ローラン・グナシアが手がけたパーティー、ウインドー。左上から時計回りに伊勢丹新宿店のフランスウイーク、「タサキ」の60周年のアニバーサリーパーティ、18万粒の本物の真珠を用いたスノードーム(タサキ)、「ベニスのカーニバル」をテーマにした「ブルガリ」のVIP向けイベント
モノが溢れ、毎晩のようにどこかで大小のパーティーが開かれる中、いかに驚きや感動とともにブランドの世界観を体感させ、記憶に残るものにできるかが、イベントの仕掛け人の腕の見せ所だ。18万粒の真珠を使った総額8億円のパールスノードームを設けた「タサキ(TASAKI)」の60周年パーティー(2014年)や、ベネチアのカーニバルをテーマに人々をだまし絵の世界に誘った「ブルガリ(BVLGARI)」のVIP向けパーティー(16年4月)、さらには、東急プラザ銀座に出店した「バリー(BALLY)」銀座ストアのオープンセレモニー後に開かれた“天空のディナー”(同)など、話題のパーティーを相次いで実現してきたのが、クリエイティブ・スタジオのラ・ボワットを率いるローラン・グナシアだ。クライアントは「シャネル」「ヴァレンティノ(VALENTINO)」「ヴァンクリーフ&アーペル(VAN CLEEF&ARPELS)」「マーク ジェイコブス(MARC JACOBS)」「アニエスべー(AGNES.B)」「ドンペリニョン(DOM PERIGNON)」、テニスのパンパシフィックオープン、伊勢丹新宿店(フランス展)など幅広い。特にファッション系のイベントでは、本国から直接指名が入るほど信頼を得ている。女優の寺島しのぶの夫としても知られているローランの、クリエイティブ・ディレクターとしての顔に改めて迫ってみた。
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“ブランドとアーティストと協業して、フェティッシュバリューを上げていきたい”
PROFILE:1967年12月28日フランス・トゥールーズ生まれ。トゥールーズ大学数理経済学部で数理経済学を学ぶ。卒業後、パリのクレディ・リヨネ経済調査センターに在籍。その後、2年間世界中を旅する。ベルギー・ブリュッセルの映画製作会社を経て、マルセイユ国際ドキュメンタリー映画祭のディレクターに就任。6年後、アニエスベーに依頼を受け、日本での「アニエスベー」のブランディングングと文化事業推進のために2004年に来日。07年女優の寺島しのぶと結婚。同年、クリエイティブ・スタジオ、ラ・ボワットを立ち上げる
どことなくリチャード・ギアに似た雰囲気を漂わせるローランは、根っからのアーティストかと思いきや、専門は経済と数学だったという。大学では数理経済学を学び、世界有数の預金残高を持つ仏クレディ・リヨネ(リヨネ銀行)のリサーチセンターで仕事人としてのキャリアをスタートした。「リアリティーをシェアするという意味では、リサーチとアートは近い部分もあると思う。でも、銀行の仕事は好きになれなかった」。そこで、仕事を辞め、さまざまな街を旅した。欧州各地や中東、そして1年間住んだニューヨークで人生を変えることになった。「ニューヨークにはたくさんのダンサーやアーティストと出会った。そこで、好きなことをして、好きなものを使ってお金がもらえる生き方があることを知った。そこで、ライフとワークは一緒であるべきだと思い、“好き”を仕事にしようと決心したんだ」。
その後、ベルギーで映画プロダクションに2~3年勤務。ブロンドのグラマラスな女優として知られ、フェデリコ・フェリーニ監督の「甘い生活」にも出演した女優、アニタ・エクバーグとも知り合い、カンヌ映画祭などへの出品作にもかかわった。その後、自らアプロ―チしてマルセイユ国際ドキュメンタリー映画祭のディレクターに就任した。そこでスポンサーだった「アニエスべー」の創業者兼ファッションデザイナーのアニエス・トゥルブレと知り合い、意気投合。日本における「アニエスベー」のブランディンのため、2004年4月に来日することになった。日本に憧れや関心はあったものの、「日本人の知り合いは、映画祭で知り合った河瀨直美さんただ一人だった」と明かす。