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ファッションデザイナーの品格
 先週、帰宅時の電車でのこと。発車間際に若い男性が弾丸のごとく飛び込んでくると中程に立っていた年配女性に体当たりし、彼女は車両の反対側によろめきました。一瞬のことでしたが、その衝撃はすさまじく、大きな荷物が投げ込まれたくらいの感覚です。
 
 問題はここからで、男性は「ごめんなさい」の一言もなく、シラッと携帯を見始めました。あまりに堂々とシラッとしているので周囲も被害女性も呆然。目を見合わせましたが、彼をとがめる人がいるでもなく、ヘンな空気が車内に数分間流れました。
 
 その間「何それ、違う!謝りなよ!」とイライラし続けた私は気がつくと彼の肩を叩いて「この女性にちゃんと謝った方が良いと思います」と言っていました。車内の空気はさらに凍り、それでも男性は首とヘコっとしただけで知らんぷり。被害女性は私に「もういいです」と涙目で伝え、そうこうするうちに隣の駅に着き、男性は下車しこの話は終わりになりました。私の言葉はどこに着地するでもなく、宙ぶらりん。面倒な人になった私に他の乗客は目を合わせてくれず、やるせなかったです。
 
 この話は、私の行動を肯定していただきたいとか、正義感的な行動を「偉い」と褒めてほしいのではありません。服が私の行動に与えた影響、ファッション談義をしたいのです。そのとき、私は「サカイ」の大きなショッパーを抱え、「トーガ」の攻めたデザインの服を着て気分上々でした。この2ブランドは私の制服的存在です。時に緊張する心を守る鎧となり、時に気分を上げる祭りの法被となり、何よりリラックスできる友だち的存在でいてくれます。(「サカイ」の黒いワンピースは黒がドレスコードだった「ミスター・ジェントルマン」のショーのために駆け込みで買いました)。
 
 車内にヘンな空気が流れた数分間、「どうしようかな」と迷った私の目に入ったのは「サカイ」のロゴと「トーガ」のスカートであり、無意識ではありますが私の行動に一瞬にして影響を与えたと思います。この服を着ている人はどんな行動をするのかな?これらを作ったデザイナーたちだったらどんな行動をするのかな?そんなことを頭に巡らせる時間もなかったのですが、好きな服を着ている誇りみたいなものがフワッと立ち上がった気がします。
 
 阿部千登勢さんや古田泰子さんにこの話をすれば「向さん、それでよかったと思うよ」と言ってもらえるはず。20年以上彼女たちの仕事や言動を見てきて、彼女たちは間違っていることを間違ったまま放置したりしないと思うからです。って、あれ?結局私は自分の行動を誰かに肯定してもらいたいのかしら(笑)。少なくとも、服にはファッションデザイナーたちの姿勢や考えが反映されていて、袖を通すなら少なくとも彼らの品格に見合う人でありたいと思わせる力があるとは思います。そこがデザイナーズブランドの魅力の一つですよね。
 
 それでは今季も攻めたデザインが魅力の「トーガ」の2001-22年秋冬コレクションをどうぞ。「サカイ」の発表はこれからです。
 
 
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向 千鶴
執行役員「WWDJAPAN」編集統括
サステナビリティ・ディレクター
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