2026年、東レは創立100周年を迎えた。1926年、レーヨン糸の生産会社として始まった東レは、ナイロン、ポリエステル、アクリルといった合成繊維をはじめ、時代の要請に応じてさまざまな素材と技術を生み出し、繊維産業の発展とともに歩んできた。衣服は、単に身体を覆うものから、快適性や機能性を備えたものへ。そして現在では、環境負荷や資源循環、テクノロジーとの融合までが求められるようになっている。
各国のコレクションを見てもわかる通り、衣服は文化でありそのデザイン性で人々を魅了してきたが、その歴史を支えてきたのは、目に見えるデザインだけではなく、東レが携わってきたその内側にある「素材」の進化でもあった。では、これから先の100年で、衣服はどこまで変わるのだろうか。身体や環境との関係は、素材のあり方は、そして私たちが衣服を身につけるという行為そのものは、どのようなものになっているのか。
東レが繊維・ファッション業界に
もたらしたもの
その100年の歴史を追う
東レは、100年にわたり繊維産業の発展とともに歩み、素材の可能性を追求してきた。その歩みは、衣服を形づくる繊維の進化にとどまらず、時代ごとのニーズに応える新素材や技術を生み出し、ファッションや生活、さらにはさまざまな産業の変化にも影響を与えてきた。
ここでは、東レの100年間の歴史を抜粋し、業界に与えてきた影響とともに紹介する。
繊維を起点に広がった技術革新の軌跡をたどることで、素材産業がファッションや社会に果たしてきた役割を改めて見つめ直したい。さらに、時代の転換点ごとに生まれた素材や技術が、衣服のあり方やものづくりにどのような変化をもたらしてきたのかにも注目。過去の100年という時間軸から、その足跡を振り返る。
1926年 東洋レーヨン株式会社創立
レーヨン糸の生産からスタート。日本で人造絹糸を国産化し、化学繊維産業の基盤を築く。
1941年 ナイロン6の工業化に成功
独自技術でナイロン6を開発。天然繊維に代わる新しい合成繊維の時代を日本で切り拓く。
1958年 ポリエステル「テトロン®」生産開始
ナイロンに続く主要合成繊維を事業化。後に衣料から産業資材まで幅広く使われるポリエステルの普及を牽引。
1964、67年 絹調ポリエステル「シルック®」発売、ツイッギー来日
絹のような光沢や風合いを合繊で実現。合成繊維を「天然繊維の代用品」から、積極的に選ばれるファッション素材へと変えていく。「シルック」の販促を目的の一つとして英国の人気モデル、ツイッギーを招聘。合成繊維とミニスカートに象徴される新しいファッションを結び付け、社会的な話題を生んだ。
1968年 スエード調人工皮革「エクセーヌ®」の開発・実用化
約0.1デニールの極細繊維を用いた革新的な人工皮革を開発。後のグローバルブランド「ウルトラスエード®」」へとつながる、東レを代表する素材の1つとなる。
1970年 「東洋レーヨン」から「東レ」へ社名変更
レーヨン中心だった企業から、合成繊維や樹脂などへ事業を広げた総合素材企業への転換を象徴。
1980年 「新合繊」ブームを牽引
ピーチスキン、ドライタッチ、膨らみ、光沢など、天然繊維の模倣を超えた質感を追求。日本の合繊テキスタイルを「感性素材」の領域へ押し上げる。
繊維の新たな価値を
創出した80年代以降
1981年 機能性水着素材と水着ファッション文化の発展
透け防止やフィット性向上など、水着素材の高機能化を推進。東レキャンペーンガールとともに、水着ファッション文化の発展を長年支えた。
1983年 初代人工気象室「テクノラマ」設置
衣服が使われる環境を人工的に再現し、快適性や機能性を評価する人工気象室を設置。以降も改良を重ね、2018年には極地の寒冷環境からゲリラ豪雨まで再現可能な「テクノラマGⅢ®」へと進化。
1987年 高性能クリーニングクロス「トレシー®」発売
超極細繊維技術を活用した眼鏡拭きとして誕生。現在は工業用ワイピングクロスとしても展
開し、エレクトロニクスやデータセンター関連分野など幅広い産業を支えている。
2003年 「ヒートテック®」登場
東レと「ユニクロ」の共同開発により、発熱・保温など素材の機能そのものを衣服の価値として一般化。機能性インナーという巨大市場を生み出す。
2013年 バイオマス由来素材「エコディア®」展開
再生可能資源を活用したポリマー開発を推進。持続可能な素材づくりへの挑戦を続け、後に100%植物由来のナイロン繊維「エコディア®N510」の実現へとつながっている。
2016年 複合紡糸技術「ナノデザイン®」を展開
独自の複合紡糸技術「ナノデザイン®」により、ナノレベルで繊維を設計する時代へ。機能性と感性の両立を追求し、新たな価値創出に挑み続けている。
2026年 創立100周年
