
スケートボードの他にも、絵を描くことや音楽が好きだという吉沢は、レゴ®︎ブロックを使ったアートピース制作に挑戦。花畑をテーマに、音楽を連想させるレコードのモチーフを取り入れた。
Never Stop Playing - 心が動く方へ――。
レゴグループが掲げるその言葉は、ルールや常識にとらわれず、自分が信じる“楽しさ”を選ぶ勇気を後押ししてくれる。世界を舞台に活躍するスケートボーダー・吉沢恋も、日々の練習や大会で楽しむ気持ちを何より大切にしている。その気持ちこそが、レゴグループのテーマと通ずる、世界を変えるエネルギーだ。

花畑をテーマに、色とりどりの作品が完成しました。制作中どんなことを考えていましたか?
吉沢 音楽が好きな自分の頭の中の世界をイメージしてつくりました。お花を中心に、レコードやユニコーンなどを組み合わせて、楽しんでいる気持ちを表現しました。できるだけ余白がないようにしたかったのと、高さを出して立体的にしながらも、全体を見たときに均一できれいになるようにしたくて、調整するのがちょっと難しかったです。
絵を描くこととレゴ®ブロックを組み立てることとでは、どんな違いを感じましたか?
吉沢 絵は途中から描き変えるのが難しいけれど、レゴ®ブロックは取り外せばまた新しくつくり変えられる。頭の中で考えているものをフルで作品に生かせるところが、絵とは違う魅力かなと思いました。
スケートボードをしていて、ワクワクするのはどんなときですか?
吉沢 新しい技とか新しい人に出会って、自分にはなかった価値観が入ってきたとき。「こういう考えもあったんだ」というふうに気づけたり、それが新しい発想につながったり。自分の中の固定観念じゃないところからきたものが、次の自分に生かされることがたくさんあるので、新しいものとの出合いは特に楽しいなと思います。

日々の練習では、どんなことを大切にしていますか? 習慣にしていることがあれば教えてください
吉沢 「この大会でこの技を出したい」とか、まずは大きな目標を1つ立てて、そこから逆算し、自分が今何をしないといけないかを考えます。練習に付き添ってくれるお父さんと、明日までに仕上げておかないといけないことを話したり、帰りの車では今日1日の練習がどうだったかを振り返ったりしていて。よかったところやだめだったところ、続けていかないといけないところを言語化して、文字として自分の頭の中に入れておくというのを習慣にしています。アドバイスする側・される側で意見を言い合うことで、考えが合わないときにも気持ちの整理がしやすくなったし、お父さんとぶつかる回数も減りました。
プレッシャーが大きくなる中で、どんなふうに緊張をはねのけたり、自分自身と向き合ったりしていますか?
吉沢 自信がつくまで練習をして、大会中は楽しむことだけに全振りするようにしています。昔は緊張しすぎるときもありました。でも心配を増やすとかえってできなくなってしまうから、本番は楽しんで滑ろうと思うと、うまくいくことが多いです。

楽しむことで、困難を乗り越えたり心を切り替えたりしているのですね
吉沢 何をするにも、やっぱり自分が楽しめるかどうか。楽しいことをするぶん、忙しさとかつらさにも向き合わなきゃいけないけれど、そういうことも自分の中で楽しみに変えられるように工夫したりとか。スケートボードでも人生でも、楽しんでやるっていうマインドを持てていることは、自分の強みかなと思います。
初めて大きな大会に出たとき、4位で終わってしまって本当に悔しかったんです。でもその大会で新しい友だちができたことは、楽しい思い出にもなっていて。その子たちにまた会いたいという気持ちをモチベーションにして、たくさん練習をしました。そうしたら、コロナ禍明けに開催された大会で、優勝することができたんです。自分なりに楽しみを見つけて練習をしたから、うまくいったのかなと思っています。
この先どんなスケートボーダーになっていきたいか教えてください
吉沢 練習を続けてなんとかここまできたけど、ほかの選手と比べてできないことや、うまくいかないことも多くて、自分には才能がないんじゃないかなって思う瞬間がよくあるんです。そんな私だからこそ、“オリンピックに行けた”とか“世界で活躍している”とか、そういうのをもっと実現できたら、多くの子たちに夢を与えられるなと考えていて。やっぱりスポーツって才能に左右されやすいものだし、「ほかの人よりたくさん練習しているのにうまくいかない……」という悩みを持っている子もたくさんいるはず。そんな子たちに、「努力の仕方や考え方次第で、大きな夢もかなうんだよ」って伝えられるスケートボーダーになりたいなって思っています。
ACT SB STORE所属のスケートボーダー。2009年生まれ。7歳からスケートボードを始め、公園で完成させていたトリックが最高難度の技だと東京五輪を観て知り、プロを志す。24年パリ五輪で金メダルを獲得し、25年8月のSLSクリーブランド大会で2位入賞するなど、世界を舞台に名を轟かせる