロナウイルス感染症拡大に対する緊急対策として、経済産業省は観光業や飲食業の需要促進である「GO TOキャンペーン」に、ファッション分野の需要振興を組み込むための検討を開始した。「ユナイテッド ヌード(UNITED NUDE)」日本法人の青田行社長やイーストランドの島田昌彦社長が行ってきた署名活動や陳情を受けたものだが、両社長と政・官とを橋渡ししたのが、テレビ番組のコメンテーターなどとしても活躍する国際政治学者の三浦瑠麗・山猫総合研究所代表だ。三浦代表は新型コロナが経済に与える影響に対し、一貫して強い危機感を表明してきた。三浦代表に聞いた。

WWD:どのような経緯で、青田社長や島田社長と自民党の政治家や経産省の官僚をつないだのか。三浦代表自身の問題意識はどういった点だったのか。

三浦瑠麗(以下、三浦):島田さんとは個人的に数年前から知り合いでした。お二人に話を聞く前からファッション業界が新型コロナの影響で厳しいということは分かっており、経済を回すことの重要性をこの数カ月ずっと説いてきましたが、いざ家賃や展開店舗数などの詳細をお二人に聞いていくと、やはり全国一律では事情を捉えられないということが見えてきました。都心に店を構える事業者は賃料も高いですし、物件を解約する際も最短で半年前の申請が必要、定期借家も多いです。月に50万円、100万円といった家賃補助では話にならない。中小企業であっても、今出ている中小企業支援策のレベルではカバーし切れないような経費や売り上げ規模の企業がアパレルには多いんだということを発信しないと、政治には伝わらないと感じました。在庫を抱えているという点もこの業界の特徴です。2月のダイヤモンドプリンセス号の集団感染でまず初めにお店の客足が鈍りましたが、アパレル業界の在庫が一番多いタイミングでコロナが直撃したんだなと。

WWD:アパレルの業界内では、自主休業中の窮状について国に訴えたくても、どこにどう伝えればいいのか分からないといった声が多かった。

三浦:政治家に対してこれまでもアプローチしてきた業界、“お肉券”“お魚券”といった話が早期に出た業界とは違い、アパレルは非常にインディペンデントで、お上に助けてもらおうとは露ほども思っていない人たちの集まりなのかなと感じました。日ごろから政・官と密接な関係を保っていないがゆえ、窮状が伝わりづらい。私が代表を務める山猫総合研究所はロビイング団体ではないですが、政策に関してはシンクタンクとして積極的に発信しています。こうしたアパレル事業者の状況が政策に反映されればいいなと思い、青田さん、島田さんのお話を官僚や政治家の方々、牧原秀樹経産副大臣に聞いていただく場を設けさせていただきました。

民間で自力でやっていける業種ならわざわざ政治にアプローチする必要はないですし、アパレルは規制産業ではありません。規制産業は官や政と近くならざるを得ない運命を背負っています。規制をかける必要がなく、民間でやっていけるならそれはそもそもよいこと。ただ、例えば経産省主導のクールジャパン戦略などで、海外に日本の魅力を発信していこうという話になると、そこにはどうしても日の丸が立ちます。でも、グローバルに商売ができているアパレル企業は、海外に売り出す場合でも政・官のイニシアチブについていく必要がなかった。それゆえ、政・官とのつながりが薄かったわけです。だからといって、そういう企業を支援しなくていいかというとそれは違います。政治家や官僚が守るべき日本企業のイメージをもっと多様化してほしい。海外から多くの商品を仕入れているアパレル小売りもまた、日本企業です。海外から資材を仕入れているという点では、建設業だって同じですから。

WWD:緊急事態宣言を受け、アパレル小売業は休業要請のない中で自主的に休業に協力してきた。それに対する疑問も業界内では非常に多い。

三浦:コロナを機に、安全保障の観点から仕入れの多くを国内から調達しようという話は出てきていますが、グローバリゼーションは今後も続いていきます。豊かさを享受するわれわれの生活は、海外との人の交流、モノやサービスの取り引きで成り立っている。でも、どうしても高い服やおしゃれといった豊かさの部分、海外との取り引きが多い業種となると、不要不急と見なされがちで、すぐさま支援をしようと思われない状況に今はあります。ただ、こういう状況下でも縫製工場などへの支払いを怠らず、人件費も100%払っているようなアパレルの中小企業は少なくないと青田さんに聞きました。群れないアパレル小売りの世界でも、支払いや雇用面は日本の会社文化や国民性が根付いていて、しっかり社会を支えている。それなのに、なぜアパレルには注目が集まらないのかと業界の方も感じているでしょうし、今回私も強く思いました。

