ファッション

イヴ・サンローラン美術館の回顧録  “ラグジュアリー”が意味するものとは?

 10月3日にパリ、19日にはモロッコのマラケシュにイヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)美術館が開館した。パリ・ファッションウィーク会期中に開催されたプレス・プレビューに参加し、パリの新名所に足を運んできた。パリを訪れる機会があれば来館をお勧めするが、作品を深く理解するためにも、サンローランが生きた時代背景や歴史を頭に入れておくといいだろう。なぜなら、彼ほど激しい時代変化の波に翻弄されたファッションデザイナーはいないと感じたからだ。今年は「バレンシアガ(BALENCIAGA)」「エルメス(HERMES)」「クリスチャン・ディオール(CHRISTIAN DIOR)などラグジュアリーブランドのアーカイブを観覧できる展覧会を見たが、中でもサンローラン美術館は各時代に呼応した作品が並び、それらの美しさの背景にあるものを思わずには語れないと感じた。

 21歳でクリスチャン・ディオールの後継者に抜擢されるも、徴兵のためにモード界を一時的に離れることになったサンローラン。数年後には、生涯のパートナーで同美術館の設立に尽力したピエール・ベルジェ(Pierre Berge)の支援も受け、「イヴ・サンローラン」を起ち上げる。1960年代当時のフランスは、経済発展により中間所得者層が増加したことで、ファッション業界はオートクチュールのような一部の限られた人々のために存在した時代が終わり、プレタ・ポルテの登場によって大衆化が進んだ。経済発展、都市人口の増加、流通と小売業の情報化によって、それまでの価値観は大きく変化する。この転換期に、サンローランは女性たちの「自由になりたい」という声に耳を傾け、オートクチュール特有のコードを破り、モード界に変革をもたらしたのだ。

 経済成長時代は追い風となったが、やがてプレタ・ポルテの台頭によりブランドは企業グループに買収されてしまう。2002年に現役を退いたサンローランは理由の一つに「ファッションが芸術よりも商業に支配されていることに愛想が尽きた」と答え「旅に出たい。長い間何もせず、すべてを忘れる旅に出たい。戻ってきた時に、白分がそれでも服を作りたいかを確かめるために」と語った。しかし、サンローランは数多くの芸術品で飾られた美しいマラケシュの自宅でベルジェと静かな余生を過ごし、モード界に復帰することはなかった。

 同美術館には、男性服で使われていたタキシードを初めて女性服に応用したスモーキングスタイルやサファリルックなど、当時脚光を浴びた代表的なスタイルが1階入り口付近に展示されていた。中へ進むと、モロッコ、アフリカ、アジアなど異国文化をモードに取り入れた鮮やかな作品が並んでいる。マジョレル庭園から着想を得て“Wearable Garden”と名付けられた、オレンジ色の花の装飾があしらわれたポンチョがひと際華やかで印象に残った。何十年も前にデザインされたとは信じ難いほど、今見てもモダンなルックの数々。奥に進むと、ジュエリーや絵画が壁一面に展示され、映写室では、サンローランとともに働いたクチュリエやセールス関係者らのインタビュー映像を観ることができる。

 2階の展示スペースには、デビューコレクションから数シーズン分のコレクションをミックスさせたルックが並ぶ。1階とは異なり白い壁にはシャンデリアが光り、ルックも中世フランスを想わせるようなクラシックな作品が占める。奥には、美術館の目玉で今回が初公開となるサンローランのデザインスタジオがある。無造作に置かれた眼鏡、描きかけのデザイン画、椅子に掛けられた上着など、サンローランの息吹が感じられるほどのリアルな空間だった。当時のアシスタントも監修として携わり、私物などを持ち込んで可能な限り忠実に再現したという。居合わせた多くのプレスが感嘆し、写真を撮り始めた。

 彼が生み出した数々の作品は時代を超え、今見ても壮観な美しさを放つ。モードが持つ、幻想的な側面を追究したサンローランの作品が並ぶ美術館で過ごす時間は、最高に“ラグジュアリー”だった。筆者が思う“ラグジュアリー”とは、一時的に現実を離れ、幻想世界への旅に連れて行ってくれる存在のこと。それは刹那的であるからこそ価値がある。パリ在住の筆者にとって、近い場所に“ラグジュアリー”に浸れるイヴ・サンローラン美術館が開館したのはとてもうれしい。マラケシュの美術館にも、ぜひ足を運びたいと思った。マジョレル庭園のサンローランの墓所にも訪れたいものである。そして、ビジネスなしには語れない今のモード界を見て、サンローランは何を想うかを問いかけてみたい。

ELIE INOUE:パリ在住ジャーナリスト。大学卒業後、ニューヨークに渡りファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。2016年からパリに拠点を移し、各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビュー、ファッションやライフスタイルの取材、執筆を手掛ける

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