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ドラフト会議の後に読みたくなる記事
熱かったですねー、昨日行われた「プロ野球ドラフト会議2023」。ドラフト会議とは、プロ野球の各球団が、プロ入りを希望する高校生・大学生・社会人の中から、入団してほしい選手を指名するというイベントです。指名が競合した場合はクジ引き。球団の代表者(多くは監督)が中身の見えない封筒を選び、中にハンコが押された封筒を引き当てた球団が、選手との交渉権を獲得します。今回、日本ハムの新庄剛志監督は「ハンコの厚み0.02mmを感じた」として、封筒を開封しないというパフォーマンスで会場を沸かせました(結果的にハズレでしたが)。
各球団からドラフト1位で指名された選手は、マスコミからの注目度も高く、輝かしい活躍が期待されます。しかし私が毎年注目しているのは、ドラフト下位指名の選手。上位で指名されなかった悔しさをバネに奮起する選手も多く、有名どころでは天才バッターのイチロー選手や、3年連続投手4冠の山本由伸選手も下位指名(ともに4位)だったのです。
下位指名とはいえ、彼らはプロ入りが確実視される選手。全国でトップクラスの選手たちであることは間違いありません。一方で、学生時代をスポーツに捧げ、トップクラスにまで登り詰めたけれども、プロ入りせずに(引退して)他の道に進む選手も数多くいます。今回ピックアップした記事では、学生時代に“スポーツガチ勢”だったけれども、現在はファッション業界で活躍している業界人にスポットを当てています。引退理由や「ファッション業界で役に立ったワザ」にまで突っ込んだ“熱い”内容になっているので要注目です。
あの頃があって今がある! “スポーツマン”業界人の栄光への架橋

体を動かすのが心地いい季節。そう、秋といえば「スポーツ」です。皆さんは、スポーツといえば何を思い浮かべますか?僕はテニス。というのも中学時代はソフトテニス部のガチ勢でした。その後、ブランク20年以上……。だけど、当時鍛えた強靭なメンタルで、今もなんとか業界で生き残っています。そんな人はいないかな?と探したところ、9人の元スポーツガチ勢を見つけました。というわけで、いくつもの日々を越えて辿り着いたファッション・ビューティ業界――その栄光の架橋を聞きます。(この記事は「WWDJAPAN」2023年10月23日号からの抜粋で、無料会員登録で最後まで読めます。会員でない方は下の「0円」のボタンを押してください)
ファッション、ゲーム、音楽界を突く
世界を知る元フェンシング王者
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須田貴行/自営業、プレス・ディレクター
Q.スポーツ経験と特筆すべき成績。
フェンシング。全国高等学校総合体育大会(インターハイ)優勝、JOCジュニアオリンピックカップ優勝、U-17、U-20日本代表(世界大会出場)、全日本学生選手権大会(インカレ)団体優勝、アテネオリンピック強化指定選手。
Q.当時の印象的なエピソードを教えてください。
マイナー競技なので、よく始めたきっかけを聞かれるのですが、父親がフェンシングの元全日本チャンピオンで日本代表でした。なので小学校4年生から半ば強制的にやらされていて全然楽しくなかったのですが、ある日「試合に勝ったらゲームボーイのソフトを買ってあげる」と言われ、ソフト欲しさにめちゃくちゃ真剣に練習するようになりました(笑)。その後、どんな試合でも優勝したらゲームソフトを買ってもらえるようになり、沢山試合に出場し経験を積んで気づいたら小学校6年生の時に全国大会優勝できるくらい強くなってました。全国大会優勝は市や県大会に比べて周囲の反響が大きく、勝つことの楽しさや喜びを心から味わいました。その後、中学、高校、大学までトータル13年間フェンシング競技を続けました。
Q.引退理由。
大学3年生のときにナショナルチーム((日本代表)の選考大会で負けてオリンピックの切符を失ってしまい、周りが丁度就職活動中で5年後の次のオリンピックを目指すか就職するかの選択を迫られました。将来的にフェンシング部のある高校で教師をしながら競技を続けようと思っていたので教職単位も取っていたのですが、帰省した際に父親に相談したら「もう十分だから好きな事すれば?」と言ってくれて、新しい道へ進む事を決意しました。
Q.スポーツで得たもの、よかったと思うこと。
生きている内に”日本一”に慣れた事ですね。「なんでも日本一になる事はすごいよ」とNIGO®さんに言われたときは本当に嬉しかったです。
Q.ファッション業界で役に立ったワザは?