これまでの自立性が今回はアダとなった部分はありますが、でもそれは決して悪いことではありません。官僚の方々が政策作りをするうえで、青田さんや島田さんのような方のお話が伝わったことはハッピーな出会いだった。困っている人全てを救うということは恐らくできません。日本経済の底力を失わずにコロナ時代をどう生き抜くかという観点で、どれだけ人々の消費を喚起できる産業か、外貨を稼ぎ出せるか、そして優良な企業体であるかといった軸で支援策を定めていく必要があります。コロナの影響が出ているのは、経営状態が悪かったところだけではありません。これまで政府に頼らなかった人、もしくはリスクを取って先行投資をしていた人を直撃しています。小規模で拡大を考えず、新規投資をしていないから借金もないという事業者は、休業協力金や持続化給付金などで少なくとも数カ月はしのげます。でも、急成長している企業で「今年は五輪イヤーで観光客も多いだろうから、例年の1.5倍の買い付けをしておこう」といった先行投資をした事業者がリスクを負ってしまった。それは彼らが生み出したリスクではなく、政治の側が緊急事態宣言を出して人工的に需要を削いだことで生まれたものです。そこには当然何らかの手立てを講じなければなりません。

そうは言っても、国が在庫を全て買い取るようなことは無理です。感染を予防しながら経済を回していくしかない。そのフェーズにおいて個人的にいいのではないかと思う取り組みは、消費者が買い物に行く精神的な障壁を低くするために、政治家が実例を見せること。楽しんで買い物をしてお金を使おう、そして店を助けようという姿勢を見せて、買い物をしてもバッシングされない雰囲気を醸成していかないと、産業が空洞化した日本社会が残されてしまうだけです。表参道のブランドショップが今開いたからって、そこで買い物をしていたらバッシングされかねないと芸能人や政治家の方は思うでしょう。だからこそ、みんなが買い物をしてもいいんだと思えるように彼らにこそ店に行ってほしいですね。彼らのような、本来は安泰な立場にいる人たちがただ家にこもっているのではなく、服を買ったとインスタグラムにアップするだけで雰囲気は全然違います。お店を潰さないように、応援するハッシュタグなどを作ってもいいかもしれません。

あとはもはやこの時期になってしまった以上、セールの問題ですよね。正直、今までもセールの開始時期は早まっており、6月半ばには実質的にセールだったわけです。営業を再開して最初は正価で売るとしても、どこかのタイミングで業界内で協力し、抜け駆けにはならないようにセールをしていくのがいいと思います。アパレル分野は感染リスクはごく少ないと私は考えていますが、業界として予防措置のもとでセールを行って消費を盛り上げ、春夏在庫を少しでもお金に換えていくということが大事ですね。

WWD:大型連休後、街に人が増え、徐々に店舗が営業再開し始めたタイミングで、政治家からは「気が緩んでいる」という発言もあった。

三浦:本来行政はお願いをする立場ですが、「緩んでいる」と言われると消費者心理としては罪悪感を抱きかねない。そうなると買い物に行くことを隠したり、行かなくなったりと行動が変わってしまいます。本当に伝えないといけないのは、合理的な予防措置を講じましょうということです。コロナ対策は感染者をゼロにすることが目的ではありません。最近の研究結果を見ても、昨年の肺炎を死因とする死者数にコロナによる死者数はどうやっても届かないことが予測されます。肺炎が恐い病気だとしても、これまで高齢者の方に買い物を禁止したことはない。感染リスクだけでなく、総合的なリスクを勘案して、つり合いの取れた予防策を講じていくべきなんです。でも今は人々が非常に強い不安に襲われているので、科学的に理にかなっている範囲を超えた予防措置を取らなければならなくなっている。だから、店頭で販売員さんがフェイスシールドを付けたり、アクリル板を置いたりといった措置も致し方ないでしょう。私が心配しているのは、日本経済に長期的に影響を及ぼす消費者心理の冷え込みです。コロナの影響が長期化すれば、GDPはマイナス12%成長となるという予測もあります。それは第一次世界大戦後の世界恐慌のような歴史上の危機のレベルです。そうならないためには、政治家が誤ったメッセージを出さないように気をつける必要がある。