繊維を起点に、ファッションや産業、社会の可能性を広げてきた。そして今、新たな100年への歩みが始まる。
識者が大胆予想
100年後の衣服と繊維の未来
ファッションデザイナー、テキスタイルデザイナー、研究者、建築家など、それぞれの視点を持つ有識者に「100年後の衣服」を予想してもらった。過去から未来へ。素材と衣服の可能性を考えることで、次の100年を展望する。
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中里唯馬/「ユイマ ナカザト(YUIMA NAKAZATO)」デザイナー
PROFILE:(なかざと・ゆいま)2008年ベルギー・アントワープ王立芸術アカデミー卒業。09年「ユイマ ナカザト」を設立。16年、森英恵以来2人目の日本人としてパリ・オートクチュール公式ゲストデザイナーに選出。アーティストとの協業や舞台衣装など幅広く手掛ける。
PHOTO:YOW TAKAHASHI
100年という時間軸で考えると、今の延長線上にはない衣服になっている可能性が高いと思います。日本では、着物から現在のような洋服に変わるまでに150年ほどの時間があり、その間にはデザインだけでなく、社会の仕組みやライフスタイルそのものの大きな変化がありました。これから100年後にも、今では想像できない変化が起きているはずです。
一つの可能性として、人間の身体そのものが変化することも考えられます。人間は植物や地球から素材を借り、それを身体にまとってきましたが、他の生物は基本的に自分の身体から必要なものを生成しています。人口増加や気候変動を考えると、外から素材を持ってくる仕組みには限界がある。究極的には、身体が再び体毛を生やし、それをデザインするような「自己生成する衣服」が生まれる可能性もあります。
ただ、しばらくは繊維を身体にまとうことが続くでしょう。涼しい、暖かい、肌触りがいいといった機能はすでにかなり進化している。だからこそ、これから大きな進化の余地があるのは「美しさ」です。美しさは定量化できず、文化や価値観によって変わるもの。AIによって機能的な問題が解決されるほど、こうした情緒的な価値が重要になるのではないでしょうか。
衣服も「買うもの」から、自分でつくるものに戻っていくかもしれない。色をつけたり絵を描いたり、瞬時に色を抜いて描き直せるテキスタイルがあれば、一カ月かけて布をつくり、大切な人との一度の食事のために着る。そんな行為を最先端の繊維が支える未来を想像します。
衣服は身体を守るだけでなく、自分が何者なのかを伝えるコミュニケーションツールでもあります。100年後は、流行や技術よりも、そこにどれだけ自分の熱量や思想を込めたかが価値になるかもしれない。最先端のマテリアルと一人のデザイナーの思想が結びつき、時代の価値観を変えるようなイノベーションが生まれていてほしいです。
須藤玲子/テキスタイルデザイナー
PROFILE:(すどう・れいこ)1984年、「NUNO」設立に参画し、現在もデザインディレクターを務める。日本各地の職人や工場と協働し、伝統の染織技術と先端技術を融合した布づくりで知られる。作品はメトロポリタン美術館やV&Aなどに収蔵。
PHOTO:MASAYUKI HAYASHI
私にとってテキスタイルとは、人と世界を優しく包む「第二の皮膚」のような存在です。衣服の素材というだけでなく、身体と環境をつなぎ、人と世界の心地よい関係をつくるインターフェースであり、終わりのない実験場でもあります。
日本語では服を着ることを「着用」、薬を飲むことを「服用」と書きます。古代には、生薬となる植物で布を染め、その力を身にまとうことで身体を守っていました。衣服はもともと、心身を慈しむ「プロテクション」だったのです。だから私は、服を装飾や流行だけでなく、身体の機能を拡張し、環境と関わるためのデザインとして捉えています。
100年後には、体温や脈拍、心の揺らぎに反応し、空気の流れや質感を自律的に整えながら、心身をケアするテキスタイルが生まれているかもしれません。衣服をリサイクルボックスに入れれば、複合繊維まで分子レベルで分離され、再び素材へ戻る。家庭では、その素材から3Dプリンターで、その日の自分に合った服をつくる。そんな循環が当たり前になっていてほしいと思います。
ただ、技術が進んでもファッションやクリエーションはなくならないでしょう。「これを着たい」と胸が高鳴る感覚、生きる喜びを生み出すのは、いつの時代もモードやスタイルです。布が風をはらむリズムや擦れる音、視覚や触覚を満たす刺激など、五感を揺さぶる力は未来において一層重要になると思います。
機能素材の進化も、着物や仕立ての良いジャケットといった伝統を消すものではありません。美しいシルエットや手仕事を受け継ぎながら、素材が身体を守り、心を整える。古代の「着用=服用」を未来の技術で再解釈した「着る処方箋」が生まれるかもしれません。先端技術と人の手の温もり、そして循環が共存する、より美しく倫理的なカルチャーになってほしいと願っています。
