ファッション

アートの祭典「ヨコハマトリエンナーレ」で見た「衣服の過去と未来」

 現代アートの国際展「ヨコハマトリエンナーレ2020」が、横浜の横浜美術館などで開催されている。「AFTERGLOW―光の破片をつかまえる」と題し、67組のアーティストが参加するなか、衣服や装具、刺しゅうといった「衣」に関係する作品も強い存在感を見せた。現代アートが指し示す衣の過去と未来は、新型コロナウィルスが変えつつあるファッションにも大きな示唆を与えそうだ。会期は10月11日まで。

 まずは、外骨格(無脊椎動物に見られる、身体の形を保つための外側の硬い部分)としてのウェアラブルロボットを装着すると、歩行や階段昇降といった動作を補助してくれる、ランティアン・シィエ(Lantian Xie)《私が動くと、あなたも動く》(2020)。本作は横浜美術館内で90分間体験することができる(要予約※スカートでは装着できないのでパンツスタイルでぜひ)。慣れてくると確かに階段を上る動きが楽になり、しばらくして外すと物足りないような感覚を覚える。ウェアラブルコンピューターが話題にのぼるようになって久しいが、思えばスマホなどの機械への依存度が高くなっている私たちの身体はすでに、1985年にダナ・ハラウェイ(Donna Haraway)が「サイボーグ宣言」で記した「機械と生物の混合体」になりつつあるのかもしれない。

 次に注目したいのは、さまざまな物の破損した部分に刺しゅうを施して修復した竹村京による《修復された○○》シリーズ(2015-2020)。衣類などの布には直接、そうでないものはガーゼでくるんでから蛍光シルク糸で刺しゅうしているのだが、この蛍光シルク糸は、竹村が現在拠点を置く群馬県の蚕糸技術センターが開発したもの。オワンクラゲの緑色蛍光タンパク質を作る遺伝子を移植した蚕(かいこ)が出す絹糸で、紫外線ライトをあてると光る。作品タイトルには元所有者のイニシャルが記され、修復した傷口は発光しており、自分以外の誰かの時間や記憶、そしてそれらを慈しむことを思わせる。

 さて、その隣に展示されている新井卓の作品も刺しゅう、蚕に関係している。戦時中に女性たちが1000個の玉結びを布に縫い付け、戦地に赴く兵士たちに身につけさせた「千人針」。かつては「兵隊に取られませんように」「無事に帰ってきますように」といった祈りを込めたお守りであったのが、最終的には団結のためと政府が推奨して作らせるものになったという。本作はその玉結びひとつひとつを拡大し、1000の銀板写真に収めることでそれぞれの玉結びを作った女性の存在を浮かび上がらせる。またそれに向かい合う映像では、実際に千人針を縫った経験のある92歳の女性が玉結びを作り、娘がそれをほどき、さらに孫娘がその布にアイロンをかける様子、そして千人針の土台とされた絹布を作る蚕が映し出されている。蚕は蛾になっても飛べないよう品種改良された生き物であり、今私たちはここで人間の身勝手さに巻き込まれたものの姿を見つめ直すことになる。

 そのほか、「衣」に注目することで、作品/インスタレーションおよびその背景にある問題にアプローチしやすくなるものもある。ラヒマ・ガンボ(Rahima Gambo)の《タツニア物語》(2017)に登場するのは、鮮やかなピンクの服を着た少女たち。無邪気に戯れているようで、彼女たちが学ぶナイジェリア北東部マイドゥグリの学校は、かつてイスラム過激派の武装集団ボコ・ハラム(「西洋式の教育は禁止」の意)に襲われた場所。それでもそこに集まって共に学ぶ喜びが鮮やかな服によって強調されている。

 コロンビアに出自を持ち、フィリピンでも活動するインティ・ゲレロ(Inti Guerrero)がキュレーションしたインスタレーション「熱帯と銀河のための研究所」のなかには、フィリピンのお守りベストがある。フィリピンのスペイン統治以前の最高神とその宇宙観、さらにユダヤ教・キリスト教の教義およびフリーメイソンの主義を統合した信仰体系によるこういった邪鬼払いの装飾は、1896〜1898年のスペインからの独立戦争、1899〜1902年の米比戦争においてフィリピン革命軍の兵士が身につけたという。なお、1942〜1945年には大日本帝国がフィリピンを統治下に置いた。

 さらに挙げれば、東日本大震災後に東北の浜辺で収集したがれきなどを使って壊れたものを修復した青野文昭《イエのおもかげ・箪笥の中の住居─東北の浜辺で収拾したドアの再生から》(2020)、参加者同士で協力しなければ最後までたどりつくことができない飯川雄大《デコレータークラブ 配置・調整・周遊》(2020)といった注目作品にも「衣」にまつわるものが用いられている。

コロナ禍のなか、世界最速でスタートした国際美術展となったヨコハマトリエンナーレ2020。そこでアーティスティック・ディレクターであるインドのアーティストユニット、ラクス・メディア・コレクティブ(Raqs Media Collective)は、あらかじめ決められたひとつのテーマではなく、さまざまな発想を誘発する複数の源のようなものとしてのソースと、そこから抽出した5つのキーワードを提示した。

・独学──自らたくましく学ぶ
・発光──学んで得た光を遠くまで投げかける
・友情──光の中で友情を育む
・ケア──互いを慈しむ
・毒──世界に否応なく存在する毒と共存する

 これが新型コロナウイルス流行前から予言的に発表されていたというから驚きなのだが、こうして見ていくと、今提起されている問題に「衣」が応えられるところは大きいと感じられないだろうか。ここに紹介した作品はほんの一部に過ぎない。これらとほかの作品との響き合いを含め、ぜひ現場で体感してほしい。

■ヨコハマトリエンナーレ2020 AFTERGLOW―光の破片をつかまえる
会期:2020年7月17日〜10月11日
会場:横浜美術館、プロット48
開場時間:10:00〜18:00(10月2、3、8、9、10日は21:00まで、11日は20:00まで) 
休場日:木曜日(10月8日は開館)
料金:一般 2000円、大学生 1200円、高校生 800円
※横浜美術館への入場は日時指定が必要。プロット48は横浜美術館と同日に限り自由に入場が可能
※体験型作品(ランティアン・シィエ、飯川雄大、モレシン・アラヤリ)は日時指定の予約制

小林沙友里/ライター・編集者:1980年生まれ。「ギンザ(GINZA)」「アエラ(AERA)」「美術手帖」などで執筆。編集者としては「村上隆のスーパーフラット・コレクション」の共同編集など。アートやファッションなどさまざまな事象を通して時代や社会の理を探求

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