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「販売員はブランドの伝道者」 焚火で広げるコミュニティー スノーピーク渡邊大夢

 スノーピークといえば、世界でも知られる日本を代表するアウトドアブランドだ。初代社長、山井幸雄氏が1958年に創業した金物問屋から始まり、90年代には同社の代名詞といえるステンレス製の焚火台が誕生。今やアウトドアには欠かせないアイテムとなったチタニウム製マグカップの製作で一躍ブームに。14年からはアパレル事業をスタート、さらにその動向が注目されるようになった。今回インタビューした渡辺大夢さんは、そんなスノーピークのもの作りや人や自然とのつながりに興味を抱いて転職してきた一人。現在は香林坊東急スクエア店長を務める渡邊さんにスノーピークの魅力を聞いた。

―香林坊はよく耳にするのですが、どういう街ですか?

渡邊さん(以下、渡邊):北陸三県(富山・石川・福井)を代表する古都、金沢市にある街です。よく言われるのは“昔ながらの城下町”ですね。戦争の被害をほとんど受けず、当時の建物が今でも残っています。仕事をする上でいろいろと街のことを調べていると“リトルキョウト”と外国人観光客からは呼ばれているようです。戦の時に攻めにくい地形になっていて、坂道とかくねくねした道が多いです。今は金沢城や兼六園、金沢21世紀美術館など観光名所が集中していながらも、金沢は周遊バスで回れるくらいコンパクトな街です。

―新宿や表参道の店舗から異動したときにカルチャーショックはありませんでしたか?

渡邊:自分が買い物をする立場としては満たされないところも当初はありましたが、情報や感度に関しては行き届いていると感じました。例えば古着屋に行って扱っている商品やその価格を見ると都内のお店とさほど変わらず、街を歩く人を見ていてもいい意味でミーハー、トレンドに対する反応も大きいです。

―そうなると“地方格差”はあまり感じない?

渡邊:情報に関しては格差はないです。情報は行き渡っているけど、商品そのものへのアクセスが難しいという印象。でも、その方が冷静に買い物できそうです。

―都内はすぐに店へ実物を確認しに行けますから、ついお買い物しがちですね(笑)。香林坊東急スクエア店はどんなショップですか?

渡邊:香林坊東急スクエア自体が感度の高い方が来店する商業施設で、都内でも展開しているブランドやセレクトショップが入っています。ただ、都内でいう一等地という感じでもないし、人が流動的にたくさん来る場所でもない。目的を持って買い物に来られる人が多い印象です。先日あるショップの店長に聞いたところ、オーダースーツの売り上げが都内2店舗に次いで全国3位になったと喜んでいました。どのショップも顧客をとても大切にしています。

「スノーピーク」は北陸エリア初の直営店として2017年にオープンしました。現在でも運営していますが、それまではスポーツデポのショップインショップのみ。オープンして2年が経ちましたが、いまだに「ここに『スノーピーク』があったんだ!」とおっしゃる人が多くて、地元の方への認知普及がまだまだだなと反省しています。

―SNSやネットで簡単に情報拡散ができるとはいえ、届いてほしいところに情報が届かないことはありますね。

渡邊:なぜ情報が伝達できていないのかを考えると、シンプルに地元の方たちの情報源がSNSやブログだけでなく、紙媒体などアナログなものから得ている方が多い地域なのかと分析しています。昔は「スノーピーク」も駅前でビラ配りしたり、ポスティングしていたという話を聞いたことがあり、原点ではないですが、そういうところに戻ってもいいのかなと思うことがあります。

―ネットは自分で情報を取りにいくツールですが、新聞や紙媒体はいろんな情報がまとめて届くツール。地方ではローカル紙を情報源にしている人も多そう。スタッフには地元の人はいらっしゃるのですか?

渡邊:今は自分を含めて、スタッフ6人体制で運営しているのですが、そのうちアルバイトの1人だけが地元出身者です。今後は地元のことを知っているローカルスタッフを育てていきたいところです。

―地元の人にしか分からない地域特性や街の魅力を伝えたい、と?

