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ナイキ傘下「RTFKT」唯一の日本人・アサギ東京 目指すのは“インフラのようなエンタメ”

2021年にナイキに買収された「アーティファクト(以下、RTFKT)」は、ファッション関係のNFTを手がける今最注目のデジタルブランドだ。中でも人気のプロジェクト「クローン X(CLONE X)」はクローン化した人間をテーマにしており、クローンの目や口、服などがランダムに組み合わされ、その組み合わせにより希少価値が異なる。

4月30日には村上隆が主催するGEISAIに連動して「RTFKT」もエキシビションを行ない、フィジカルスニーカー“RTFKT x Nike Air Force 1”を発表した。このスニーカーのプロモーションとして新宿駅前には圧巻の3D映像が仕掛けられ、渋谷の街中にはARが起動するポスターが貼られるなどトリッキーな取り組みを行い、まだWeb3.0を知らない人々の興味、関心を煽ったのだ。そしてこれらを手がけた1人が、「RTFKT」チーム唯一の日本人メンバーであるアサギ東京(Asagi)だ。 GEISAIを終えたばかりの5月2日にアサギ氏への取材を実施し、彼が考えるデジタルコンテンツの未来について聞いた。

WWD:ARに初めて触れたのはいつ頃?

アサギ東京(以下、アサギ):二十歳くらいの頃、大学の授業でプログラミングに触れる機会があって。当時メディアアートやデジタルアート、特にインタラクティブ(双方向性)なコンテンツーー例えば、人が動いたらそれに応じてビジュアルも変わる、みたいな作品に興味がありました。だから今もARだけではなくデジタルアート全般に興味があるし、そういった制作も行います。ARに関しては、スマホアプリでリアルタイムにARが出てくるという仕組みが、当時はすごく新しかったので面白みを感じてハマりました。

WWD:これまでに一番衝撃を受けたデジタルアートは?

アサギ:「ボーダー(border)」という、ライゾマティクス(Rhizomatiks)が作っている作品です。MRデバイスを着用した体験者にはリアルとVRの映像が両方が見えていると同時に、体験者の見ている向きと位置は全てトラッキングされています。だからリアルなオブジェクトに対し、CGもリアルタイムで位置がズレることなく表示できる。約8年前に体験したものですが、今まで体験したものの中で一番というくらい衝撃を受けました。「今見ているバーチャル映像が現実なのかも」と分からなくなり、リアルとバーチャルの区別がつかなくなってしまう。幻覚を見ているような体験でした。度肝を抜かれましたね。

WWD:制作に関わるインスピレーションはどのように得ている?

アサギ:大きく分けて2つあります。1つは日常から得られる現実的なもの。ARやCGでリアルな表現をしたいと思った時は、リアルなものを見るべきだからです。例えば今“葉が風で揺らいでいる”という光景を見たときに「どうやったら数学やプログラミングで再現できるか」と考える。植物は日に当たる様に葉を伸ばすので、上から見ると葉が重ならないように育っているんです。そういった自然現象からアルゴリズムのヒントが得られます。

2つ目は非現実的なこと。現実世界では起こり得ないストーリーの映画を見たり、ピンタレストでコラージュ作品を見たりしてARで再現できるか考える。映画はクリストファー・ノーラン(Christopher Nolan)監督の作品の概念が面白くて、「インセプション(Inception)」と「テネット(TENET)」が特に好きです。

コラージュはほとんどフォトショップやイラストレーターなどのソフトを使っていて、出来上がるのはほぼ静止画か動画。ARは静止画でも動画でもないので、コラージュ作品を見て「今ある技術を使ってARで体験できるとしたらどういう表現になるだろう」とインスピレーションの源にすることもあります。

僕はあまりリアルすぎるものを作りたくないんです。ARでリアルなものを再現した作品って結構多いのですが、リアルに寄れば寄るほどリアルだし「もはやARである意味がなくなってしまうのでは」と感じます。家具シミュレーションのようなユーティリティとしての観点では良いとは思いますが、やはり「リアルタイムでありながら非現実的なものをARで再現したい」というのが僕の制作の根本にありますね。

WWD:「RTFKT」唯一の日本人メンバーだが、加入した経緯とは?

アサギ:コレクティブNFTが流行り出した頃、勉強のために色々なディスコードに入っていたんですけど、なぜか「RTFKT」だけバンされてて入れなくて。共同創業者のブノワ(Benoit Pagott)が元々僕のARを見てフォローしてくれていたので直接DMでやりとりをして、その流れで「RTFKT」に入ることになりました。

「RTFKT」は、やっていることが単純に面白いし、集まっている人が魅力的。集団でありながら、ある意味個々が独立している感じが好きです。時代に合わせたピボットがうまくてNFT領域に入るのも早かったし、著名人とのコラボのやり方も戦略として良かった。デジタルファッションブランドとして素直にかっこいいと思っています。

WWD:「RTFKT」内ではどんなポジション?