永山祐子/一級建築士
PROFILE:(ながやま・ゆうこ)1975年東京都生まれ。98年昭和女子大学卒業後、青木淳建築計画事務所を経て、02年永山祐子建築設計を設立。商業施設、文化施設、住宅、パビリオンなどを幅広く手掛ける。「東急歌舞伎町タワー」「JINSPARK 前橋」などが代表作。25年大阪・関西万博では「ウーマンズ パビリオン」「ノモの国」を手掛けた。
私にとって服は、自分の気持ちを表現する大切なツールであると同時に、自分を守り、奮い立たせてくれるものです。単に身体を覆うものではなく、自分自身の状態や気持ち、そして外の環境との関係をつくるものなのだと感じています。
100年後の服は、新しい素材によって今より多くの機能を持ちながら、より自由な表現ができるようになるのではないでしょうか。それは建築にも同じことが言えます。ライフスタイ
ルの変化に、新素材やデジタルテクノロジーが加わることで、高い機能性と自由な表現が両立していくと思います。
東レの繊維技術の中でも、建築との関係で「膜」はとても重要です。私はこれまで膜建築を多く手掛けてきましたが、膜屋根は高い機能を持ちながら軽量につくることができ、建物本体の負荷を減らすだけでなく、運搬などに必要なエネルギーの削減にもつながります。素材の進化が、建築の構造やつくり方そのものを変える可能性は大きく広がっています。
服と建築には、身体を包むという共通点があります。建築も衣服のように、身体に合わせて形状を変えたり、周囲の環境に柔軟に対応したりできたら面白い。固定されたものではなく、人や環境に呼応して変化する建築です。
現在、建築材料は木、鉄、コンクリートが主流で、構造を根本から変える革新的な材料はまだそれほど登場していません。だからこそ、これからの100年では新しい素材に期待しています。
100年後には、新素材やテクノロジーによって、建築も服のように、環境や身体との関係の中で柔軟に変化できるものになっていてほしい。高い性能を持ちながら、より軽やかな構造物をつくることが、未来の建築の一つの可能性だと考えます。
森永邦彦/「アンリアレイジ(ANREALAGE)」デザイナー
PROFILE:(もりなが・くにひこ)1980年東京都国立市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。03年「アンリアレイジ」として活動開始。05年東京コレクション、14年パリコレクションに進出。19年「LVMH PRIZE」ファイナリスト、毎日ファッション大賞受賞。23、25年にはビヨンセのワールドツアー衣装を手掛けた。
100年後の衣服を考えると、あらゆる境界がなくなっていくとまず想像しました。春夏と秋冬、サイズ、トップスとボトムス、インナーとアウターといった境界がなくなり、1着の服が環境や身体の変化に対応するようになる。その先では、服はハードウエアとして変わらないまま、デザインをソフトウエアやアプリケーションのようにダウンロード、アップデートできる仕組みになるかもしれません。リアルとバーチャルの境界もなくなり、画面や空間の中だけで着る服も、物理的な服と同じ価値で扱われるようになるでしょう。
また、100年後に人間が今と同じ身体なのかも分かりません。ヒューマノイドが日常にいれば、汗や体温のない身体のための服が必要になる。香水のように形を伴わないものもファッ
ションですが、将来は光や温度を身にまとうこともファッションになるのではないでしょうか。
衣服と繊維開発の関係も、これまで以上に近くなるでしょう。この100年、レーヨン、ナイロン、ポリエステル、極細繊維によるスエードなど、素材の進化が新しい服を生み出してきました。今はその順番も変わりつつあります。僕自身、光で色が変わる服をつくった際には、染色工場と色素の段階から一緒に試しました。一本の繊維をナノ単位で設計できる今、できあがった布から選ぶのではなく、糸の設計からデザインを考えられる。これからの繊維には、デザインの受け皿になることが求められます。
流行も変わるでしょう。半年ごとだった流行は、一カ月、さらに一日単位まで短くなる。一方で、それを受け止める物理的な服は長く着られるものだけが残る。流行は、短くなる側と長くなる側に分かれてそれぞれの道をたどります。
だからこそ、100年後のデザイナーとして私は、有限な服をつくりたい。買った日から育ち、100日後に柄が現れ、1000日後に色が変わり、やがて白に戻って終わる。あと何回しか着られないことが分かる服です。
