大丸東京店9階の複合型体験ストア「明日見世(あすみせ)」は10月21日、AIを活用した出品者向けの新ソリューションサービス「明日見世インサイト」の提供を開始する。
2021年、国内外で相次ぎ登場した「ショールーミングストア」の一つとして産声を上げた「明日見世」。同業態の多くが淘汰される中でも、「明日見世」はファッションやビューティ、ライフスタイル雑貨など、モノ作りにこだわるブランドの魅力を「アンバサダー」と呼ばれる百貨店スタッフが丹念に顧客へ届け、“人の力”を武器に独自の存在感を発揮してきた。
今回始動する「明日見世インサイト」は、アンバサダーが日々の接客で引き出した顧客の生の声と、店頭のAIカメラが捉えた行動データをAIによって構造化し、ブランドの次なる成長戦略へと昇華させるマーケティング支援サービスだ。
リアルの売り場の真価は、単なる認知や販売にとどまらない。「何が響いたのか」「なぜ買わなかったのか」「最後の一押しに何が足りなかったのか」――対人接客でしか得られない現場のインサイトこそ、ブランドにとって最大の資産となる。「『明日見世』はブランドの“売る”を解明する場へと進化する」と語るのは、同社でDXをけん引する林直孝執行役員。新サービスの狙いと、百貨店がAI時代に提示する新たな売り場価値に迫った。
百貨店の顧客基盤を活用
“出会い”を生み出す売り場の価値
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ECやSNSの普及により、ブランドの立ち上げ自体は容易になった。一方で、リアルな顧客接点をつくり、店舗を運営するには、人材や投資の負担が伴う。明日見世では、ブランドが13週間単位で商品を出品。空間設営から集客、アンバサダーによる接客、フィードバックレポートの提供に至るまでを百貨店側が一貫して担う。出品者の金銭的負担は基本的に出品料のみ。自前で常設店やポップアップを構えるリスクを抑え、百貨店の第一線で潜在顧客と出会えるプラットフォームとして機能してきた。アンバサダーの役割も「その場で売ること」に限らず、ブランドのストーリーをひもとき、商品の魅力に触れてもらい、率直な感想や改善要望を引き出すことに重きを置く。
大きな転換点となったのが、24年9月のリニューアル。従来の4階から9階へ移転し、売り場面積を4倍へと大幅に拡張。展開ブランド数はあえて据え置き、動線や各ブースの余白を十分に確保した。カフェも併設し、より回遊しやすい空間へと刷新した。駅直結の1階フロアに比べると足元の通行量は落ち着いているものの、時間にゆとりを持ち、じっくりと対話を楽しむ顧客が多い。百貨店が長年築いてきた良質な顧客基盤と落ち着いた空間設計が、ブランドと生活者の濃密な対話を生み出している。
出品プランの選択肢も拡充してきた。基本設計となる「スタンダード」、展示面積を倍増させた「スタンダードプラス」に加え、25年秋には「コネクト」「ブランディング」「プレミアム」の3プランを新設。特に引き合いが強いのが「ブランディング」だ。館内での特別ブース展開やレシートクーポンによる相互送客を組み合わせ、百貨店という空間をリテールメディアとして多角的に活用できる。
累計の出品ブランド数は、直近のVol.10開始時点で約380ブランドに達する見込み。過去の出品者アンケートでは出品満足度87%、再出品意向80%を記録している。スタンダードプランで手応えを得て、2回目以降にブランディングプランへと切り替え、複数年にわたり出品を継続する企業もある。
百貨店の接客 × AIで、“売る”を解明する
その明日見世が、出品ブランドへの提供価値を次の次元へ引き上げるべく投入するのが「明日見世インサイト」だ。店頭での接客を通じて得た定性的な「生の声」と、AIカメラが収集した定量的な「来店・滞在データ」を掛け合わせ、AIによって構造化・可視化することで、ブランドのマーケティングを包括的に支援する。追加費用は発生せず、全出品プランに標準付帯する。
ブランド側に提供されるダッシュボードは、主に4つの指標で構成する。
・現在地:来店客におけるブランドの認知・興味の立ち位置
・相性の良い顧客:購買意欲や共感度の高いターゲット層
