世界を飛び回る
トップバーテンダー

海兵隊出身という異例の経歴を持つトップバーテンダー。カウンター越しに見える彼のカクテル作りの一挙一動には誰もが見とれる。華麗なシェイカーさばきを披露する彼の足元には“NMD”の姿があった。

PROFILE

Steve Schneider(スティーブ・シュナイダー)

全米NO.1と名高いオーセンティックバー「エンプロイズ・オンリー(Employees Only)」の代表バーテンダー。元米海兵隊。カクテルをいかに速く、美味しく作るかを競うスピード大会の覇者で、技術・ホスピタリティも無論一流。世界各地でゲストバーテンダーや講師としても活躍中

バーテンディングが趣味で、仕事で、天職

年間約19万杯、1分間に1杯のペースでカクテルをサーブする人気店は、週末ともなるとオープン前から列ができる盛況ぶりだ。開店10分前、店内ではスタッフミーティングが行われていた。その中心にスティーブの姿はあった。彼は皆を鼓舞する言葉でミーティングを締めくくり、おそろいのバーコートに身を包んだメンバーの一人ずつと、意識を共有し合うようにハグを交す。その様子は、決勝試合直前のアスリートさながら、士気が一気に高まる。

午後6時。開店と同時に15席ほどのバーカウンターは人で埋まる。午前4時まで続く長い夜は、いつもこうして幕を開ける。ブルックリンの自宅に着く頃には、朝日が登り始める。「ここは寝るだけの場所」という自宅の窓には遮光カーテン。薄暗い部屋にはバーテンディングの練習台が鎮座し、その横には無数トロフィーが無造作に並ぶ。

趣味を聞くと、饒舌だった彼は急に口ごもる。言葉を絞り出すも、出てくるのは全て仕事に関連すること。つまりは、この仕事が趣味で天職なのだ。気分転換には「ジャグリング」。3〜4本の棒を小気味好く宙に飛ばす。かなりの腕前だ。「事故の後から始めたから、9年くらいになるかな」。

「あの挫折」があったから今がある

約10年前、彼は瀕死の事故に見舞われ、昏睡状態に陥った。奇跡的に一命を取りとめるも、記憶障害が残った。そのリハビリとして始めたのがジャグリングだった。当時、22歳の彼はマリン(海兵隊)だった。米軍に属していた従兄弟をアメリカ同時多発テロで亡くし、その悔しさから18歳で軍に志願。厳しい訓練も「楽しかった」と振り返る。「人生で初めて本気で情熱を注げるものを見つけられた。仲間と一つのゴールに向かって切磋琢磨し合える環境が好きだった。48歳までやって、福利厚生をしっかりもらって安泰のリタイア、そんな人生を描いていた」。だが、事故を機に人生は一転。目標を失い、「一体何のために生きればいいのかを自問自答し続けた」。リハビリ生活は3年にも及んだ。

記憶が徐々に回復してきた頃、スティーブは戦場から帰還した友人たちの変わり果てた姿を目の当たりにした。訃報も届いた。悲しみに暮れた後、彼の中に残ったのはただ一つ、「友人たちの分の人生も生きなければ」という想いだった。

リハビリ後、ワシントンD.Cの道で偶然見つけた「バーテンダー募集」の張り紙。とにかくお金が必要だった彼は、すぐにその店で働くことに。忙しい店だったが、夢を失って以来はじめて楽しい、という感情がよみがえった。カウンターの後ろにいるバーテンダーたちと一つのゴールに向かって協力し合うチームワーク。それはマリンの頃に情熱を注いだものと同じだった。

程なくしてスティーブは、いかに速く、美しく、美味しいカクテルを作れるかを競う、スピードコンテストの世界で才能を開花させる。幾度となくチャンピオンの座を勝ち取り、周りは喧しくなった。引き抜き合戦だ。そんな中、導かれるように辿り着いたのがマンハッタンにある「エンプロイズ・オンリー」だった。

白いユニフォームに身を包み、今年で勤続7年目。チームを世界レベルへ導くなど、その功績は大きい。「店の仲間は家族。ここは自宅よりもアットホームに感じるし、このユニフォームを着ているときが、一番自分らしくいられる」。とはいえ、一日10時間以上も立ちっぱなしの体力勝負の仕事だ。疲れないといったら嘘になる。「この“NMD”は履き心地抜群。足を痛めると腰痛につながるって、マリン時代からよく言われてきた。どんな服装にも馴染むし、声高な主張はなくても存在感がある」。それは彼自身の存在と、どことなく似ている。

生かされている命だからこそ、誠心誠意の恩返し

メディアに出るとき、彼は必ず名前に続けて「『エンプロイズ・オンリー』のプリンシパル・バーテンダー」と名乗る。彼の店への想いと律儀さが垣間見える瞬間だ。「僕が一流だとしたら、それは店があってこそ」。

謙虚な言葉を裏付けるように、彼は今なお、開店の2時間前には出勤し、フルーツを切るといった雑用をこなす。皮肉にも、知名度が上がるにつれて出張が増え、店に立てる日数は減っている。だからこそ、初心に帰れるこの時間が意味するものは大きいのだという。「バーテンディングを通しての全ての経験と出会いが自分の財産。僕は、幸運にも“第二の人生”を享受できた。それは誰もが与えられるものじゃない。だからこの人生は、人を幸せにするためにあると思うし、それが僕にとっても幸せなんだ」。

そんな彼によく寄せられる質問の一つが「なぜ、自分の店を持たないのか?」だ。胸の内を聞いてみた。すると「そのときが来たら、そうするつもり。あとは心の準備かな」。おどけてみせた笑顔には、未来への確かな自信がのぞいていた。ラグジュアリーな夜の世界を盛り上げるトップバーテンダー。そのきらびやかさと見事に対比するひたむきな姿勢。光と影。“NMD”のレッドとブラックのコントラストは、彼のストイックな日常に似ているかもしれない。

「限界無き都市冒険」のために創られた一足、“NMD”

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