東レは100年かけて、壊れない糸をつくってきました。次の100年に必要なのは、終わり方を設計できる糸だと思います。いつ、どのように変わり、いつ消えるのかを決められる繊維。そのような服を実現する糸を繊維メーカーと一緒につくることが、100年後のデザイナーの仕事となるのではないでしょうか。
宮田裕章/データサイエンス研究者
PROFILE:(みやた・ひろあき)1978年生まれ。東京大学大学院医学系研究科修了。保健学博士。東京大学大学院教授などを経て、15年から慶應義塾大学医学部教授。20年から大阪大学医学部招へい教授。著書に「共鳴する未来」「データ立国論」など。
私にとって服は、まだ言葉にならない自分と世界との関係を、その日ごとに身体の上で編み直すものです。世界に開くことも、閉じることも、自分を守ることも、時には抗うこともできる。服は内と外を隔てる壁ではなく、その距離を選ぶ、最も身近な境界です。
祭りの半纏や推し色のように、服は「私はここにいる」「あなたと関係を結べるかもしれない」と伝え、人と人を結びます。100年後には、互いに望んだ時だけ、関心や「今日は話しかけてよい」という気配が装いに現れるかもしれない。重要なのは固定した意味ではなく、色やモチーフを共有できる「文法」です。選べる、脱げる、読まれない、つながらない自由が、自身の管理との分水嶺になります。
自然との関係も同じです。未来の快適さとは、気候を感じなくなることではなく、守られながら世界をより深く感じること。服が日差しや熱、寒さを和らげながら、光を色へ、風を布の揺らぎへ変える。そんな身体と環境の関係をつくる服があってもいいと思います。
AIの役割は、距離の選択を代行することではなく、選択肢を増やすことです。AIは一人ひとりの差異を扱える一方、過去の履歴から「あなたらしさ」を決めつけることもできる。だからこそ、選択肢を広げながら、その人が変わる余白を残すことが重要です。
体温や発汗、心拍に応答する服も、身体を採点するのではなく、その人自身の変化に気づき、必要な時だけケアや医療につなぐべきでしょう。何を読み、誰に伝え、いつ消すかは着る人が決める。身体に最も近い服だからこそ、本人の主権が必要です。
生産も、「売れる量を予測して大量につくる」ことから、「必要な一着を、必要な時と場所でつくる」ことへ移るでしょう。修理し、ほどき、次の素材へ戻す。素材は有限でも、形は無限です。
AIが形を無限に生むほど、デザインの核心は「どの未来を街に歩かせるか」という選択へ移ります。可能性を、身体が生きられる現実へ変えるのが素材です。デザイナーは形の作者か
ら、身体、社会、自然の関係を編み、その結果を引き受ける人へ変わるのではないでしょうか。
うひじ/イラストレーター
PROFILE:イラストレーター、漫画家。キャラクターの実在性をテーマに、何気ない日常の一コマからファッションイラストまで幅広く描く。『東京ファッションスケッチ イラスト&コミック集』(KADOKAWA)発売中。
様々な業界の有識者、著名人に「100年後の衣服」を聞いてその想像を膨らませる本特集だが、やはり見られるなら絵として見てみたい。ということで、「東京ファッションスケッチ イラスト&コミック集」や「装苑」などでイラストを手がけているうひじさんに、100年後の衣服をイメージしてもらった。
うひじ:着る人の意のままにふくらんだり、しぼんだりする繊維の服が開発されていたりして……なんてことを第一に考えました。夏は涼しく冬は暖かい、通年着られるアウターがあったらいいなと思います。
東レの歴史を実際に体感できる
100周年繊維総合展が開催
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ここまで東レの歴史を振り返り、その意義や繊維・ファッション業界にもたらしたものを知り、そして識者と共にこれからの100年を予想してきた。記事を読んだ読者にも、実際の目で東レの歩みを見てほしい。東レは素材・技術・製品の歩みを紹介する、業界関係者向け展示商談会「東レ100周年繊維総合展」を開催する。本展示会は、一般社団法人日本ファッション・ウィーク推進機構(JFWO)主催の「TOKYO TEXTILE SCOPE(TTS)」会場内で開催。東レ素材と気鋭4ブランドのコラボレーションも見ることができる。来場には事前登録が必要。なお、11月には創立100周年企画展「WONDER!?展」の開催も予定している。
日時: 2026年10月14(水)、15日(木)10:00〜18:00、16日(金)10:00〜16:00
会場: 東京都立産業貿易センター浜松町館 5F TOKYO TEXTILE SCOPE(TTS)展内
住所:東京都港区海岸1-7-1 東京ポートシティ竹芝
TOP DESIGN:TAKAYUKI MIYATA
東レ 繊維事業本部 繊維ブランド推進室