「グッチ」2015-16年秋冬コレクション
“共感”時代のラグジュアリー・ビジネスとは?
この半年のラグジュアリー・ビジネスに関するニュースを振り返って最も衝撃だったのは、新生「グッチ(GUCCI)」のコレクション発表だろう。1月にフリーダ・ジャンニーニ=クリエイティブ・ディレクターの電撃辞任が発表された後、デザインチームの一員だったアレッサンドロ・ミケーレの名前が突如浮上し、ウィメンズのコレクションでは正式にクリエイティブ・ディレクターに就任した。2015-16年秋冬のメンズとウィメンズのコレクションは男女の性差を超える“ノー・ジェンダー”スタイルで賛否両論が起こった。これまでのグラマラスでゴージャスな「グッチ」からは大転換である。フィナーレに登場したミケーレ自身も長髪に猫背の Tシャツ姿でどこかユルく、トム・フォードやフリーダ・ジャンニーニといった歴代の「グッチ」のクリエイティブ・ディレクターが胸を張りスポットライトを浴びてきたのとは対照的だった。
「グッチ」2015-16年秋冬コレクション
果たしてミケーレ抜擢の選択は、世界に550店舗を展開し、4700億円以上を売り上げる「グッチ」にとって正解なのだろうか?ショーの直後に日本の百貨店関係者に感想を求めると、はっきりとは否定しないものの一様に戸惑いを見せた。売り上げ規模の大きさからすれば当然の反応だろう。だが続いて次のように尋ねると、これまた一様にハッとした表情が返ってきた。質問は「トム・フォード以前の『グッチ』にはどんなイメージを持っているか?」。返答の多くは「歴史あるレザーグッズのブランド」であり、トム以前の「グッチ」に対するファッションイメージは曖昧だ。グラマラスでゴージャスな 「グッチ」像は、主にトム・フォード以降に築かれたものなのだ。トム・フォードは、1994年に「グッチ」のクリエイティブ・ディレクターに就任。ドメニコ・ デソーレ最高経営責任者(CEO (当時))とタッグを組み、「グッチ」をイタリアの一高級レザーグッズブランドから、世界規模のラグジュアリー・ファッション・ブランドへと飛躍させた。時を同じくしてフランスでは、ベルナール・アルノー率いるLVMHグループが「ディオール」にジョン・ガリアーノを、「ルイ・ヴィトン」にマーク・ジェイコブスを抜擢し、グローバルなラグジュアリー・ブランドへと躍進させていた。いずれもメゾンの歴史や職人の仕事をベースに、ショーや広告、世界中の直営店を通じてブランドに対する“憧れ”を醸成しながら、レザーグッズを前面に打ち出し、グローバルに売り上げを拡大していった。“憧れ”につながるのはステータスやスター性、最近であれば女性デザイナーによるしなやかなライフスタイル提案だ。
しかし今、ラグジュアリー・ブランド・ビジネスの根幹をなす価値観が揺らいでいる。高級車に乗って高級レストランで食事をすることがステータスではない若者に対して、高級ブランドが高級であることを訴求するだけでは響かない。つながりを重んじるSNSネイティブな今の若者たちへブランドイメージを訴求するためには、憧れ感を保ちながらも受け手が“自分ゴト化”できる隙間を残し、共感を得る絶妙なさじ加減が重要だ。一般人との距離の取り方が上手なセレブリティーがSNSフォロワーを多く獲得して周囲にコミュニティーを築き、知名度をあげてゆくのと同じである。
「サンローラン」2015-16年秋冬コレクション
ミケーレによる新生「グッチ」はストリートをイメージした演出でショーを見せた。ランウエイ上でスターさながらにスポットライトを浴びて輝くこれまでの「グッチ」では考えられなかったことだ。架空のストリートに新たなコミュニティーを創出することで新たなラグジュアリー・ ブランド・ビジネスのストーリーをつくり出そうとしている。そういった意味で、ミケーレによる新生「グッチ」の衝撃度は、ベクトルこそたがえどトム・フォード登場の時と同じくらい大きい。また、この選択が「グッチ」のビジネスサイドの選択であることも忘れてはならない。ミケーレの起用に関して、マルコ・ビッザーリ=グッチCEOは、「さらなる成長と新規顧客獲得のため、リスクを負ってでも変わらなければいけない」と言い切っている。
エディ・スリマンによる「サンローラン」デビュー・コレクション
憧れと共感の両方を訴求する新しいラグジュアリー・ビジネスのお手本は「サンローラン(SAINT LAURENT)」だ。2012年のエディ・スリマンによる「サンローラン」のデビューの時も賛否両論に分かれた。どちらかと言えば賛より否が優勢の評価を受け続けながらも、スリマンはパリコレという舞台にゴージャスな架空のストリートを演出してショーを行い、音楽とデジタルをツールに若者たちの間に独自のコミュニティーをつくり上げてきた。
当初は人気は以前からのエディ・ファンに支えられているともいわれたが、スリムな体形をキープできない年配層のファンを振り落とすがごとくタイト&フィットなシルエットの服を打ち出し続け、新たな若い顧客を獲得してきた。服はトレンチコートやレザーのライダースといった定番アイテムにアレンジを加えて継続し、レザーグッズでは20万円を切る価格帯の小さなサイズのバッグの提案など綿密なMD戦略を組むことで売り上げを伸ばしている。今や「サンローラン」と言えばエディ。前任のステファノ・ピラーティやその前のトム・フォードの名前を懐かしがる業界人はもうほとんどいない。エディにとっての音楽のように、ブランドイメージ+αの要素があるとファン層とのコミュニティーづくりが進みやすい。
【ルック】エディ・スリマンによる「サンローラン」のデビューコレクション ▶
ジョナサン・アンダーソン「ロエベ」クリエイティブ・ディレクター(左)とジョン・アレン=テキスタイル・アーティスト(右)
急成長中の「ロエベ(LOEWE)」の場合、 ジョナサン・アンダーソンのアートへの造詣の深さが一役を買っていると言えるだろう。4月の来日時も、テキスタイル・アーティストのジョン・アレンと膝を突き合わせてアート談義に花を咲かせていた姿が印象的だった。アンダーソンは、時にプレスリリースを出すよりも早くインスタグラム上で新しい情報をチラリと公開し、謎解きのように話題を作る。15-16年秋冬では、ショーを開くより前にパリの街に新コレクションのイメージビジュアルを露出し、話題を喚起した。
【ルック】新しいプロポーションを見せた「ロエベ」2015-16年秋冬パリ・コレクション ▶
「ケンゾー(KENZO)」の躍進の一因もまた、SNSを通じて巧みにコミュニティーを形成してきたところにある。ラグジュアリー市場の成長が期待されるASEANなどの新興国に目を移せばヤング層はデジタルネイティブというよりSNSネイティブと呼べる。彼らへのリーチにおいて、目には見えないデジタル上のストリートカルチャーやコミュニティーの創出が欠かせないことは間違いない。