90年代にフレンチカジュアルブームをけん引した「アニエスべー」だったが、祭りの後にブランドを盛り上げるかという難題に挑んだ。「本国のフランスと同じ、映画、アート、音楽といったフィロソフィーを出すべきだと思い、アーティストとイベントや展覧会を開くなど、日本でもブランドとアートの世界をコネクトした」。青山店を随時アートで飾るアートファサードプロジェクトを仕掛け始めたのもローランのアイデアだ。映画祭「東京フィルメックス」のスポンサーにもなったり、祇園でコンテンポラリーな展覧会を企画。今は日本を代表するメディアアーティストになった真鍋大度とDJ・VJ時代から仕事をしたりもしてきたという。
07年にはクリエイティブ・スタジオのラ・ボワットを日本で設立。フランス語でボックスという意味で、「モノを中から見ると側面や部分しか見えないけれど、箱の外から見れば多様な見方ができる。箱の外から見ていたい、という意味を込めた」という。どんな仕事を請け負うのかについては、「カール・マルクスの『資本論』でいう、3つめのバリューアップを担っていく。最初のチャプターに出てくるのだが、モノのバリューは3つあり、一つはユーティリティーバリュー、次はコストバリュー、そして3つ目にはフェティッシュバリューだと説明される。たとえばコーヒーカップは飲めるという機能はもちろん必要だけれども、モノと価格が見合っているかも大切な要素。それ以上に、誰が作ったのか、大好きなおじさんからもらったものなのか、ブランド品などかなどで価値が出てくる」と説明。そして、自分たちはこの「フェティッシュバリュー」にこだわった仕事をしていきたいという。
「われわれは自分たちを組織のコミュニケーションを補完する者と位置付け、ブランドのフェティッシュな価値を生み出すことに力を注ぎ、メッセージを快感に変え、ビュワーに経験を提案してきた。キュレーション、アート・エキジビション、ローンチングの仕事において、クライアントの要求に応え、注文通りのものを創り上げていく。長年、世界中のクリエーター、アーティスト、キュレーター、ミュージシャン、フィルムメーカー、建築家、デザイナーたちのネットワークを構築し、依頼されたコンテンツを送り出してきた。同時に、それらのコンテンツを実体化させることができる、高い技術を持ったプロフェッショナルも多く集めている。わたしたちはそれぞれのプロジェクトにふさわしいチームを組み、クライエントの望みを誠実に形にしていくことができる」と説明する。
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“私たちの仕事は言葉を使わない。ゲストが五感で感じられるかどうか”
18万粒の真珠を使った総額8億円のパールスノードームを設けた「タサキ」の60周年パーティー
ここからはいくつもある中で、代表的なイベント事例を挙げたい。まずは「タサキ」の60周年のアニバーサリーパーティだ。ここでは「タサキ」の象徴である真珠を、18万粒の本物の真珠を用いてスノードームを描いたインスターレーションで表現した。また、力を入れてきたダイヤモンドに見立てて6本の柱状の鏡で構成した巨大迷路を制作。さらに、真珠に見立てたバルーンボールでプールをいっぱいにして、「タサキ」の持つブランドの“ファン(楽しさ)”を演出し、来場者の心のさまざまなレイヤーに訴えかけた。「私たちの仕事は言葉を使わない。五感で感じられるものであることを大切にしている」とローラン。心に響いたものはセレブリティーやエディター、顧客などからも注目され、SNSなどでも多く情報が拡散された好事例だ。
昨春行った「ブルガリ」のVIP向けのイベントでは、ローマにあるブルガリ本店の100年前の姿を映画のセット風に再現した。「ブランドのルーツであるローマがとても重要な要素だった。だから、コンセプトを『あなたがローマに行けなくても、私があなたの元にローマを持ってまいります』として、空間旅行や現実からの逃避のひとときを創出できればと考えた。ローマといえば、シンメトリー、黄金比、トリックアートがキーワード。至るところに黄金比を用いてシンメトリーにデザインし、100年前の街並みを再現した。実はそのセットはプラスチックと木からできて、本物はジュエリーと木のベンチだけ(笑)。トリックアートの要素を加えた」。彼のクリエイションには、思わずクスっと笑えるユーモアや驚きが隠れている。
