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パリ在住15年、日本人美容師が始動する「インエイ」プロジェクトとは 能登半島地震で破損した輪島塗を再生

パリとニューヨークに店舗を構えるヘアサロン「デイヴィッド・マレット(DAVID MALLETT)」の梅田雄太ディレクターは、自ら創設者兼クリエイティブ・ディレクターを務めるプロジェクト「インエイ(IN'EI)」を始動した。日本の職人や技術を海外のアーティストと結びつけ、伝統工芸や文化に新たな可能性を生み出すことを目指す。将来的には、建築、食、工芸、アート、おもてなしを融合した「旅館」の創設を構想している。第1弾として、フレグランスオイル“漆”を制作。10月25日まで、パリ8区のショールームで展示会「IN'EI - Act I」を開催している。

日本の技と海外の才能をつなぐ 「旅館」の創設を構想

プロジェクト名は、梅田氏の愛読書の一つである谷崎潤一郎の随筆「陰翳礼讃」に由来する。梅田氏は「美しさは光の中だけにあるのではなく、光と影の間にある。ろうそくの灯りが映し出す漆の表情や、光を和らげる和紙、時の経過によって傷むのではなく深みを増していく道具。『インエイ』は、手仕事や時間の中で変化していく美しさなど、現代が見落としがちなものにもう一度目を向けるためのプロジェクトだ」と語る。

構想の発端は、パリで15年間暮らす中で自身のアイデンティティーについて考えるようになったことだった。「長くフランスで生活していると、少しずつフランスの文化や価値観も自分の中に根付いていく。そうした中で、自分は日本人なのか、フランス人なのか、あるいはそのどちらでもないのか、と考えることがあった」と振り返る。また、海外で紹介される日本文化について、本来の奥深さや美しさが十分に伝わっていないと感じることもあったという。「日本には素晴らしい職人や技術が数多く存在する。一方、フランスをはじめ海外にも、素晴らしいデザイナーやアーティストがいる。それらを結びつけることで、日本の伝統工芸に新しい可能性を生み出せるのではないかと考えるようになった」と話す。

そこで思い描いたのが、海外に日本の「旅館」を作るという構想だ。「世界には温泉の源泉がたくさんあるが、日本人にとってなじみのある『旅館』という文化は、海外ではまだ十分に知られていない。最初から建築として完成させるのではなく、五感を通して少しずつ伝えていきたいと考えた」と説明する。

第1弾はフレグランスオイル フランス人調香師が「漆」を香りに

第1弾に選んだのは、フレグランスオイルだ。「いつか作りたい旅館に漂っている香りをイメージした1編の詩から、開発が始まった」と梅田氏。調香師には、独立系フレグランスアトリエ「マーティン&コレット(MARTINE & COLETTE)」のエマニュエル・グラン(Emmanuelle Grin)を起用した。

梅田氏は、詩と「陰翳礼讃」だけをグラン氏に渡した。「彼女は日本を訪れたことがない。日本を知らないからこそ、独自の解釈が生まれた。大切なのは異なる文化への興味と好奇心。そこから何が生まれるのか、その可能性にワクワクする感覚を共有したい」と話す。

香りでは、「漆」という素材が呼び起こす記憶や風景を表現することを目指した。肌にゆっくりとなじませる所作も含め、一つの体験として設計している。ボトルは、イタリア・ヴェネツィアのムラーノ島の職人が一つずつ吹き上げたもので、詰め替えにも対応する。

能登半島地震で破損した輪島塗を再生 売り上げの一部を復興支援へ

ボトルの蓋には、2024年1月1日の能登半島地震で破損した輪島塗の漆器を採用した。これらの漆器は、一般社団法人能登地震地域復興サポート(のとサポ)によって状態に応じて3つのランクに分類されている。傷のないAランクは地元の人々に無償で提供され、軽い傷のあるBランクは老舗工房・輪島キリモトで修復される。梅田氏は、傷みが激しく、本来であれば廃棄されるCランクの漆器260点を引き取った。その中には、150年以上前に作られたものも含まれる。

漆器は傷や使われてきた痕跡を残したまま、フランスの木工職人が蓋のオブジェに仕立てた。50点限定で、形は全て異なる。アート作品として販売し、価格帯は350〜500ユーロ(約6万1900〜8万8500円)。売り上げの一部は、のとサポに寄付する。

利益を地域に還元 伝統工芸の継承を目指す

構想から発表までの2年間、梅田氏は日本各地を訪れ、職人やアーティスト、ギャラリーのオーナーらと交流してきた。石川県では金沢や輪島を訪れ、伝統工芸を取り巻く現状や能登半島地震の影響について学んだ。輪島では、「職人たちの多くが横のつながりを持たないまま、それぞれ単独で仕事をしているように感じた」という。さらに、「輪島塗は、輪島キリモトの7代目・桐本泰一さんのような一人の職人だけで成り立っているわけではない。周りには多くの職人がいて、工程ごとに分担している」と指摘する。

「インエイ」では、捨てられるはずだったものから新しい価値を生み、その利益を一人のアーティストではなく地域に還元する。「いつか、職人全体に利益が行き渡るようなプロジェクトへ発展させたい。技術と経験を継承していくことが、伝統工芸を守る一つの方法だと考えているから」と展望を語る。

フレグランスオイルのコレクションは3部作で構成し、27年冬〜春に“和紙”、同年夏に“畳”を発表する予定。いずれも、それぞれの素材から着想した蓋のオブジェを用意する。

「良いもの」の背景にある手仕事や時間を伝える

展示会「IN'EI - Act I」の会場となるショールームには、オーストラリアのプロダクトデザイナーであるマーク・ニューソン(Marc Newson)がデザインしたリング状のランプが吊るされている。その下にフレグランスオイルと蓋のオブジェに加え、「インエイ」が2年かけてキュレーションしてきたアート作品を並べた。出展作家はウェイド・ガイトン(Wade Guyton)、シャルロット・ペリアン(Charlotte Perriand)、スティーヴィー・ディックス(Stevie Dix)、ミリアム・カーン(Miriam Cahn)だ。

会場では商品の販売は行わず、公式インスタグラムで予約を受け付ける。“漆”の初回生産は100本で、フレグランスオイル単体の価格は400ユーロ(約7万円)の予定。蓋のオブジェと組み合わせた場合には、750〜900ユーロ(約13万2700〜15万9300円)となる。

梅田氏は、自身の美意識について「幼い頃、祖母から『本当に良いものにお金を使いなさい』と繰り返し教えられてきた。その言葉がずっと心に残っていて、子どもの頃から『本当に良いものとは何なのか』を考え、良いものに触れることを大切にしてきた」と振り返る。「今では、職人が長い時間と手間をかけ、愛情を込めて作り上げたものに自然と心が動く。それは必ずしも高価なものや、有名な作家の作品である必要はない。その背景にある人の思いや、手仕事の痕跡、時間の積み重ねにこそ美しさを感じる。国や時代によって文化や表現方法は全く異なるが、『インエイ』の美意識を通せば、それぞれの個性を生かしながら同じ世界の中で共存できる。それは、将来作りたい旅館の姿にもつながる」と語った。

■IN'EI - Act I
日程:10月19〜25日
住所:5 rue de Marignan, 75008 Paris
>梅田雄太氏のInstagramアカウントはこちら
>「インエイ」のInstagramアカウントはこちら

本文中の円換算レート:1ユーロ=177円

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