・改善ポイント・ハードル:購入に至るプロセスで離脱を生んでいるボトルネック
・評価要因:商品が選ばれた理由、見送られた決定的な要因
誰に向け、何を改良し、どこへリソースを投じるべきか。データ解析の専任担当がいないブランドであっても、直感的に次のアクションへと落とし込めるUIに仕上げた。
同時に、フィードバックのサイクルとスピード感も劇的に向上させた。従来のフィードバックは、約3カ月の出品期間中「中間」と「終了後」の計2回に限られていた。提出されるデータの情報量が膨大である一方、それを読み解いて具体的な打ち手に変換できるかはブランド側の分析リテラシーに依存していた側面もある。新システムではダッシュボードをいつでも閲覧でき、週単位で状況を振り返りながら、改善に向けた示唆まで確認できる。事業を統括する和田房恵・大丸松坂屋百貨店明日見世プロジェクトマネージャーは、「『明日見世インサイト』によって、レポートをただ“眺める”段階から、施策に“使える”データへと転換させる」と力を込める。
売り場起点の分析を濃く深く
「眺める」から「使える」データへ
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システムの導入に伴い、最大の強みである店頭の接客手法そのものもアップデートする。
「アンバサダーによるリアル接客の強みは、デジタル空間では決して可視化されない“本音”の抽出にある」と和田氏。ECのアクセス解析では「カート落ち」や「お気に入り登録後の放置」といった事象は追えても、その背景にある心理までは捉えきれない。「買わない理由は、店頭でもECでも本質的に同じ。ECでは離脱理由を聞けないが、対面接客の現場なら引き出せる」。
これまでも明日見世では、接客した来店客から具体的なフィードバックを引き出し、チーム全体で共有・蓄積して財産としてきた。今後さらに意識するのは、「あえてネガティブな本音を引き出す接客」だ。店頭で成約に至らなかった場合でも単なる「見送り」で終わらせず、「あと500円安ければ」「もう一回り小さければ」「別のカラー展開があれば」といったふとしたつぶやきを丹念に拾い上げ、購買の成立要件まで掘り下げていく。
さらに、店頭のAIカメラも刷新した。来店数や属性認識の精度、画像解析の処理能力が向上したことで、アンバサダーは定性的なヒアリングに一層専念できるようになった。ブランドがリピート出品した際には、客層や滞在時間の変化を比較でき、マーケティング施策の効果や反応を定量的に検証することが可能となる。
現場で培った「人の対話力」という財産を、テクノロジーの力でブランドの成長へ直結させる「明日見世インサイト」。ここで得られる生きた示唆は、ターゲットの再定義や商品開発・リニューアル、広告・SNSの訴求軸の精緻化、さらにはCRM戦略に至るまで、ブランド運営の川上から川下までを力強く後押しするはずだ。
「AIによってアンバサダーの
『対話』の価値が際立つ」
PROFILE:(はやし・なおたか)1991年パルコ入社後、全国の店舗、本部およびWeb事業を行うグループ企業のパルコ・シティ(現パルコデジタルマーケティング)を経て、13年に新設されたWEBコミュニケーション部でパルコのデジタルマーケティングなどを推進。22年よりパルコや大丸松坂屋百貨店などの持株会社であるJ.フロント リテイリングでグループ企業のデジタル戦略の推進を担当。25年より現職
AI時代における百貨店のあり方は、どのように変わっていくのだろうか。「『明日見世』は、百貨店におけるAI活用の試金石になる」と語るのは、大丸松坂屋百貨店でDXを統括する林直孝執行役員。同氏に明日見世が目指す姿と、百貨店における今後のAI活用のあり方について聞いた。
WWDJAPAN(以下、WWD):林さんが明日見世を担当するようになった経緯と、着任当時の売り場の印象を教えてください。