WWD:あらゆる業種業界が苦しい中で、アパレル業界の苦しさを世の中に正しく伝え、理解してもらうのはなかなか難しい部分もある。

三浦:行政に窮状を伝える際には、業界を超えた横の比較が大事です。他業界のことしか知らない人にも分かるように事情を伝えていく必要がある。アパレルの窮状について多くの話をうかがいましたが、どこが支援できるポイントなのかは業界と行政とのふれ合いの中で見つけ出していけると思います。ただ、そのふれ合いのとっかかりがないと難しいですよね。世間は、ひょっとするとアパレル小売りに対しては「今までかなり儲けてきただろう」と思っているかもしれない。でも、アパレルは特段利益率が高いわけではない。日本のGDPに占めるアパレル小売りの割合やインバウンドが減ったことでの首都圏・地方別の売り上げ推移などを数値化して、日本経済に与える打撃をイメージしてもらう工夫が必要です。緊急事態宣言が解除されてもアパレルの売り上げが大して戻らないとすれば、失業者も増え、そうなると行政も困るわけです。アパレルはこのところ人手不足で正社員化が進んでいたと聞きます。正社員が解雇されれば日本社会にもっと危機感が広がります。今までは、イメージを重視するあまり「苦しい」「辛い」なんてはしたないから口にしないという文化があったと思いますが、「全社員を雇用し続けるのはこれほどきつい」「このままでは6、7月には整理解雇しないともたない」といった現実をちゃんと発信しないと、行政の側がアパレルの窮状に気付いてくれません。

第二次補正予算の規模が思ったよりも小さいといった報道がされています。でも、声をあげることで物事は変わります。例えば、雇用調整助成金の上限額が8330円から1万5000円に上がりました。8330円では、パート、アルバイトの方しかカバーできません。東日本大震災の後に、補助金の不正受給が大きな問題になりました。日本はドイツなど他国に比べて不正を許さないという文化が強く、不正を抑える仕組みが大事になる。そうなると非常に面倒な書類や手続きが必要になり、結局受給が遅れていく。それでも、声を上げることで政府は失業者をなるべく増やさないように方針を変えました。声を上げることには意味があると感じますよね。

WWD:今後は業界として、普段から政・官との連携を意識するべきなのか。

三浦:行政の側はむしろ業界側の話を聞きたいんだと思うんですよ。今回のように政治家を交えずとも、官僚の方と日ごろから意見交換しておくことは大事だと思います。経産省というのは、規制が主目的というよりも産業振興のためにある官庁です。提案を持っていけば、政府が行っている施策もどんどんよくなる。例えばクールジャパン戦略についても、何か思っていることがあるなら声を届ければ、変わっていくものです。でも、官僚の方はごく少数の例外を除いて、どうしても人脈が限られます。青田さんたちも普段は全く官僚の方とのふれ合いがないとおっしゃっていましたね。だから陳情だけに囚われず、例えば官公庁の方をメンバーに招いて勉強会を開くのもいいし、ビジネスの調子がいい時から日本にはこんなにユニークな企業があるんだということを伝えておく。アパレルは企業の社会的責任や持続可能な開発についてこう考えているんだということなどを、官僚の方も聞きたがると思います。

日本は東京や大阪などの大都市が富の多くを生み出している一方で、地方から選出される地盤の強い政治家ばかりが政界の実力者になっていく社会です。これは民主主義の仕組みとして、ある意味仕方がないこと。その民主主義の感覚が資本主義の感覚とズレているからという理由で交流を怠ると、両方が疑心暗鬼になる可能性があります。自民党を例にとれば、彼らの出身母体には日本青年会議所がある。地方の名門地場産業の後継者が中心で、ファッションを扱っている方は少ないはずです。そうなると、想像力の問題としてどうしてもそちらに手厚い政策となります。だからこそ、資本主義の一翼を担ってきた側として、時折交流しつつ発信していけばいい。

WWD:大手企業を中心とした業界団体はあるが、世界からクールと言われるような中小のアパレル小売りを束ねるような組織はないため、なかなかまとまっていくことは難しい。

三浦:アパレルだからという理由で大きく一括りにされても、業態などによってさまざまな次元の問題があるので、事業者の方は困ると思います。倒産したレナウンの代表者が業界団体(日本アパレル・ファッション産業協会)のトップだったそうですが、それが象徴的だと感じましたね。今後五輪の開催時なども、大規模なショッピングセンターの方などの意見だけ聞いていると、都心の路面店はどうするのか分からない。そこについては、私は街並み単位で考えてもいいのかなと最近思っています。表参道、銀座など、それぞれの通りの商店会ごとに総意として「こうします」と伝えた方が、行政も支援に動きやすいと思います。島田さんや青田さんが、「このままでは表参道がゴーストタウン化してしまう」と危機感を表されていましたね。他の小売りや外食産業の方とも問題意識は共通しています。地域単位で業種を超えて調整していくことが大事かもしれませんね。

立地や業態などに合わせて、どのような問題があるのかを数値化するために情報を出し合い、必要に応じてまとまっていくという意識が大切です。都道府県の知事など政治家の方の発言を見ても、中小企業支援は5000万~1億5000万円規模の融資でなんとかなると捉えていらっしゃる方が多い。地方都市にもファッションが栄えているところがあり、女性が購買しなくなり、アパレルなどの中小企業の力が鈍ったら街並みそのものが消えてしまいます。それは首長として極度に恐れる事態のはずなのに、実態はなかなか知られていない。だからしっかりと自ら発信し、データを出していくことが必要なんです。

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