アサギ:肩書きは一応“AR Freak”となっていますが、簡単に言うと“ARオタク”“何でも屋”って感じかなと個人的には捉えています。僕自身、正直あまり肩書きに興味はないし「RTFKT」には、いわゆる組織図みたいなものが存在しない。“〇〇担当”“〇〇部長”とかがなくて、すごくフラットな横のつながりです。「RTFKT」での仕事は、何かプロジェクトが始まる時にそれに見合ったメンバーがピックされるような感じで、基本的には「やるべきことをやっていれば自由」というスタンス。今はGEISAIも終わり少し落ち着いたので、「RTFKT」のリソースと自分の興味を組み合わせて何か面白いことができないかを考えています。

WWD:「RTFKT」のプロジェクト「クローン X」の魅力とは?

アサギ:「クローン X」はアバターを作ったということが面白いと思います。ブランドの服を買ったとしても、購入したアイテムとの関わりーーつまり当事者意識は低い。あくまで消費者としての観点が強いですよね。でも「クローン X」はアバターを最初に出したから、アイデンティティーと愛着心、そして当事者意識や帰属意識を生んだ。そこからシューズなどのアイテムが展開されていったのが面白い流れだったと思います。

デジタル領域でモラルがなくなりがちなのはきっと、個々のアカウントが実際に存在している自分と紐づいていないから。ツイッターでは裏アカを使って人を叩く人が多いし、メタバース空間でも痴漢やナンパが起きたりするーーそれをリアル空間でやるかというと、しない人の方が多いと思います。つまりは自分自身とアカウントが紐づいていないからそれが出来てしまうんです。もしモラルを求めるのであれば、その2つを紐づけなければいけない。そういった意味でもアイデンティティーがあるのは面白いです。

WWD:今後の「RTFKT」の取り組みとして、期待・注目していることは?

アサギ:正直、長期的な計画を僕たちが聞かされることはほぼないのでなんとも言えません。共同創業者達の間で細かな話はたくさんあると思いますが、「RTFKT」の今後についてはあまり聞かされないし、良い意味で期待していない。期待ばかりしていたらコミュニティーとしてよくないし、僕はあくまでクリエイターとして、自分の思想に基づいてやるべきことをやるだけ。それが「RTFKT」の考え方の延長線上に乗っているように感じています。

結果的には集まっている人たちのワークスタイルや思想が似ているんだと思います。クリエイターそれぞれが良い意味で「RTFKT」に依存していないし、必要以上の興味を持っていない。それでも根本的な部分が似ているから、お互いの考えが自然と共有できているような感じです。

WWD:最近自身が行なった取り組みで、やりがいを感じたのは?

アサギ:昨年末の「クローン X トーキョー(Clone X Tokyo)」のイベントで発表した「リアルタイム3Dプロジェクト」です。「RTFKT」の仕事とは関係なく、コミュニティーメンバー数人と一緒に有志で行いました。「クローン X」がプリントされたカードを魔法陣のようなところに置くとクローンが現れ、クローンのDNAや所有者の名前、ID、トレイツ(クローンのシャツや髪型などのプロパティ)などの情報も表示されるようになっています。このカード自体にNFCタグが入っていて、スマホで読み込むとNFTマーケットプレイス「オープンシー」上の自分のクローンのリンクに飛ぶ仕組み。裏面にはツイッターのQRコードも貼っています。

事前に申し込んでくれた人それぞれのクローンに応じたカードを作って、イベント当日にギフトしました。全部で150枚くらいかな?全てを作り終えるには1カ月くらいかかりましたが、結構いい反響が得られたと思います。

WWD:デジタル技術を活用した面白い取り組みをしていると感じるファッションブランドは?

アサギ:「アンリアレイジ(ANREALAGE)」はいつも先進的だなと思います。メタバースファッションウィークにも日本唯一のファッションブランドとして参加していましたね。ファッションショーもライゾマティクスと組んだりして、毎回面白いことをやっている印象です。「アンブッシュ(AMBUSH)」もメタバース空間「アンブッシュ シルバーファクトリー(AMBUSH SILVER FACTORY)」をリリースしていますが、本当にクオリティが高く、モバイルでサクサク動くので是非みなさんに試して欲しいです。ちなみに「アンブッシュ」を手掛けるバーバル(VERBAL)さんは腰が低く、テックギークで本当に素晴らしい人。もはや個人的なファンです(笑)。

WWD:ファッション&ビューティー業界に活かせるデジタル技術やアイデアは?