「ベニスのカーニバル」をテーマにベニス・サンマルコ広場を模したセットを用意
そして今春の「ブルガリ」のVIP向けイベントでは、「ベニスのカーニバル」をテーマにベニス・サンマルコ広場を模したセットを用意した。実はそのセットは1/4のみがリアルで、鏡を用いたトリックアートになっているという大掛かりな仕掛けになっている。「会場に入ってまず、来場者はその広さに驚く。でも30分くらいたつと、鏡の中の自分を発見して驚くんだ。そんな現実と幻想が交錯するパラレルワールドに招待しようと考えた」。しかも、本場カナダからシルク・ドゥ・ソレイユのメンバーを呼び寄せ、オリジナルの演目を用意。「だまし絵の中で演者が現実を作り出し、ベニスのカーニバルへと誘(いざな)うんだ」。この演目も鏡を用いた仕掛けを用意してあり、観客にサプライズを与えるものとなっている。もちろん、演者が着るドレスもすべてオリジナルで制作し、ルビーの赤、エメラルドの緑、サファイアの青など「ブルガリ」を象徴する色を用いて、一夜限りのパーティーを彩った。
東急プラザ銀座に開店した「バリー」銀座ストアのオープニングセレモニー後のディナーパーティーもエディター界で話題となった。「ABOVE THE CLOUDS(雲の上)」がテーマで、ゲストがテーブル席に着きカーテンが開くと、そこはアルプスの山々に囲まれ、エーデルワイスが花咲く光景が広がりつつ、雲とスモークがゆっくりと動くという、まさに天空のディナーというシチュエーションを作り上げた。DJが同じテーブル席に着き、景色と音楽と食と会話を同時に楽しめる、和やか、かつ、幻想的な夜となった。
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“著作権を守る時代は終わると思う。波に逆らうより、サーフした方がいいよね”
2016年の伊勢丹新宿店のフランスウイークのウインドーは、印象派の画家の絵画をトレース
伊勢丹新宿店のフランスウイークのアートディレクションも担当。16年のウインドーは、著名画家のジョルジュ・スーラやギュスターヴ・カイユボッドの絵画をトレースし、15年の同企画のためにデザインしたドットをのせてアップデートした。さらにデザインは著作権フリーにした。パブリック・ドメイン(公共財産)として、無料でダウンロードすることができる。「オープンソースを用いたからその恩返しだよ。今、タダのカルチャーの波が強いでしょ。(著作権などを)プロテクトする時代は終わると思う。波に逆らうより、サーフした方がいいよね」。
各国のクライアントに対して多彩な企画を出さなければならないため、さぞや世界各国をリサーチして回っているのかと思いきや、「YouTubeやGoogleでリサーチしている。CGを作る技術もYouTubeで勉強したくらいだよ」と明かす。ただし、そのアウトプットの表現については、とにかくオリジナリティーのあるしか譲らない。「基本的にオリジナルでクリエイションできる仕事しか受けていない。同じことの繰り返しは退屈だから。それに、オピニオンの意見は面白ければ聞くけれど、面白くなかったり好きじゃなかったらやらない。その考え方は今も変わらない」と断言。だから、他国で実施したものを日本で再演、あるいは、日本でやったものを他国でも展開していくようなことはしない。たった1回だけの真剣勝負であり、刹那(せつな)的でもあり、これこそまさにラグジュアリーであるともいえる。企画・制作期間は平均1年と長い。クライアントと話し込んで、ブランドの歴史や背景を勉強しまくり、コンセプトから考える。「1年あればだいたい何でも可能になる。でも、しっかりとマジネーションをして研究をするには、それなりの時間も必要だ。予算にリミットはあるけれど、イマジネーションにリミットはないからね!」。
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