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連載 コレクション日記

広がるウクライナへの思い 猛吹雪に立ち向かう「バレンシアガ」に、愛をたたえる「ヴァレンティノ」 2022−23年秋冬パリコレ現地リポートvol.4

 こんにちは、欧州通信員の藪野です。引き続きお天気は良好なパリですが、今日は風が強く、体感気温も低め。今季のパリコレで最も強いメッセージを感じ、心が動かされた7日目(3月6日)のダイジェストをお届けします!

BALENCIAGA

 「バレンシアガ(BALENCIAGA)」の会場は、パリ郊外のプライベートジェットが離着陸する空港横の展示会場。招待状は画面が割れたiPhone。その裏に名前と共に彫られていた“360°ショー”というタイトル通り、円形の巨大な空間の中央にはスノードームのようなガラス張りの真っ白な景色が広がり、それを囲むように席が並べられています。各座席には、デムナ(Demna)が今の心境と今回のショーへの思いを綴ったメッセージカードと、ウクライナの国旗をイメージした青と黄色のビッグTシャツが置かれています。ショーが行われたのはロシアのウクライナ侵攻が始まって11日目のこと。それを考えると、かなり早い段階でショーにおけるメッセージ発信を決定して準備を進めたことがうかがえます。

 その背景には、デムナにとって今回の戦争やその被害を受けて苦しんでいる人たちが他人ごととは思えないという事実があるのでしょう。ジョージア(旧グルジア)出身のデムナは、1993年に戦争により故郷を追われ、難民として少年時代を過ごしました。そして、今でもトラウマを抱え、「永遠の難民となった」と表現する彼のメッセージには重みがあります。「このような時にファッションはその妥当性と存在権を失うため、このショーに取り組むことは非常に困難だった」と言い、一度はショーを中止することも考えたそう。しかし、それは「30年近くも自分にとって、苦痛であり続けた悪に降参し、屈することを意味することに気づいた」と。そして、「恐れないこと、抵抗すること、愛と平和の勝利に捧げる」ショーとして開催を決めたと記されています。重要なメッセージなので、全文を最後に掲載します。ぜひお読みください。

 ショーは、暗闇の中、ウクライナ人作家オレクサンダー・オレス(Oleksandr Oles)の詩をウクライナ語で読み上げるデムナの声でスタート。ピアノ曲「スラヴ舞曲 Eマイナー」の悲しげな音色が響き、雪が降りしきる中を、黒いロングドレスを風になびかせながら、ゴミ袋のようなレザーバッグを持ったモデルが闊歩します。次第に嵐は勢いを増し、中盤からは音楽もフランス人ミュージシャンのBFRNDによる激しいインダストリアル・ミュージック(楽曲名は「360°」と「ストーム」)に変化。猛吹雪と稲光の中を踏ん張りながら歩くモデルの姿に、胸が張り裂ける思いで故郷を離れる人々を重ねずにはいられませんでした。それと同時に、そんな姿を防護ガラス越しに“外”の世界から見ているということに、何とも複雑な気持ちを抱きました。そして、最後に登場した2ルックは、黄色のスポーティーなセットアップと長いトレーンを引く水色のストレッチドレス。ショーの演出を通して、ウクライナへの思いと支援を明確に表現しました。

 デムナの手掛けるコレクションは一貫していて、毎シーズン、素材などを進化させながら提案するスタイル自体は大きく変わりません。その背景には、彼の「服自体にフォーカスしたい」という考えがあります。今季新鮮に感じたのは、大胆なワイドシルエットのカーゴパンツやバギージーンズ、プルオーバーに再解釈したデニムジャケットやMA-1、パッカブルのトレンチコート、ニットでできたバスタオルのようなアイテムなどでした。定番のオーバーサイズフーディーには、「アップル(APPLE)」のロゴと“シンク ディファレント(Think different.)”というスローガンを想起させるリンゴマークと“ビー ディファレント(Be different.)”やサイズ感を示す“XXXL”の刺しゅうがあしらわれたり、激しいダメージ加工を加えたり。来場したキム・カーダシアン(Kim Kardashian)が着用していたオリジナルのガムテープをぐるぐる巻きにしたドレスも登場したほか、テープはコートやパンツのベルトとしても使われています。

 雪の演出はもちろん数カ月前から決まっていて、地球温暖化によって雪景色がデジタルか人工的なセットの中にしか存在しなくなった世界をイメージしたもの。そこに時代性や社会を反映した新たな文脈やメッセージを加え、観るものの感情を揺さぶり、心に残る体験を作り上げるデムナの力には、今回も圧倒されました。私たちが今生きているのは、日常があっという間に崩れ去ってしまうという悲劇が起こりうる世界。あらためて、今回の戦争がヨーロッパの片隅で起こっている他人ごとと考えてはいけないと思いました。

<デムナからのメッセージ>

 ウクライナでの戦争は、私の母国で同じことが起こり、私が永遠の難民になった1993年以来、私が抱えてきたトラウマの痛みを引き起こしました。私が“永遠の難民”と言うのは、その経験や痛みがあなたの中にずっと存在し続けるものだからです。恐怖心、絶望感、誰もあなたを望んでいないという認識。しかし私は、人生そのものや人間の愛と思いやりのような人生で最も大切なことにも気づきました。

