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編集長はデジタルパリコレで何見た? 初日は「ディオール」のファンタジーに没入

 こんにちは。「WWDジャパン」編集長の向です。6日、パリコレ史上初となるデジタルでのコレクション発表がスタートしました。皮切りは2020-21年秋冬オートクチュール・コレクション。私ももちろんパリには行かず、職場や自宅のPC前や、帰宅途中の電車でスマホを通じて取材しました。現地でパリコレを見てきた自分はデジタルでパリコレを見て何を思うのか?自分自身を観察するような気持ちで初日がスタートです。

7月3日(金)「ディオール」からインビテーションが届く

 「ディオール(DIOR)」から立派なインビテーションがオフィスに届きました。真っ白な箱を開くとカーテンに見立てた白い紙のプリーツの奥に真っ白なトルソーが鎮座しています。金文字で2020-21年秋冬オートクチュールのスタート時間が記されています。ウェブを通じて誰もが見られるデジタルコレクションですが、こうやって招待状を受け取るとやはりうれしいものです。

7月5日(日)21:00 「エルメス」のメンズコレクションで幕開け

 この日、「エルメス(HERMES)」の2021年春夏メンズ・コレクションがデジタルで発表されました。パリメンズ(もちろんデジタル)の開幕は来週だから一足お先に、といったところ。自分にとって日曜日の夜にキッチンでワイン片手に料理をする時間は、1週間で一番くつろげる好きな時間。いつもはフランスのラジオ局TSFジャズを流していますが、この日はiPadで「エルメス」のショーを見ました。途中から目が離せなくなり料理の手が止まりましたが(笑)。バックステージのようなシーンから始まる8分間はあっという間。デジタルコレクションはノート片手にPCの前で見るより、こんな感じでリラックスして見るのがよいかも!でもこれは仕事?プライベート?曖昧ですね(笑)。

7月6日(月)2020-21年秋冬オートクチュールが開幕

 さあ!2020-21年秋冬オートクチュールの開幕です!と、自分を鼓舞して意識的に時間を確保しないとうっかり見るのを忘れそう。サンディカから発表されたスケジュールは、これまでのオートクチュールと変わらない1時間刻みですが、時差があるため日本時間は17時から夜中の2〜3時までとなります。サイボウズには、アポイントメントや会議と同じように「クチュール取材」の予定を入れました。何かヘンな感じ!

12:00(日本時間19:00)「イリス」にがっかり

 パリコレ取材チームはチームスでつながりつつ、一緒に配信を見ることにしました。1本目は「イリス ヴァン ヘルペン(IRIS VAN HERPEN)」。リアルのショーでもテクノロジーを生かした演出で近未来なショーを見せてきた「イリス」なので、デジタルコレクションに大いに期待しましたが、正直がっかり。“トランスモーション”というテーマの下、1ルックを解体しつつ見せてゆく手法は何かしら意味があるのでしょうが、理解は及ばず。

13:30(20:30) 電車の中でショーを見る

 オフィスを出て帰宅途中の地下鉄の中で「マウリツィオ・ガランテ(MAURIZIO GALANTE)」を視聴。パリの建物内によく見られるらせん階段をモデルが一人ずつゆっくり降りてくる8分間。クチュールブランドにふさわしく、美しい映像を作ろうとしていると思いますが、「映像美だったら映画で見る」と思ってしまう自分がいます。

10:00(21:00)

 順番は前後しますが、「スキャパレリ(SCHIAPARELLI)」のインスピレーション公開を視聴。面白かったです。デザイナーが部屋でマスクを着用するシーンに始まり、店が軒並みクローズしている街を抜けて公園へ。ベンチに座り、デッサンをする姿がリアルで共感しました。私も時々外にPCを持ち出して原稿を書きますが、自粛が続く毎日の中では緑の下の空気に癒されますよね。そして日常の風景の中だけど、スケッチブックの上には新しいデッサンが色鉛筆でどんどん描かれてゆく。どんな服が完成するのか見てみたい、と期待しちゃった時点でこの映像は大成功ですね。

