フォーカス

ファッション教育、研究、批評の現在 「vanitas No.006」

 ファッション批評誌「ヴァニタス(vanitas)」の最新号が先日発売された。蘆田裕史・京都精華大学准教授と水野大二郎・京都工芸繊維大学特任教授が責任編集を務める同誌は、ファッション批評理論の構築を目的として、毎号特集企画のほかに各分野の専門家へのインタビューをはじめ、論文やエッセイ、海外のファッション研究機関・展覧会の紹介などを掲載している。最新号の特集テーマは、「ファッションの教育・研究・批評」。ファッション教育、研究、批評が置かれている現在地をあらためて確認し、今後の可能性を模索する。

 同時期に発売された「表象13 : ファッション批評の可能性」(表象文化論学会・編、月曜社、2019)では、蘆田准教授も参加する共同討議「ファッション批評は可能か?」などが掲載されている。討議内容も“ファッション”の字義を確認する段階からはじまり、映画批評など周辺分野の実践を参考にファション批評への応用を検討するなど、ファッション批評の現状を整理した内容になっているため、こちらも併せて読まれることをお勧めしたい。

 「そもそもファッションとは何か」「『ファッション』という言葉は、捉え方もさまざまで、定義も一つではない」など、“ファッション”“モード”の字義の確認から入る書籍が多く存在する。編集部がSNS上のアンケートで質問を募集した際も、「“モード”とは簡単に言えばなに?」という疑問が寄せられるなど、必ずしもその意味は一定ではない。それがファッション批評の確立を妨げている要因の一つではあるが、討議の司会を務めた門林岳史・関西大学文学部准教授の指摘にある通り、その共有されていない状況こそファッション批評が持つ可能性と言えるのかもしれない。

 「ヴァニタス」にインタビューが収録されている新井茂晃がオンライン上で連載している「アフェクトゥス(AFFECTUS)」は、ファッション批評の実践の一つだ。ファッションについて読みたい人、書きたい人が少なくないと新井が指摘している通り、SNSなどでファッションについて論じる人は一定数いる。

 「ファッション論はジャンルとしてまだ新しく、まっさらというと言い過ぎかもしれないけれど、一から議論を打ち立てて行くことができると思うんですね」(「表象13」p.44)と蘆田准教授はコメントしているが、理論の構築と同時に、「アフェクトゥス」のような実践がより多く見られるようになれば、そこからファッション批評が発展するきっかけが生まれるのではないだろうか。

 「洋裁文化と日本のファッション」(青弓社、2017)の著者である井上雅人・武庫川女子大学准教授へのインタビューでは、戦前の洋裁学校教育などから続く国内のファッション教育の特徴を時代ごとに確認し、今後のファッション教育に求められる要素を明らかにした。インタビュー中でも指摘されているが、既存のファッション教育の現場は、情報技術や社会・環境問題などといった近年話題となっている課題に対応しうるものであるとは言い難い。文部科学省認可のもと、国際ファッション専門職大学が開校するなど状況の改善に向けた動きは見られるが、それで十分というわけではない。

 現状を受けて、公的な教育機関外のファッション教育が盛んに行われている。例として、昨年開校10周年を迎えた山縣良和「リトゥンアフターワーズ(WRITTENAFTERWARDS)」デザイナーが主宰する「ここのがっこう」を筆頭に、坂部三樹郎「ミキオサカベ(MIKIO SAKABE)」デザイナーが今年5月に立ち上げた「ミー(me)」、宮浦晋哉・糸編代表が運営する国内繊維産業について基礎から学ぶ「産地の学校」、日本初のファッションテック養成学校をうたう「東京ファッションテクノロジーラボ(Tokyo Fashion Technology Lab)」、ファッション関連の編集者を育成する「編集のがっこう」、伊藤忠ファッションシステムとifs未来研究所が運営する「カタヤブル学校」、ファッション関連イベントを企画運営するファッション スタディーズ(FASHION STUDIES)による連続講座などが挙げられる。

 それぞれ特定のカテゴリーに特化したプログラムを展開しているのが特徴で、どれも既存の教育制度では対応しきれない領域を補うかたちになっている。「ヴァニタス」でも取り上げらている、デジタルファブリケーションの技術を応用した新しいファッションデザインを模索するオンラインプログラム「ファブリカデミー(Fabricademy)」もその事例の一つだろう。

 「ファブリカデミー」の運営に携わるデジタルファブリケーションの専門家、セシリア・ラスパンティ(Cecilia Raspanti)は「ヴァニタス」で、極端に分断された専門知を越境・統合する学際的アプローチの必要性を語っている。これはファッションの研究に限った話ではなく、ビジネスの領域でも「間をつなぐ人材」が必要であるということは、ファッション業界人を招いた座談会を通して浮き彫りになった。ファッションを取り巻くそれぞれの現場で、各分野の専門性を高めながら、同時にそれを超えて異分野へと接続させるプレーヤーが求められている。困難な要求ではあるが、閉塞するファッション研究、ファッション業界を更新するためには、まさに超えなくてはならない障壁なのだろう。

 「ヴァニタス」では、H&Mファウンデーション(H&M Foundation)が主催する「第4回グローバル・チェンジ・アワード(Global Change Award)」でアーリーバード特別賞を受賞したシンフラックス(Synflux)のメンバーで、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科エクスデザインプログラム後期博士課程の川崎和也や、ZOZO研究所に所属する東京大学大学院学際情報学府博士課程の藤嶋陽子ら、30歳前後の若手ファッション研究家による論文やエッセイも掲載している。

 また、デザインガイドやファッション史、ファッションセオリー、作家論など10のカテゴリーで選出されたファッション関連書籍のブックガイドも収録されている。中には未邦訳の書籍も少なくないが、今後の国内のファッション研究を発展させる一助になると思われる。

 昨年、過去の研究者による人文学的実践を紹介した「ファッションと哲学 ― 16人の思想家から学ぶファッション論入門」(アニェス・ロカモラ、アネケ・スメリク・編、蘆田裕史・監訳、フィルムアート社、2018)が出版されるなど、ファッション研究の土壌整備が進んでいる。「ヴァニタス」に収録されたブックガイドや論文、「ファッションと哲学」などを端緒に、国内のファッション研究が盛んになることを願いたい。
 
 「ヴァニタス」は、アダチプレスの公式オンラインストアや代官山蔦屋書店、青山ブックセンター本店など一部書店でも取り扱われている。現在、学問とビジネスの現場は大きく分断されてしまっているが、どちらもファッションを対象にしている点には変わりはない。ファッション業界で働く人にとっても、得るところは多いのではないだろうか。

秋吉成紀(あきよしなるき):1994年生まれ。2018年1月から「WWDジャパン」でアルバイト中。