 だから、今週このショーに取り組むことは非常に困難でした。というのも、このような時にファッションはその妥当性と存在意義を失うからです。ファッション・ウイークはある種の不条理のように感じます。私は、私自身と私のチームが一生懸命取り組み、心待ちにしていたショーを中止することも一度は考えました。しかし、このショーをキャンセルすることは、30年近く私に苦痛を与えてきた悪に降参し、屈することを意味することに気づきました。私は、自分の一部を無意味で無情なエゴの戦争の犠牲にすることはしないと決意しました。

 このショーに説明は必要ありません。それは、恐れないこと、抵抗すること、そして愛と平和の勝利に捧げるものです。

 xx Demna

VALENTINO

 「バレンシアガ」に続き、「ヴァレンティノ(VALENTINO)」でもショー冒頭には、ピエールパオロ・ピッチョーリ(Pierpaolo Piccioli)の声で、現在の厳しい状況やその中での愛の大切さについてのメッセージが読み上げられました。パリコレ終盤に向かうに連れて、ウクライナへの思いを表現したり、支援を行ったりする動きが活発化しています。

 コレクションは、さまざまなカラーを組み合わせた先シーズンから一転。“ヴァンレンティノ ピンク PP”コレクションと題して、マゼンタのような鮮やかなピンク、そして黒の2色だけを使ったワントーンルックでコレクションを構成しました。かつて屋内市場だった会場の「カロー・デュ・トンプル」もピンク一色に染められ、招待状から席に置かれたショーノートまでピンクです。実は、この色は「パントン・カラー・インスティテュート(PANTONE COLOR INSTITUTE)」と共に生み出されたものだそう。「ヴァレンティノ」といえば赤ですが、今後はこのピンクもシグニチャーに仲間入りするかもしれません。

 色を極端に絞り込んだのは、「一見すると可能性が狭まったように思われる枠組みの中で、表現の可能性を最大限に広げるため」。以前から多様性やそれぞれが持つ個性をたたえるピエーロパオロは今季、限られた色によって、服自体と多様なモデルの個性を強調するアプローチに取り組みました。登場したのは、「ヴァレンティノ」ならではの美しいカットが際立つフィット&フレアやベアトップのドレス、フレアスカート、ニット、テーラードジャケットやパンツ、コート、ケープ、シャツなど、エレガントなラインアップ。一色といえども素材はウールやジャカードからレースやチュール、オーガンジー、シフォンまでさまざまで、そこに同色のボウや立体のフラワーモチーフ、フェザー、スパンコール刺しゅうを加えています。今季のウィメンズは、曲線を描く大胆なデコルテラインやくびれたウエストが印象的です。
 
 いつも音楽が素敵な「ヴァレンティノ」のショーですが、今回使われたのは、鈴木清順監督作の映画「夢二」のために作られ、ウォン・カーウァイ(Wong Kar Wai)監督作の「花様年華」でも使われ知られるようになった梅林茂作曲の「夢二のテーマ」や、1982年にリリースされたヤズー(YAZOO)「オンリー ユー」、90年にリリースされたコクトー ツインズ(COCTEAU TWINS)の「チェリー カラード ファンク」。そして、それらをフューチャー ホログラムス(FUTURE HOLOGRAMS)による「ヴァレンティノ」のエレクトロチューンとリミックス。心地よいメロディーが、ショーのエモーショナルなエネルギーを高めています。

GIVENCHY

 「ジバンシィ(GIVENCHY)」の会場は、先シーズンと同じパリ郊外の巨大なスタジアム。その中央に足場を組んだ大掛かりなセットを用意しました。床に敷かれていた黒い布が取り払われて、透明の床があらわれるとショーがはスタート。モデルはその下の通路を通った後、ランウエイに登場し、また地下へと戻っていきます。

 今季、マシュー・M・ウィリアムス(Mathew M. Williams)が試みたのは、フォーマルを⽇常着として最適化するとともに、⼀⾒すると普段着に⾒える服をラグジュアリーに高めること。カギとなるのは、ユーズド加工と刺しゅうを施したロックTシャツをレイヤードしたブラックやモスグリーン、ダークブラウンのスタイル。裾を異なる長さでカットしたり、ガーターベルトのように仕上げたりしたアイテムに、シャープなテーラードジャケットやMA-1、モッズパーカ、フロアレングスのナイロンコート、フーディー、パファーベスト、バギーパンツやカーゴパンツを合わせ、ストリート感のあるルックを組み立てます。
 
 そこに差し込んだウィメンズのドレスは、先シーズンも見られたクチュールメゾンならではの繊細な装飾が際立ちます。今季は、ドレスのヘムに細かいフリルをティアード状にあしらったり、パールビーズでフリンジドレスやスカートを作ったり。マシューのお気に入りの花だというアザミは、黒のグースフェザーで再現し、ドレスやバッグにのせました。そんなアプローチからは引き続き、オートクチュールへの強い意気込みを感じさせます。昨年秋には今年1月にクチュールを発表予定と言われていましたが、米「WWD」によると、7月にマシューが初めて手掛けるクチュールを披露するとのこと。「バレンシアガ(BALENCIAGA)」を筆頭に、ゲストデザイナーたちが手掛ける「ジャンポール ゴルチエ(JEAN PAUL GAULTIER)」「オフ-ホワイト(OFF-WHITE)」と新たな感覚で作り上げられる新時代のクチュールが広がりを見せている今、「ジバンシィ」もその流れに加わることになりそうです。

おまけ:今日のワンコ

 今季もインフルエンサー、クセニア・アドンツ(Xenia Adonts)の愛犬を発見。相変わらず人懐っこくてキュートです。

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