アサギ:バーチャルモデルのイマ(imma)やリア(Ria)が所属する、アウ(Aww)が先月、リアのLoRAファイルを無料配布しました。このファイルを活用すればプロンプト(テキストによる指示)だけで誰でもリアが作れ、商用利用もできる。最近こういったジェネラティブ(生成系)AIが話題で、僕も注目しています。音に関してはニュージーンズ(NewJeans)の「OMG」を歌ったAIによるドレイク(Drake)のフェイク音源等が問題になったりしていますが、最近アーティストのグライムス(Grimes)が音源の使用に関するツイートをしたのも話題になりました。実際にどのように機能するかはまだ分かりませんが、グライムスの声を自由に使って良い代わりに、それで得た収益の50%をレベニュー(報酬)シェアという形で還元するというやり方は面白い。個人的にはその基盤としてNFTが浸透するとより良い未来になったりするのかなと思っています。

そしてファッションブランドでも同じことができたら、ユニークな取り組みになるかもしれません。すごくわかりやすく言うと“ブランドロゴを自由に使ってOK。その代わりレベニューシェアしてね”ということ。それがロゴではなくて、アニメキャラクターみたいなIP(知的財産)でも良いわけです。すごくメチャクチャなことをされるかもしれないけど、新たな可能性が広がりますよね。

WWD:最新技術で興味のある分野は?

アサギ:今はやっぱりジェネラティブAIですね。それを使って何かを作りたい、というわけではなく、単純に発展過程を見るのが好きなので情報を追っている感じです。その先に価値観の話が出てくるのかな、と。

“AIが作ったものなのか”“存在するのかしないのか”――真偽が問えなくなる、つまり真偽を気にしなくなる時代が来るのかもしれない。この前、AIで作られた女の子の写真集がアマゾンランキングの1位を取りました。アニメの感覚に似ているのかもしれないけど、実在していなくても何も問題ない、ということになりますよね。また、ツイッターでAIで作られたすごくリアルな家族写真が出回っていて、それを見た人の中には「羨ましい」と思う人までいた。つまり、存在していないものを存在していると思って見ているーーある意味ずっと理想を見ているような感覚です。

そうやって、今まで真贋性を問えていたものがデジタルの進化によって“問えなくなってきた”“問う必要がなくなった”という時代で、NFTがどのようにアプローチしていくのか、さらにデジタル上にしか存在しないものに対して人々がどのように受け止めるのか、今後が気になります。

WWD:今後どんな取り組みを行なっていきたい?

アサギ:生活基盤に必要不可欠な、ある意味"インフラみたいなエンタメ”を作りたいーー体験として、ただ"面白い"以上のことをやっていきたいです。僕自身、AR自体にそこまで面白みは感じていなくて、あくまでエンタメの1つだと思っています。AR自体は昔からあるし、表層的なことだけをやっていても価値観はこの先もあまり変わらないんじゃないか、と。

少し飛躍しますが、例えば“車が空を飛ぶ”ということに対して、僕らはまだエンタメという目線を持っている。つまり、実用的ではないんです。でも未来の人たちにとって、それはエンタメではなく実用的。それに近しい領域のことを、ARもしくは他のデジタル技術で作りたいと考えています。そのために必要なのは“圧倒的な優位性”と“デバイスの進化”です。

“そこでしか体験できないもの=圧倒的な優位性”になる。例えばメタバース空間でのライブ。音楽ライブは実際にクラブやフェスに行った方が楽しいし、バーチャル空間でライブをただ再現してもあまり意味がないから、メタバースは多くの人に届かないんだと思います。トラヴィス・スコット(Travis Scott)が「フォートナイト(Fortnite)」で行ったライブで、巨人化したトラヴィスが現れたり、宇宙など現実ではあり得ない空間をステージにした。そういったバーチャルだからこそできる体験があれば、それがまさに“インフラのようなエンタメ”になると思う。

デバイスの進化に関しては、ガラパゴスケータイからスマートフォンに移行したのと同じ原理だと思います。多くの人がガラケーからスマホに移行したのはアップルのマーケティングもあったけど、やはり圧倒的な優位性があったからだと思います。ガラケーで月額料金を払ってテトリスをやっていたのが、スマホにしたら無料で使えるアプリが増えて、単純にエンタメが増えた。デバイスが進化し、それを使う必要性があったからこそ流行ったはず。

そしてスマホに代わるMR(Mixed Reality=複合現実)デバイスが進化し、定着していけば、ARがより人々に求められるエンタメになっていくと思います。「RTFKT」でもARが起動するポスターを作りましたが、現時点ではスナップチャットのアプリをダウンロードしなければいけないし、それがちょっとした障壁になってしまう。これをスマホを持つだけ、MRデバイスをつけるだけで体験できるような仕組みにしたい。そのためにデバイスの進化が必要なんです。結構未来的だし、そんな未来が来るかはわからない。でもそういうものに期待したいし、そういう未来を見ていたいし、そういうものを作っていきたい、と思っています。

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