フィリップ・グリーン=アルカディア・グループ オーナー
10年前にロンドンでファッション・リテール・アカデミーを創設したフィリップ・グリーン卿(63)は7月8日、イギリスの小売企業と記念パーティーを共催した。若者がファッション業界におけるスキルやノウハウを身に付けるために創立された同校は、多くの卒業生を送り出している。彼は高校を中退しながらも、独自のビジネス法を用いて54億5000万ドル(約6758億円)もの資産を手に入れたイギリス屈指の実業家だ。また、彼はアカデミーの他、かつてはアレキサンダー・マックイーン(ALEXANDER McQUEEN)やクリストファー・ケイン(CHRISTOPHER KANE)などをサポートし、トップショップ(TOPSHOP)がスポンサーを務めるイギリスファッション協会の若手デザイナー支援プログラム「ニュー ジェン プログラム」を含むさまざまな功績により、2006年にイギリス女王からナイトフッドの称号を与えられた。
ファッション・リテール・アカデミーを創立の背景
ファッション・リテール・アカデミー創立10周年記念パティーの様子。左からスチュアト・ロズ前マークス&スペンサーCEO、トニー・ブレア元首相、フィリップ・グリーン卿、マーク・ボーランド=マークス&スペンサーCEO
フィリップ・グリーン卿がロンドンのファッション・リテール・アカデミーを創立したのは、今から10年前のことだった。トニー・ブレア政権(当時)が彼に学校設立の話を持ちかけた時、最初の答えは“ノー”だったという。「学校を卒業しなかった僕がどうして学校を設立するのか。代わりにファッションのアカデミーはどうだ」と提案したところ、直接ブレア首相と面会することになり、話はすぐに進んだ。互いに1000万ポンド(約19億3000万円)を出資し、2005年にファッション・リテール・アカデミーが創立された。
現在アカデミーはメーンスポンサーにマークス&スペンサー、ネクスト、テスコのF&F、エクスペリアンを迎え、今まで5000人以上の生徒を育ててきた。生徒は小売り、マーチャンダイジング、買い付け、グラフィックデザインといったファッションの専門分野を学び、卒業生の約9割は就職している。今夏さらなる拡大に備え、同校はセントラルロンドンの校舎の増床とリニューアルを予定している。
白シャツに「ジャンフランコ フェレ」のスーツを着てインタビューに答えるグリーン卿は、1億2800万ポンド(約247億400万円)の経済効果を生み出したといわれるアカデミーが彼にとって大きな功績の一つだと語る。彼は若者の支援を熱心に行っており、自身がオーナーを務めるアルカディア・グループに生徒を引き取ってトレーニングすることも珍しくない。最近はロンドン北部の中学生や高校生に講義をしたり、インターンシップの場も提供している。
グリーン卿の類いまれなる才能とは?▶
グリーン卿の類いまれなる才能
グリーン卿は生まれつき実業家の才能や優れた思考力、正確な記憶力の持ち主だ。見ためはまるで古い硬貨に登場するローマ皇帝のようだが、実際はやや気短に見えつつもリラックスした表情でビジネスについて語る。「良い商品を提供することに限る。消費者には高品質なものや新しい価値だけでなく、売れるモノを与えなければならない。スピード、入手のしやすさ、サービス、全てにおいてトップクラスであること。それに代わるものはない」。
グリーン卿は小売りの知識や専門的なトレーニングを受けたことがなかった。彼は母親がロンドンで経営していたガレージやセルフサービスのガソリンスタンドを手伝いながら幼少期を過ごした。大人になってアジアによく旅行するようになり、そこでジーンズの生産方法を学び、廉価品やキャンセル品、売れ残ったウエアやシューズを買い付け、ロンドンで販売した。1970年代、彼はデザイナーズブランドのディスカウントストアをオープンした。ファッションだけでなく不動産業にも携わり、70年代後半にはすでに100万ドル(約1億2400万円)の売り上げを達成していた。
一度は業界から引退も
彼は98年、一度は業界から引退しようとした。自身が抱えていたいくつかの小売企業を売却し、家族でモンテカルロに引っ越した。しかしすぐに飽き、翌年には小売業に復帰。小売りの複合企業シアーズを買収し、複数の部門を売却して2億4000万ドル(約297億6000万円)を超える利益を出した。その後得た資金を使って赤字だったブリティッシュ・ホーム・ストアーズを買収し、BHSとしてリブランディング。2年足らずで立て直し、今年初めにリテールアクイジションズリミテッドに売却した。また、02年にトップショップの親会社である英アルカディア・グループを13億ドル(約1612億円)で買収し、42億2000万ドル(約5232億8000万円)規模の企業にまで育てた。
携帯のコミュニケーションは電話のみ!?
ビジネスで数々の成功を収めている彼が常に大切にしているものはシンプリシティーだ。スマートフォンを持たず、ノキアの01年製携帯電話をいまだに愛用している。同じモデルを大量に買い置きしているほどだ。決してメッセージやメール機能は使わず、電話するためのみに使用している。「(メールは)時間の無駄だ。ビジネスのために必要な情報は自ら取りに行けばいい。ごまんと届く不要なメールには全く興味がない」と話す。直接的なコミュニケーションを大切にしており、社員の間でもあいさつなどを徹底させている他、生徒にも店舗に行かせたり、現場で働かせている。
今後は「トップショップ」と「トップマン」に注力▶
「トップショップ」外観
今後は「トップショップ」と「トップマン」に注力
グリーン卿はアルカディア・グループを買収したことによって一気に世界の注目の的になり、イギリス実業界のトップクラスに上り詰めた。米投資会社のレオナルド・グリーン&パートナーズとの提携で「トップショップ」のアメリカ進出を果たし、ノードストロームにインショップもオープンした。中国ではシャンピン、香港ではレーン・クロフォードと提携してそれぞれのマーケットに進出した。「ヨーロッパは絶好調だ。アメリカでもビジネスは拡大しているが、課題はまだ多く、各都市の特徴をリサーチしなければならない。アメリカでは売り上げ10億ドル(約1240億円)を目指す」と語った。
今後は「トップショップ」と「トップマン」をさらに成長させるとともに、ベンチャー企業に投資していきたいという。「現代は家から一歩も出ることなく、世界中の買い物ができる。消費者にとってショッピングの選択肢は無限にあると同様に、売り方も無限にある。常に進化していかなければならない」と話した。最近はコンシューマー向けのオンライン・テクノロジーなど、次世代に向けた施策に注目しているという。
昨年、個人としてフラッシュセールのサイトを手掛けるマイセールの株式の25%を8090万ドル(約100億3100万円)で買い取った。さらに「トップショップ」においてはケイト・モスやケイト・ボスワース、カイリーとケンダル・ジェンナー姉妹とコラボし、若い世代の獲得を狙った他、ランウエイを歩くモデルに小型カメラを取り付け、モデルの目線から見たショーをフェイスブックやツイッターなどのSNSで公開した。今後の投資については詳しく話さなかったものの、企業としていつでも動く体制は整っているという。「われわれはとてもユニークなポジションにいる。大規模なオーナー企業で、実質借金はなく経済的にも余裕があるため、フレキシブルに動くことができる。さまざまなことに目を向けている」と語った。
※1ドル=124円換算