ファッション

「スーツを着崩す」唯一無二のセンスでファンを集める ビームス齋藤龍治

 ここ最近のビームスは主軸のアパレル事業にとどまらず、社員たちの暮らしぶりやインテリアを紹介した書籍「BEAMS AT HOME」の制作や美術館の公式グッズの監修のほか、自治体と連携して地方創生などにも力を入れており、ファッション業界で培ったモノやコトを他の領域で生かしている。社員やショップスタッフもインスタグラムやユーチューブなどで積極的に発信し、個々に活躍の場を広げている。これまに取材してきた同社のショップスタッフを思い返すと、個性豊かな人が多く、「心底ファッションが好きなんだな」と思うことが多い。今回インタビューしたビームス六本木ヒルズの齋藤龍治さんもそんな一人だ。

―いきなり失礼な質問かもしれませんが、そのヒゲはどうされているんですか?

齋藤龍治さん(以下、齋藤):もう4~5年ほどこの状態をキープしています。はじめは伸ばす気はなかったんですが、奥さんが美容師でして、軽い気持ちで「ヒゲパーマ当てたら?」と言われて、お試しでやってみたら意外と評判がよくてそのまま続行しています。

―ヒゲにもパーマができるんですね!

齋藤:そうなんですよ(笑)。お客さまも始めは驚いていましたけど褒めてもらうことも多く、最近はこのヒゲで覚えてもらうことも多くなりした。

―インスタグラムを拝見していても、ファッションはもちろんのことヒゲのインパクトも強いなと思いました。ところで、ファッション業界で働こうと思ったきっかけは?

齋藤:学生の頃からストリート系ファッションが好きだったんです。とはいっても青森の高校生には服を買うにも店はほとんどなく、今ほどネット通販が気軽にできる環境でもなかったので大変でした。工業高校に通っていたので、卒業後は勧められるままに東京の会社に就職し、上京して、いろんな街を歩いてみて「やっぱり服は楽しい」と思うようになり、会社を辞めました。ファッションの専門学校で勉強して、最初に働いたのが新宿の「ビームス ジャパン」でした。

―もともとファッションが好きでこの業界に飛び込んだとのことですが、実際に入ってみてどうでしたか?

齋藤:実は希望していたのはカジュアルの販売だったのですが、枠がなくて「ドレスなら空いているけど……」と言われて、テイストは違いますが入りました。

―そうだったんですね(苦笑)。ストリートファッション好きがドレスの販売員に。それが今の齋藤さんの独特なドレススタイルにつながるわけですね。初めての接客業に知識もないドレスの販売だと、不安も大きかったのでは?

齋藤:正直、ドレスに興味も知識もなく入ったので、始めた頃は前途多難でした。まだ学生気分も抜けてないし、言葉使いも全くダメでした(苦笑)。それこそスーツは専門的な知識を持っていないと売れないので、先輩スタッフや自分の一回りも二回りも上のお客さまからいろんなことを教えてもらい、少しずつ覚えていきました。毎日毎日「その合わせは違う」「この着方は間違っている」と指摘されては、「ドレスだとこの着方がいいんだ」とか「この組み合わせ方がカッコいいんだな」とちょっとずつ覚えていきました。ドレスの場合は、着こなし方の基礎が分かってきてそこから崩していくのが楽しい、みたいなところがありますから。

―お客さまから教えてもらうことのほかに、商品知識を身につけるためにやったことは?

齋藤:とにかく買って着ていました。ビームスではクラシックなラインとトレンド的なモードなラインのスーツがあるのですが、自分が好きなモードっぽいものを選んで着ていました。先輩からダメ出しをもらいながら勉強していくと、徐々に売れるようになって、さらに深掘りしてみようと欲が出てきました。

―やはり、着てみるのが一番身につきますか?