林直孝・執行役員(以下、林):25年3月に大丸松坂屋百貨店に着任し、DX推進部を担当したのがきっかけです。着任時にはすでに9階へ移転し、現在の開放的な空間になっていました。J.フロント リテイリングにいた頃から4階時代の明日見世にも客として足を運んでいましたが、売り場が広がり余白が生まれたことで、回遊しながら新しい商品に出会う楽しさが格段に増したと感じました。カフェの併設によるにぎわいも含め、空間の“ゆとり”が顧客の心理に良い影響を与えています。
この店の本質は、来店当日に買ってもらうことではないと捉えています。ブランドを知ってもらい、試してもらい、本質的な魅力に触れてもらうこと。その上で、率直な感想や改善のヒントをいただくこと。ゆとりある空間設計が、そうした対話を引き出すための土台になっています。
WWD:出品ブランドからの継続出品も増えています。
林:タームを重ねてリピートしていただけるのが何よりの価値の証明です。出品ブランドさまに評価されているのは、アンバサダーが日々の接客を通じて集めるリアルな声です。どのような属性の方が、どんなシーンで、何を口にされたのか。ポジティブな声も、そうでない声も、すべて事実としてフィードバックする。手前味噌ながら私自身、現場から上がってくるレポートの解像度の高さには驚かされてきました。その価値を実感した出品者さまが、次も、その次もと継続してくださり、お客さまの期待値も高まるという良い循環が生まれています。
WWD:「明日見世」にAIが介在することで、現場のアンバサダーの役割はどう進化しますか。
林:前提として、AIには絶対にできない領域があります。それは、お客さまと向き合い、感情に寄り添いながら、商品の良さや課題、改善のヒントを引き出すことです。
これまでは、現場に集まる膨大かつ濃密な声をすべて読み解き、事業改善につなげる作業にお取引先さまのリソースやノウハウによる差が出てしまっていました。それが今回、接客の知見をもとに分析を設計したダッシュボードと高精度なAIカメラによって、定量的なデータ収集や要約・分析をテクノロジーへ委ねられるようになった。その分、アンバサダーは本来の強みである「対話」そのものに全精力を注げるようになります。
AIが分析を担うからこそ、人間側にはより高度なコミュニケーションが求められます。どうアプローチし、どう商品を提示すれば、お客さまがフラットに本音を語ってくれるか。問いかけの一つひとつを現場で磨き込んでいく必要があります。
明日見世の価値は、顧客が「買わされるプレッシャー」を感じずに、心から納得して商品と向き合える環境にあります。スタッフの役割も、その場のクロージングではなく、商品の可能性や至らない点をお客さまから教えていただくこと。購入に至るかどうかは、その時のお客さまの選択です。その結果を真摯に受け止め、背景を分析し、次のマーケティングや接客へ還元する。そのサイクルを回し続けることこそが、中長期的な顧客満足と持続的な売り上げにつながるはずです。
WWD:「明日見世」での取り組みによって、百貨店の売り場でAIが果たすべき役割も見えてくるかもしれません。
林:今現在の百貨店業界全体を見渡しても、売り場の隅々までAIが浸透しているわけではありません。ただ、「明日見世」の今回の挑戦は、百貨店というビジネスモデルの価値そのものを再定義する契機になると考えています。
「お客さまに対話していただくこと自体に価値がある」という着眼点は、「明日見世」の現場から生まれたものです。買っていただいた理由だけでなく、その場では買わなかった理由を深く知り、プロダクトやサービス開発に生かす。ここにリアル店舗の最大の価値があります。現時点では検証を深めている段階ですが、この仕組みを将来的に館内の他フロアへ波及させる構想も描けるでしょう。
手元のスマートフォンの中でAIが最適な商品をレコメンドしてくれる時代だからこそ、実際に足を運び、触れ、対話を通じて納得するリアルの価値は、デジタル完結の購買と決定的な差になって現れます。画面の中では完結しないお客さまの体験価値を追求する。のみならず、お客さまからいただいた実りあるインサイトをブランド側にもお戻しし、共存共栄の好循環を築いていく。それこそが、これからの百貨店が果たすべき本質的な役割だと確信しています。
大丸東京店「明日見世」
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