14:30(21:30)群を抜く「ディオール」のファンタジー

 「ディオール」は落ち着いて見たいので帰宅後、身の回りの片づけを終えてからPC前に10分前からスタンバイ。同時にインスタグラムでARフィルターなどの情報も得ながら(結局使いこなせなかったけど)、始まりを待ちます。同時視聴している5人でチームスを通じて会話をしながら待つワクワク感は、座席に座ってショーの始まりを待つ感じと同じです。

 見せたのは森を舞台にした完璧なるファンタジーでした。物語の案内役は、トランクを担いだ2人のポーターです。彼らは森の中で妖精に出会うと、中から小さなトルソーを取り出しプレゼントしてゆきます。トルソーが着ているのは、サイズこそ小さいものの完璧に作られたオートクチュールドレス。受け取った妖精たちは喜び、そして……。どうぞ後は映像で見てください!

 パリで見てきた「ディオール」のオートクチュールのショーは、それこそファンタジーの世界でした。ロダン美術館の会場に到着し(時にはレースの仮面を着用したりしながら)、席に着き、ショーを見て会場を出る。その一連の時間は、子どものころに絵本を読んでその世界に没入した時間に似ていました。「ディオール」のオートクチュールは大人のファンタジーなのです。イタリア人映画監督マッテオ・ガローネ(Matteo Garrone)による映像美の世界は、自宅にいながら「ディオール」ファンタジーに没入できるという意味でショーに代わる役割を立派に果たしたと思います。

 それができるのは、小さな人形用の服を仕立てるアトリエの技があるからなのですが。今回のコレクションの起点は第2次世界大戦中にフランスで行われた、人形に服を着せた展覧会からヒントを得たそうです。戦時中という困難な中でも人々に夢を提供しようとしたその試みに、自分たちのオートクチュールの仕事を重ねるマリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)の姿勢に共感します。

 ただ、見ていて途中から気になったのが、妖精役のモデルが全員白人であるという点。ダイバーシティーを重んじる「ディオール」のショーにはいつもさまざまな人種のモデルが登場しますが、今回は違いました。神話の世界をモチーフにしており、忠実に表現しているのでしょうし、当然メゾン内での議論を経ての選択でしょうが、無意識に見ていても「違和感」に覚えるのが今の時代です。

16:00(23:00) 最後はモデルがセルフィーで〆る展開

 「メゾン ラビ カイルー(MAISON RABIH KAYROUZ)」はすごーくベタ(ドラマで見る外科医の手術妄想練習みたいに、糸と針を持たない手の動きでスタート)で、その後も一着の服を手で作り上げてゆく様子が展開されます。この服をすてきだとは思わないけど、少なくともブランドの特徴や面白さは伝わってきた。資金力がないブランドはムードな映像には手を出さず、こうやってリアルを見せた方がファンを得られそう。

17:00(0:00)アバターが世界遺産を行く

 「ラルフ & ルッソ(RALPH & RUSSO)」はデザイナー自身がインスピレーションなどをしっかり解説。これはいいですよね。ただ映像を見るよりブランドのポリシーがしっかり伝わります。そして最後には黒人のアバターモデルが登場し、万里の長城やピラミッドといった世界遺産のグラフィック前でポージング。日本はなかったけど、自分の国が登場したらファンはうれしい。