齋藤:そうですね。今でも買って着ています。実際に着ているのと着ていないとでは説得力に違いが出てくると思います。特に高価格帯の商品は、実際に着て愛着が湧くことで伝え方も変わるので、おのずと説得力も増します。ドレスは基礎知識の幅が広く、特に合わせ方の基本、サイジングはしっかりとしたルールがあるので、その時のトレンドで外したり、外さなかったり。好みであえて意外性のある合わせ方をしたり、いろいろあるんですよ(笑)。言葉ではなかなか伝えられない感覚は、先輩やお客さまの見よう見まねで身につけてきたので、何が正しいのかを教わったわけではないんですよ。

―コーディネートに正しい・正しくないはないですよね。そのときの気分で着こなし方も変わるところがファッションの面白いところだと思います。インスタのスタイリングにもそれが表れています。

齋藤:コーディネートは「毎日、同じ格好をしない」と、インスタやるようになって考えるようになりました。ローテーションを考えるのも楽しくなりました。たぶん、同じようなスタイリングを毎日していたら仕事を辞めるかもしれません。朝、起きて、その日のコーディネートを組んで「きまった!」と思ったら、その日は一日中気分よく過ごせますしね。

―着る服で気分が変わりますよね。嫌なことも跳ね返せる感じがあります。では、接客で勉強したことは?

齋藤:強いて何かで勉強したということはなく、慣れてきたという感じでしょうか…。顧客がひとりできた頃から接客が楽しくなってきました。それから、毎日誰か顔見知りのお客さまが来てくれると思うと店にいるのが楽しくなって、1人、2人と顧客が増えると充実してくるんですよね。

―その方は今でも来られます?

齋藤:今でも買いに来てくれます。最初から僕によい接客を求めていた感じではなくて、お客さまも自分もラフな感じで接していました。新宿時代はそんな感じでしたね(笑)。6年半ほど在籍し、ビームスハウス丸の内に異動しました。丸の内はドレスの中でも一番いそがしい店で、1日にお客さまのアポイントが4~5件ということもある店なので、ここでも鍛えられました。

―齋藤さんにとって接客とは?

齋藤:新宿で販売を始めた頃は、売れば売れるほど数字として見えてくるので「まるでゲームみたいだな』と感じていました。丸の内に異動してからは、新宿よりさらに客数が多い中で、いかに顧客を呼べるかを考え始めました。これはお客さまから指摘されたのですが「あまりおすすめじゃないものだと、売りたくない顔しますよね」と言われました(笑)。最近も別のお客さまから同じことを言われて、自分が好きなもの、お客さまにはこれを着てほしいというものが売りたいんだなって気づきました。

―お客さまから指摘を受けるということは、顔に出てた?

齋藤:そうみたいですね。顔に出ているとは思ってなかったんですけど(笑)。顧客のワードローブは把握しているので、着てほしいものでないとなぜか力が入らない。というか、おすすめしないわけではないけど、つい「こっちの方がいいですよ」と言ってしまいます。そのへんをお客さまも理解して、納得してお買い上げしてもらえるのがうれしいですね。

―齋藤さんのセンスや接客にほれて買い物に来られる感じなんですね。

齋藤:いわゆる『スーツのプロ』と呼ばれるような正統派のスタッフが丸の内にいましたが、僕は彼らとは接客スタイルが違うので、それぞれにハマる人がハマってくれればいいと思っていました。オーセンティックな提案がほしいときはそちらに聞いてくださいというスタンスです。ときにはお客さまの嗜好を伺った上でビシッとスーツを着用しているスタッフをおすすめすることもあります。僕は変わった感じの格好が好きなので、見た目で僕には来ないお客さまも多いです。お客さまからはなかなか声をかけてこない(笑)。

―お客さまも心得ている感じですね。それって意識的にしている?

齋藤:自分の好きな格好の販売員がドレスの店舗にいなかったので、自然とこのキャラクターになった感じです。自分の顧客もビシッとしたビジネスマンというより、ジャケット、スーツを着こなすけど、自由に崩せるような方が多くて、自分の格好にハマる人が集まっています。

―スーツをビシッと着る人もいれば、そうでない着方をしたい人もいますよね。そこに個性派な齋藤さんが登場して、ファンがついてきている。服好きとしては感慨深いですね。では最後に、これからの目標を教えてください。

齋藤:接客は楽しいので、ずっと売り場にいたいと思っています。ようやくキャリアが長くなってきて、自分の声が社内に通るようになってきたので、商品企画やイベント企画はより積極的にやっていきたいですね。

苫米地香織:服が作れて、グラフィックデザインができて、写真が撮れるファッションビジネスライター。高校でインテリア、専門学校で服飾を学び、販売員として働き始める。その後、アパレル企画会社へ転職し、商品企画、デザイン、マーケティング、業界誌への執筆などに携わる。自他ともに認める“日本で一番アパレル販売員を取材しているライター”

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