アラン・ミクリタリアンが語る南青山店20周年、丸の内店15周年、そしてミート・バーオープン

インタビュー

2015/6/28 (SUN) 13:00
アラン・ミクリタリアン 1955年、フランスのローヌ地方生まれ。父はオーケストラの指揮者、母は洋服の仕立屋。パリのフレネル眼鏡学院を卒業後、78年ミクリ ディフュージョン社設立。87年、パリ・ロジエ通りに初のブティックをオープンした。「ジル・サンダー」「イッセイ ミヤケ」などファッションブランドとのコラボレーションも多い PHOTO BY HIRONIRI SAKUNAGA アラン・ミクリタリアン
1955年、フランスのローヌ地方生まれ。父はオーケストラの指揮者、母は洋服の仕立屋。パリのフレネル眼鏡学院を卒業後、78年ミクリ ディフュージョン社設立。87年、パリ・ロジエ通りに初のブティックをオープンした。「ジル・サンダー」「イッセイ ミヤケ」などファッションブランドとのコラボレーションも多い
PHOTO BY HIRONIRI SAKUNAGA

 フランスのアイウエアブランド「アラン ミクリ(ALAIN MIKLI)」のデザイナー、アラン・ミクリタリアンが、約3年ぶりに来日。アラン ミクリ ブティック 南青山のオープン20周年、同丸の内15周年を記念し、19日、南青山の同店でカクテルパーティーを開いた。そこで明らかになったのは、驚きのミート・バーオープン。

WWDジャパン(以下、WWD):進出から20年以上が経った日本市場に対する思いは?

アラン・ミクリタリアン(以下、アラン):今日まで、あっという間だった。海外出店は、ニューヨークの次。売上高は、フランスに次ぐ。取り扱い店舗数が一番多い重要市場だ。長年、応援してくれたファンに感謝している。

WWD:2012年、会社がイタリアのアイウエアメーカー、ルックスオティカ傘下となり、変わったことは?

アラン:ストレスが少なくなったこと。それまでは、クリエイションはもちろん、財務、法務など経営全般の責任を負っていたので荷が重かった。今は大企業の充実した環境の中で、商品作りだけに集中できている。解放的な気持ちだ。

WWD:最近のアイウエア業界について感じることは?

アラン:全体的に後退していると思う。不景気で売り上げが厳しく、デザイナーたちはリスクを冒さなくなった。手堅い売れ筋狙いやクラシックの焼き直しばかりで、新しいデザインが生まれてこない。もっと進化が必要だ。

WWD:今後の目標は?

アラン:「見るための、そして見られるためのメガネ」というキャッチフレーズを貫き、高い機能性と新しいデザインにこだわり続けてきた。こらからも挑戦を続けていきたい。そして、最近、個人的な仕事が増えた。今年10月、ミートバーを東京にオープンする(パリで有名な肉のマイスター、ユーゴ・デノワイエと提携し、恵比寿の駒沢通り沿いに初出店する。店名は「ユーゴ」で、1階が精肉店とタパス、2階がレストラン)。フランスの牧場に牛を所有している。携帯電話に保存している写真は、これまでファッションや女性ばかりだったが、最近は牛の写真が多くなった(笑)。

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