17:30(0:30)ティスケンスが「アザロ」デビュー

 「アザロ(AZZARO)」は、オリヴィエ・ティスケンス(Olivier Theyskens)がアーティスティック・ディレクターに就任して初めてのコレクションが期待大なので、寝落ちしそうになりながらもオンタイムで見ました。「ロシャス(ROCHAS)」「ニナ リッチ(NINA RICCI)」「セオリー(THEORY)」などを経て、何を見せてくれるのでしょう!?彼へインタビューしたときに聞いた、「僕、小鳥になりたいの」の言葉が私の脳に強烈にインプットされております。今回もきっとどこかに小鳥が出てくるはず!との予測は大外れ。マイクを持った歌手が歌い踊るムービーでした。カメラアングルもライブ中のミュジーシャンを舞台下から撮るタッチです。音楽×ファッションのコラボレーションはいいですよね。できるなら新曲披露をライブで行うなど、ライブ感があればこの時間に見に行きたいと思う人も増えるかも。ティスケンスがデザインする服は細身でモデルのウォーキングを見ると「きれいだけどキツそう」という感想が出てしまうのですが、激しく歌い踊る姿を見ると、着心地の良さも計算されているのだとわかります。「アザロ」は歴史あるブランドだけど、多くの人にとってブランドイメージは希薄。これからティスケンスがそれを作り上げてゆくことを期待します。

18:00(1:00)

 「アントニオ グリマルディ(ANTONIO GRIMALDI)」は、日本時間深夜1時にスタートのため眠かったのですが予想外の展開に目が覚めました。全編ドラマ仕立てで、母娘と思われる2人の女性の愛憎劇。娘が母を刺殺する衝撃のシーンを含みますが、キャストは全員カラフルなドレスを着ていてなんともシュールです。「牡丹と薔薇」といった昼ドラを連想します。ドロドロした人間模様になんだかんだ引き付けられるのは世界共通なのでしょうね。

18:30(1:30) コンセプト先行で感動得られず

 「スーアン(XUAN)」は1ルックごとを360度から映し、複雑な服の構造をじっくり見せる方式。公式インスタグラムによると、火、水、空気、大地という4つの生命の要素を表現したそう。「そうなのですね」以上の感想は持てず。つまり感じ入る何かを見つけられませんでした。このブランドのファンに会って話を聞いてみたい。

19:30(2:30) 朝目覚めて「ジャンバ」を見入る

 素晴らしい!「ジャンバティスタ ヴァリ(GIAMBATTISTA VALLI)」のショー開始は日本時間夜中の2時半だったので見たのは起きてからなのですが、ベッドの中でIPhone片手にうっとりしました。エッフェル塔など景色と対比させながらドレスを一着ずつ見せてゆく方式で、ドレスの存在感を伝えるカメラワークやモデルの表現も素晴らしい。パリでリアルのショーを見たときとほぼ同じ印象を受け取りました。このブランドのすごさは、デザイナーの美意識はもちろんですが、アトリエスタッフのセンスにあります。布を切って縫い合わせるという工程は同じなのになぜ他より抜きん出て美しいのだろう、とため息。アトリエスタッフの皆さんは何気ない風景の中にも美を見出せる感覚を持っているのだろうな、と想像します。顧客になりえる財力があり、着てゆく場所があるならば着てみたいと思う、オートクチュールなりの“リアル”な欲求をかき立てられます。多くの人にぜひ見てほしい。

20:30(3:30)レバノン発大ベテランの無観客ショー

 「ジョルジュ オベイカ(GEORGES HOBEIKA)」はレバノン出身の大ベテランで、長年ファッションショーを行ってきたデザイナーです。本日唯一の無観客ショー方式での発表でした。夜の公園?と思われる広大なスペースを使い、モデルが一人ずつ歩いてくる方式です。モデルが歩いてくる、ただそれだけですが、ただ立っているよりも感情を掻き立てられ、ファッション業界が長年採用してきたウオーキングという表現方法にはそれなりの理由があるのだと気づかされます。他のオートクチュールデザイナー同様、ウエディングドレスがメインのビジネスと思われますが、今回もラストルックはウェディング。ウェディングはリピーターがいるビジネスではないから、こうやって継続してアウトプットし続けることでいざウェディングドレスを探し始めた顧客のアンテナに引っかかることが重要ですよね。

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