今秋、ツイッターで「三越日本橋本店の『もしもの時』の準備の前提のレベルが高すぎるw」という投稿が話題になりました。同店を訪れた消費者が、店内の「もしも褒章・叙勲内示がお手元に届いたら」というPOPを見て投稿したもので、リツイート数は1.3万件、いいね数は2.2万件にのぼります。ツイッターは「少なくとも私にはそんなもしもの想定は不要」「馴染みがなさ過ぎて漢字が読めない」といったコメントで沸きましたが、実際のところ、同店は叙勲を機に訪れる客が少なくありません。そんな客にスムーズに対応するため、今秋からは「叙勲した客にはコレ!」的な接客パッケージまで準備しています。果たしてどんな接客なのでしょうか。いつの日か叙勲を受けることを夢見て、接客されてきました。
「叙勲内示が手元に届いた!どうしよう!」となったらまず訪れたいのが、同店1階のレセプションです。このレセプション、今秋の改装でパーソナル接客強化のために設置されたもので、ホテルのフロントデスクのような雰囲気。インフォメーションガイドと呼ばれるスタッフが客の相談に乗り、そこから各売り場へとつなぎます。事前にホームページから予約をして訪れるとよりスムーズです。
記者を担当してくれたガイドは、三越歴35年という米原かをりさん。無知な記者に、叙勲を受けると皇居内(皇居外の場合もあり)で開かれる式典に呼ばれることや、そこでの服装マナー、式典の後に行うお披露目パーティーの手はずなど、叙勲にまつわるイロハを教えてくれました。実際、こうした相談を受けることはよくあるそうで、「春と秋の叙勲発令後の1カ月は、館全体で10~15件はご相談を受けるのではないか。特にお話をされない方を含めればもっといらっしゃる」とのこと。「叙勲のご相談に関して経験豊富な社員が多いので、『三越なら間違いないだろう』と安心していただけているのでは」。確かに米原さんは慣れていて、とても頼りになります。
式典の衣装として、まず勧められたのが和装。米原さんに4階の呉服売り場に案内され、そこで呉服売り場のコンシェルジュである齋藤健司さんにバトンタッチします。「お客さまは呉服売り場に一人で来ても誰に声を掛けていいか分からない。その点、しっかり引き継ぎをするので安心していただけるようです」と齋藤さん。コンシェルジュとは、スーパー販売員とでも呼ぶべき接客のプロ。同店のパーソナルショッピング強化戦略の中で、18年4月に新設された役職です。
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齋藤さんは米原さんからの事前情報をもとに、私に合う着物(仕立て前)を選んでいてくれました。「既婚女性の第一礼装は黒留袖(結婚式で新郎新婦の母親などが着ている黒い着物)か色留袖。しかし皇居に参内する場合、黒は喪を連想させるのでNG。色留袖の五つ紋(胸元や背中などの5カ所に家紋を入れる。三つ紋より格式高い)をオススメしています」として見せてくれたのは、黄やピンクの着物。記者は30代半ばのため、明るい色を提案いただきましたが、実際に叙勲関係で来店する方はベージュやゴールドといった色を選ばれることが多いそう。人間国宝の作家の手による着物も提案いただきました。こちら、仕立て代を入れるとお値段300万円弱とのこと。すすめていただいた他の着物は、仕立て代込みで230万円ほどだそう。
三越日本橋本店の呉服売り場は他の百貨店のそれと比べても圧倒的に格式高く、そんな中で美しい着物を見せてもらうとかなり気分が高揚してきます。本当に叙勲を受けていたら思わず買っちゃうかも!などとも思いますが、着物はどうしたって仕立てに時間がかかる。多忙により、気付いたら式典が迫っていたという想定で、3階婦人服売り場でも提案してもらいました。
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担当コンシェルジュは志村繭子さん。婦人服のコンシェルジュは、ラグジュアリーブランドを含めたフロア内の各ブランドから客のニーズに沿った商品を集めてきてくれるので、全部を一度に試着することが可能です。「叙勲を受ける方はさまざまな準備に追われているため、式典の1週間前などに『服が決まっていなかった』といって駆けこまれるケースが多い」とのこと。男性の昼の正装であるモーニングコートの対となる、アフタヌーンドレス(着丈がくるぶし以上に長く、肌を隠すジャケットとセットになっているドレス)を2着提案いただき、式典後のお祝いパーティーなどに適したカジュアルなドレスも3着集めてきていただきました。
衣装が決まったら、次はお祝いへの返礼品や勲章を収める額のコーナーへと案内されました。
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リビング、食品、額装コーナーを経て最後に案内されたのが、呉服売り場と同じくこれまた格調高い6階美術品コーナー。コンシェルジュの嶋田修さんに備前焼などのぐい飲みを紹介いただきました。「ぐい飲みと叙勲にどんな関係が?」と思いましたが、先日叙勲関連で同店を訪れた客が、最後に“自分へのご褒美”として、6階で茶器を買うということが実際あったそうです。
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嶋田さんはぐい飲みコレクターとして雑誌などにも登場する風流人で、うんちくを聞いているだけでとても楽しい。「この売り場に私に買えるものなんてあるのだろうか(価格的に)…」とビビッていましたが、ぐい飲みは1万円以下の商品もありました。「若い作家の作品も多いので、作家がどんな風に成長していくかを見守るのもいい」と、粋な楽しみ方を教えていただきました。
以上が私が体験した叙勲接客パッケージですが、要望によって、何かを足したり引いたりはもちろん可能です。叙勲に何が必要かなど、予備知識ゼロで取材に出向いた記者でしたが、コンシェルジュがあれやこれやと教えてくれるので、終わる頃にはマナーや忘れてはならない準備などがすっかり頭に叩き込まれていました。これぞ接客パッケージですね。
コンシェルジュとは通常の買い物よりも長く会話をすることになります。それゆえ、コンシェルジュの人となりを知って、親しみがわきます。今度買い物をするときもこの人に頼みたい!という気持ちになります。「コンシェルジュ制の導入は、社員一人一人のパーソナリティーに光を当てることにつながる」と、以前の記者会見で浅賀誠・三越日本橋本店長が語っていましたが、まさにこういうことかと膝を打ちました。