渡邊:そうなのですが、実際には灯台下暗しのようで、僕らから見た金沢とローカルな人たちから見た金沢にはギャップがあるようです。もっと石川のことを知ろうと、能登半島の先端に位置する珠洲市へ行ってきたのですが、「いいところだった」と地元出身のスタッフに話したら「行ったことがない」と。正直、驚きました。確かに金沢市内から珠洲まで3時間くらいかかり、同じ時間をかけるなら名古屋とかに行きたいと言われまして(苦笑)。そのときはローカルのスタッフに「行った方が良い!」と推したのですが、自分に置き換えると、地元が神奈川県相模原市で箱根や小田原がとても近いのですが行ったことがなかったのです。それと同じだなと思い、私も家族で箱根旅行してきました(笑)。

―日本に住んでいるのに日本のことを知らないと外国の人から言われるのは、自戒したいところですね。オリンピック・パラリンピックもありますし……。

渡邊: そうですね。逆に、地元でない人から見たその地域のよい所を地元の人に伝えたら、新しい発見が見いだせるのかもと思いました。地元の人にこそ、地元のよい所にもっと気づいてもらいたいです。

―前職では販売、それからアシスタントバイヤーをされていましたが、なぜスノーピークへ転職されたのですか?

渡邊:山井(太スノーピーク社長CEO)の著書で「スノーピーク『好きなことだけ!』を仕事にする経営」を読み、製品やもの作りに対しての考え方に対して、さらにものを選んで買うときの感覚にとても共感したことがきっかけです。例えば3万円のデザインも質も良い服と、手頃に買える1万円しない服が目の前に並んでいたとして、自分なら3万円の服の方が飽きずにずっと長く着続けられるだろうという価値観を大切にしたい。価格だけで比較するようなもの選びは違うなと思うのです。ただし、難しいのはそれだけでは経営は成り立たないということ。両軸で考えなければいけません。

―それを踏まえ、日頃の接客で心掛けていることはありますか?

渡邊:商品説明をし過ぎないようにしています。これは店頭での接客でも、ブログを書くときも心掛けています。特にギアものは商品説明に偏りがちになりますが、そうならないように自分が使ってみた感想を自分の言葉で伝えるようにしています。特に最近は、自分で調べればいろんな情報をキャッチできる環境になっています。みんな、ブログやインスタで常に比較検討しているような状況で、何が良いのか迷っている人が多い。機能面も比較対象の一つではありますが、接客では他にはない「スノーピーク」ならではということをお話しています。「スノーピーク」の代名詞にもなっている焚火台やチタンマグは、今ではいろんなメーカーが作っています。お客さまから「スノーピークのチタンマグは何で高いの?」とよく質問されることがあるのですが、最初に職人の力を借りてゼロから製品化したのは弊社である、という歴史をキチンと伝えていきたいです。

―正しい情報を伝えるのは販売員の使命ですね。

渡邊:販売員の役割は販売だけでなく、 “伝道者”でもあると考えています。作り手がいて、デザインする人がいる。店頭からは見えないところで、とてつもない努力と熱い気持ちでもの作りをしている。その思いをお客さまに伝えることが販売員の仕事です。「スノーピーク」の場合は伝える環境が店頭だけでなく、オフィシャルのキャンプイベントやプライベートなキャンプや焚火の場などもありますし、ネットにもあります。全部の場所で熱意を持って伝えています。

―焚火でお客さまとの信頼関係を築くって、素敵ですね。

渡邊:最近は、飲みに行く感覚で焚火をよくやっています。オフィシャルなイベントのときはお客さまをおもてなしすることがメインになりますが、プライベートの焚火にお客さまを誘う場合はあえて「何もおもてなししないですよ」と言っています。プライベートの焚火ではお客さま発の企画もあって楽しいです。面白かったのは、店でから揚げの話になり、それなら一番おいしいと思うから揚げを持ち寄りましょうという話になりました。自分は焼き芋にハマっていたので焼き芋も作って、さつま芋が苦手なお客さまにはパイナップルとサトイモを持ってきました。お客さまとつくる時間はオフィシャルのイベントにはない、良い時間、良い関係性がつくれたと思います。それが付加価値というか、スノーピークの大事にしている体験価値だと意識しています。

―これからの目標は?

渡邊:最終的な夢は自分のショップを作ることです。そこで提供するものが服になるのか、食になるのか、はたまたスーベニアを買い付けてくるのか分かりませんが、今はそのために必要なことを身につけている段階です。できればみんなを巻き込みつながって、経験とかを共有し合い、仕事が生まれるコミュニティーをつくっていけたらなあと、漠然とですが考えています。

苫米地香織:服が作れて、グラフィックデザインができて、写真が撮れるファッションビジネスライター。高校でインテリア、専門学校で服飾を学び、販売員として働き始める。その後、アパレル企画会社へ転職し、商品企画、デザイン、マーケティング、業界誌への執筆などに携わる。自他ともに認める“日本で一番アパレル販売員を取材しているライター”