体育会の規律が厳しかったので、挨拶や時間、ルール(約束)を守るなど基本的な礼儀が出来たことですかね。あとは、上司や先輩の機嫌を察する早さとか(笑)。
Q.当時の自分へのメッセージ。
大好きなスポーツ、ファッション、ゲーム、音楽が全て仕事に繋がります。周りに流されず、自分の好きな事をそのまま夢中で行い、家族、友達を大切にしてください。
伝統のヘアスタイル“藤村カット”で
新体操からファッションにバトンを繋ぐ
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河原井美幸/会社員
Q.スポーツ経験と特筆すべき成績。
新体操。インターハイ準優勝、国民体育大会3位入賞、全日本選手権5位入賞
Q.当時の印象的なエピソードを教えてください。
3歳から中学3年までは地元のクラブチーム。高校は新体操で有名な藤村女子高校の新体操部でキャプテンをしていました。藤村の歴代続く謎の伝統はショートカットで、通称“藤村カット”と呼ばれていました。新体操とショートカットの関係性がハテナ???のまま。あれだけは未だに謎です。
Q.引退理由。
競技人生が短いスポーツでもあり、高校3年までと決めていました。それと、高校まで新体操一色だったこともあり、一般的な学生ライフを送れるのも大学が最後だなと思っていたので。高校で燃え尽きていい選択でした!
Q.スポーツで得たもの、よかったと思うこと。
私の人柄全てを作り上げたといっても過言ではないです。素で体育会気質、チームワークや協調性、上下関係、礼儀、時間やルール、場のノリ、タフさなどなど。また、勝負の世界を経験できたこと、挫折を乗り越えた経験は大きいです。そのお陰か、自分よりも歳上の先輩方から、無条件に気に入ってもらえることも多いな〜と思います。
Q.ファッション業界で役に立ったワザは?
必殺体育会気質。ファッション業界とスポーツの世界、このチャキチャキ感はイコールでした(笑)。
Q.当時の自分へのメッセージ。
飽きっぽい私が唯一続いた新体操。そしてファッション。社会人になって褒められることが沢山あるよ〜ありがとう!と、当時頑張る自分を励ましたいです。
ベイクル山笑ふで働く元力士
新しい挑戦、出合いにハッキヨイ
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資生堂が中国形成外科の権威、上海第九人民医院とパートナーシップ契約 メディカルビューティ領域の開発推進

資生堂は、中国の形成外科領域の権威である上海第九人民医院(以下、上海九院)とパートナーシップを締結する。同社の中期経営戦略「SHIFT 2025 and Beyond」における中国地域の主要な戦略の一つ「新領域開発」の実現に向けた一環で、メディカルビューティ領域の開発を目指す。
上海九院は中国で最高レベルに分類される病院。同院の形成外科部門は中国で唯一の形成外科の学術機関で、中国最大の形成外科教育研究センターでもある。上海九院の先進的なメディカルビューティー技術や豊富な臨床経験と、資生堂の最先端の肌研究の知見を融合し、より革新的な商品とサービスを提供する。
同社は、中国でのイノベーションを加速するため、2019年に新たな価値創造と新規事業開発の推進拠点として「中国事業創新投資室」を設立。20年に研究開発の拠点を設けた。21年には新興企業に投資する「資悦ファンド」を設立し、22年に第1号の投資案件として、医療および化粧品向け遺伝子組換えコラーゲンの製造・販売会社、江蘇創健医療科技有限公司に投資した。今後も中国消費者のニーズに合わせた商品とサービスをタイムリーに提供することを目指すほか、現地パートナーとの連携により中国市場でのプレセンスをさらに高めていく。
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「WWDJAPAN」12月22日&29日合併号は、創業90周年を迎えた吉田カバン総力特集です。「ポーター(PORTER)」「ラゲッジレーベル(LUGGAGE LABEL)」「POTR」の3ブランドを擁し、日本を代表するカバンメーカー・吉田のモノ作りに迫ります。日本が誇る伝統技術を持つカバン職人たちと深い関係を築きながら、最先端の技術・素材を使い名だたるデザイナーズブランドとコラボレーションする相反した性質はどんな文脈から生まれているのでしょうか。
